映画「静かな雨」~静かでリアルでファンタジーな世界
よく行く映画館の公開予定作品リストをながめていたら、この作品がふと目に止まった。全く知らない作品だったけど、ビジュアルとタイトルがとても印象的で、なんだかとても心惹かれた。
調べてみると、ストーリーも結構良さそうな感じがする。ただの直感でしかないけど、こういう出会い方をした作品は、なんだか気になって仕方ない。
まだ公開日まで間があったので、とりあえずすぐに前売り券を劇場の窓口に買いに行ってきた。
ムビチケじゃない、本当に昔ながらの窓口でもぎってもらうタイプの前売り券。
こういうの久しぶりに見た。今時珍しい。
でも、このこだわりがこの映画らしさなのかもしれない。そしてこういうこだわりがある作品は、やっぱりちょっといい感じがする。
公開日がすごく楽しみになった。
買ってしばらくたった後。当たり前のように映画館があって、予定通りに公開される日々は、コロナ禍の中、壊されつつあった。
正直、この映画も公開されるのかどうか、ずっと不安だった。首都圏ではもうすでに映画館の休業が始まっていたから。
だからそんな中、予定通り公開されたときは本当に嬉しかった。ただ、いつ劇場が休業してしまうかわからない。「そのうち」観に行こうなんて思ってたら、もう二度と映画館で観られなくなってしまうかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられなくて、公開日の仕事帰りに映画館に飛び込んだ。そしてこの映画が、コロナ禍前に観た最後の映画になった。
観ながらまず最初に思ったのは、SEがとても印象的だということだ。
足を引きずる、たい焼きを焼く、目玉焼きを作る、包み紙を折り曲げる…
綺麗な音ばかりじゃないんだけど、その音からは生命力とか、日々の生活の強さみたいなものが伝わってくる。
そして、二人が暮らす部屋。
今時じゃない、昭和感漂う古い家。
行助一人の時はなんとなく暗い感じだったのだけど、こよみが来ることで、その部屋がなんとなく明るくこざっぱりした感じになっていく。それが行助の気持ちとリンクしてるように思えて、言葉ではない部分から作り手の想いが伝わってくる感じ、すごくいいなと思った。
この作品の内容で一番印象に残っているのは、障害を持つ人と暮らすという現実の難しさをきっちり描いている点だ。
それは、耳に障害をもつ夫や、認知症の義父と過ごす中で、私自身が日々体感している事でもある。
言った事がちゃんと伝わっていない。
同じ事をことを何度も言わなくてはならない。
何度説明しても忘れてしまい、話が振り出しに戻るどころか、後退してしまう…
誰が悪いわけでもないのに、日々それが繰り返されていくと疲れ切ってしまって、時々とてもやりきれない、暗い思いを抱くことがある。
誰も悪くない。どうしようもない事なんだから、イライラするほうが間違ってる。そんなことで苛立ったり悲しくなったりする、自分の小ささに本当に腹が立つ。
これは自分で選んだ人生だし、自分だって相手に支えてもらってようやく生きてるようなちっぽけな存在なのに…って、今でもしょっちゅう自己嫌悪に陥っている。
だから、こよみと暮らすようになってからの行助の心の動きは、まるで私の心を見透かされてるようで、少し辛くなった。根気強く付き合いながらも、少しずつ疲れていく行助には、本当にすごく共感してしまう。
でも、綺麗ごとだけでは済まない、このなんとも言葉では表現できないもどかしく暗い気持ちを映画で描いてもらえたことに、ちょっと救われた気がした。
そういう気持ちを持ってもいいんだ、それが人間なんだ、って監督の声が聞こえた気がして、なんだか心が少し軽くなった。
二人の未来が幸せであり続けられるのかどうかは、誰にも分からない。
でもこうやって、一緒に鯛焼きを食べるような、ささやかな幸せを共有したいと思える相手がいてくれる事。
そんなささやかな普通の日々がずっと続いていくこと。
それ自体がきっと、幸せってものなのだろうな。
この作品、恋愛よりも人間ドラマ要素のほうが強いし、主演のお二人もとっても良かったので、海外で公開されてもきっと、その良さを理解してもらえると思う。
そして機会があればぜひ、年齢・立場を問わず様々の方たちに観てほしいと思う。
きっとそれぞれの立場から、いろんな想いがくみ取れるはずだ。
2020年4月。
未知のウイルスとの果てしない闘いに不安を感じる日々。
でも、雨上がりに見上げると、そこにはいつものように青い空が広がっていて、その美しさは私たちの心をちょっとだけ元気にしてくれる。
だから、信じよう。
雨が降っても、その後は必ず、晴れる所から始まるってことを。
こよみが行助と生きる、新たな人生のように。
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