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あれから5年‐やまゆり園事件を通して思うこと③‐


※自分史を仕上げる前に『やまゆり園』の事件を通して感じている記事を数回に分けて綴りたいと思います。本日は3回目。


 やまゆり園事件が起き5年目になる今年7月。『やまゆり園事件を通して考える福岡の集い』へ参加した。療育や障害に関する講演会へは何度も参加してきたことがあり、支援者が登壇しての発達障害者と犯罪に関する講演会には参加したことがあったのだが、弁護士の方を登壇者に迎えた事件に関する講演会へ参加するのは初めてのことだった。参加することができて本当によかったと思う。

 何故かというと、弁護士の八尋光秀氏の話や質疑応答があったことに加え、一部にはなるが事件の詳細のことを知ることができたからだ。こういった事件は、テレビなど報道の場合、私たちに届く情報は限られた一部の情報だけに過ぎない。
 紙媒体になれば、テレビよりは得られる情報は多くはなるが、今度は情報が多くなることに加え、著者の犯罪に対する考え方や言葉の受け取り方また思想などで、情報を受け取る側に捻じ曲がった情報として受け継がれてしまうこともある。
 まして、詳細な情報になるからこそ、注意しなければならない事もあるからだ。そして、私たちは、法の下で暮らしている。だからこそ、司法に携わっている立場の方からの話を聞くことは〝大切〟なことだと思う。
 なぜなら、また同じような惨劇を繰り返さないためには、私たちひとりひとりが、これから何をどうしていけばいいのかといった〝ヒント〟を得られるように思うのだ。

 私の場合には、感情コントロールが難しい時もあることから、自身の内側から沸々と沸き上がる〝怒り〟を対峙し、律する手立てになるようにも思ってのことでもあった参加することにした。

 今回の講演会ではレジュメも用意されており、その中に〝やまゆり園事件〟における裁判の判決文もレジュメに記載されており、会の中で内容を読み上げられた。

 判決文の内容の詳細は割愛させてもらうが、個人的に印象に残った一部だけ抜粋して紹介したいと思う

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障害者施設での勤務経験や情報源として一応合理的といえるニュースなどの根拠に基づくものとみることができるから〝病的な飛躍があった〟とはいえない。
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『〝病的な飛躍があった〟とはいえない 』という箇所は、私にとって一番印象に残った。この部分は、とても重要だと思う。なぜなら、犯人像が少しずつわかりはじめた時〝統合失調症〟や〝人格障害〟又は〝発達障害〟といったこともいわれてたし、犯人が事件に至るまでの間には〝大麻を常用しており〟〝大麻精神病〟だったということも含めてアナウンスされていたことを私は知っていたからだ。

 どんな事件でも、犯人の〝刑事責任能力〟は問われるが、犯人の年齢や精神的な病があることから、これまでは〝責任能力を問われない〟こともあったし、若年層での犯罪だからこそ、更生の機会を与えられることもある。

 確かに更生の機会が与えられることは、同じ一人の人間として生まれた権利だとは思う。ただ、やはり、どんな事情があったにせよ、感情コントロールができたはずなのに、それらの自覚がなかったり、何が悪かったのかはわかっても、それらが法律で定められているから…というようなことで抑制できてるだけでは、再犯する確率が高いと思わないといけないと思う。

 自分の犯した罪の概念を自分なりに認めていない状態であるなら、犯人が更生施設を出所した後、再度、犯行時と同じような環境に身を置くことになったに、おそらく、自己の感情コントロールができるかどうかが〝鍵〟になるように思うからだ。

 何故、犯罪歴のない私がこんなことを綴っているのかというと、私はこれまでに何度か〝怒り〟に震えたことがある。その何度か〝怒り〟に震えた中には、通り魔殺傷事件などでよく聞く〝誰でもいいから…〟といった言葉が自分の内側からでてきたことがあるからだ。

 後は、会社を退社した日の帰宅時、車に乗っていた時、このまま壁にブツかってしまおうか…なんていう言葉を飲み込み、アクセル全開に踏み込んでしまいたいという気持ちをなんとか収めるために、ハンドルをぐっと握りしめ爪をたてたことでなんとかおさめたことがある。

 この経験をした時、殺傷事件などで犯人がよくいう〝誰でもよかった〟という言葉が腑に落ちた。ただ、それくらいの〝怒り〟に震えた経験を私は、何度か越えられたからこそ、今、どんなに理不尽なことが起きてもなんとか自身で自身を窘めることができている。どんなに期待を裏切られるようなことが何度も起きても、耐えられているのだ。ただ、それがどれだけ本人にとって心だけでなく身体までもが傷つくのかはこうして言語化し世へ放たなければ誰にも知ってもらうことができない。言わなくてもいいことかもしれないが、逆に自死している人たちだっているのだ。自分が死ぬことで周りを助けることができる。被害者を増やさずにすむ。そんな思いに私もかられたこともあるからだ。それでも、私は、自死することなく〝生きる〟ことを選んだに過ぎない。

 「JOKER」という映画を観たことがある方は、私がこの記事でいわんとしていることは察していただけるように思うのだが、私がこれまでに、受けていた理不尽なことを、手身近に書き連ねておこうとおもう。

 実は、数年前から今現在までの間に、自分がやりたいと思って行動したこと、ほぼ全てにおいてすんなりいったことはない。仕事、趣味に限らず、自分自身のことだけならまだしも、息子の今後のことについても、思い通りに行くことはなかった。移住についてさえも…。

 何かが起こる度に、いろんな場所へ相談しても行き詰まることが多く、自分自身で考え、行動し新規開拓する又は打診するほかなかった。公的な機関を頼っても、窘められるだけで終わってしまうことも多かった。

 この期間に頼った公的機関は、支援学校・県の教育委員会・厚生省・ハローワーク・県・市役所・区役所・保健所・警察署・県警・社会福祉協議会・県母子寡婦連合会・家庭裁判所・市の消費者センター(※市役所・区役所は、利用している制度ごとに課が違い、政令市例都市でない場合は市役所の指導は県になるので県に相談する場合もまた同様となる。)これに加え、法テラスに電話をし無料相談をしたこともある。

 私の場合には生活保護を受給することになったので、最終的に債務整理を行うことになったことから、その後は司法書士にもお世話になることになった。そして、医療機関と福祉施設に相談もしていたのだが、ほぼ、どん詰まりになった。

 これと同時進行で、息子の進路や学校生活のことでも様々な信じられない出来事が起きていたのだが、詳細を綴るには、1つ1つの出来事を細かいところまで書き綴る必要があるので長くなってしまうことから今回は割愛させていただきたい。

 上記の状態が数年前から起きており、現移住先においては、ちょっとはマシになってはいるのだが、それでもまだまだ続いている。期待させて裏切られるようなことなんて日常茶飯事な毎日。

なので、基本的に期待していない。期待してなかったことが叶ったらラッキーくらいな気持ちでいる(苦笑) こうした日々を暮らしていたら、どんなにメンタルが強くなったとしても、人を嫌いにもなるし、信用できなくなってしまうのは普通だと思う。それでも、今、現在を生き延びるには信じて頼ってみるしかなかった。例え相手の人たちに悪意があろうとなかろうと…。

 こうした経験をしたことから、やまゆり園事件の犯人に限らず、似たような犯罪を犯してしまった犯人の身の上や犯行にいたるまでの細かいところまでを知ることが、殺傷事件を断絶するまでには至らずとも、未然に防ぐことができるのではないのだろうか…と思うようになった。

 やまゆり園事件の犯人や京アニ事件の犯人の場合には、自分なりの〝自己表現〟をする力はある人たちだ。それなのに、自身の中で感じていただろう〝憤り〟や〝怒り〟を他者へぶつけてしまったことは、決して許されないことだし、自身の〝正しさ〟を、ただぶつけただけに過ぎない。
 それは、幼い子どもが思い通りにならない時におもちゃを投げつける行為と同じだと思う。

 ただ、犯人が犯行に至るまでには、私とは違ったことで〝怒り〟や〝憤り〟を覚えていたのではないのだろうか?と想像する。そして、犯行を煽られたり、心身ともに疲弊するような毎日を送っていたり、それぞれに自身が認めてもらいたいことを認めてもらえなかった場面に何度も遭遇していたのだろうと思う。
 ただ、人や内容は違えど、一般的に誰かに自分を認めてもらえない場面なんてたくさんある。それなのにそうするほかなかったとするなら〝憤り〟や〝怒り〟という感情は同じでも、その向かうベクトルの矛先の違いがなぜこうも違うのかは考えさせられるし、考えなければならないように思う。

 私だって〝自暴自棄〟になってしまうことは多々ある。それでも、自身に向かうことはあっても他者に向くことなく踏みとどまれているのかは、息子や身内、そして、少なからずもこんな私を信じて見守ってくれている人がいるということを感じられていたからだ。そして、私の場合、本当に認めてもらいたい人には認めてもらえない、選んでもらうことができないのも、この世の定めのように思うようになったからだ。

 〝殺人〟というようなことではないが、私は1度、自分以外の人の心をズタズタにしたことがある。それは人によっては〝死〟と匹敵するようなことだったと思う。そして、私にとって、本当に大切な人を大切にできなかったことやたくさんの人を巻き込み後味の悪い思い出を残してしまったことは、私自身の中にも一生忘れることの負の烙印となって刻まれたままだ。

 決して許してはもらえない。というより、今尚〝許されない十字架〟を背負っている生きている。ただ、世の中には、私自身の起こしてしまったことと似たようなことを行っても、平気で生きている人もいる。それでも、人や場所を変え、繰り返していても、罪悪感を感じることもなく平然と暮らしている人だっている。それでも、実際には人を殺しているわけではないのだから、法に問われないだけだ。
 バレていないだけで、万が一バレてしまったら、人情沙汰では済まされないケースもあるとは思うが、それがまかり通ってしまうのもこの世だったりする。

 だからこそ〝正しさ〟に囚われてしまうことが、本人にとっての〝生きづらさ〟につながることもある。〝正しさ〟の〝次元〟が違うことで、その人の〝生きづらさ〟が〝楽〟になることがあるのだが、他人がいるからこそ、その正しさも多様になることから生み出されてしまう弊害によって病んでしまうのだろうと思う。

 やまゆり園事件の犯人の場合には〝優生思想〟が絡んでしまっている。この〝優生思想〟ということが一体どういうことなのかということを、私たちは考えていかなければならないと思う。
 私たち第3者が気をつけないといけないことは、そして、こうした事件が起きた背景を考える時〝優生思想〟がどういった段階で犯人の犯行動機の種になってしまったのかは、決して本人だけの〝歪み〟ではないように私は思う。偏りやすい性質だったからこそ、なんらかがキッカケとなり〝優生思想〟の深い沼に落ちてしまった。そして、その観念から抜け出せないまま、自身の〝正しさ〟を貫き通したのだとすれば、本人にしかわかりえない何かしらの〝サイン〟を勝手に読み間違ったことから背中をおされてた気持ちになり、犯行におよんでしまった。とするならば、その〝サイン〟を、どんな人から、どんな時に、どんな場所で探し又は辿り着き、自身に芽生えた〝優生思想〟を根強くしてしまったのかは〝鍵〟になるように思う。
 植松の場合には、イルミナリティカードなるものも関係していたといわれている。〝優生思想〟を持つなんらかの行動を行っている人たちは、医療やスピリチュアルケア、薬物なども関与していることが多い。
 現に彼は〝大麻精神病〟という診断もついている。だからこそ、彼が一体どの時点で〝優生思想〟の種を蒔かれてしまったのか、それとも偶然拾ってしまったのか…までをも、考える必要があると思う。そうなれば、彼自身の問題だけではなく、外側の問題も少なからずあることになるからだ。


その④へ続く

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