まちアソート①ずっと夜の町(町は廻る)

 その日の町は、いつまでも太陽がのぼらない、朝が来ない町だった。気がつけば辺りが真っ暗になる。しばらくすると町が橙色に染まってそうしてまた真っ暗になる。繰り返しばかりの町。眼下に広がる町の景色も代わり映えしない。お家の明かりがついては消えて、また点いて、消えるの繰り返し。漂ってくるのも夕食の香りばかりで、塔でそれを見つめる「かみさま」は毎晩あちらこちらの家から漂ってくるカレーの匂いに飽き飽きしていた。

 「かみさま」はそのとき、頭に狼の頭部を被って黒いスーツを身にまとっていた。今は「彼」の形をしているその人が望んでそう装っているわけではない。気がつけば「そう」なっていたのだ。

 ずっと昔に食べたきりのカレーの味に思いを馳せながら出窓に腰かけていると、ふと遠くからばしゃばしゃ、がんがんと音がする。目を向けるとバケツを頭にかぶったおんなのこ二人が塔の下へとかけてきて、おおかみ頭の人型を物珍しそうに見つめていた。

「おねえちゃん、あの人いったいだれなんだろう」

「いもうとちゃん、ふしぎだねえ」

「わたしたち食べられちゃうのかなあ」

「わたしたちあかずきんちゃんだねえ」

 ころころと彼女たちは笑っている。彼女たちが体を震わせるたびに、頭にかぶったバケツがまたがたがたがしゃがしゃと音を立てた。おおかみ紳士の装いをした「かみさま」で下にいる彼女たちに爪を見せつけるようなポーズをとって、ガオ、と吠えてやった。いもうとちゃんと呼ばれた少女は小さく悲鳴を上げ、おねえちゃんはまたころころと笑った。

「こんなに遅くに外に出るなんて、お花を摘んでいる間に食べられてしまうよ、バケツずきんちゃんたち」

「まあたいへん! おばあさんのお家に急がなきゃ!」

「おねえちゃん、わたしたちお家に帰るだけよ?」

「いもうとちゃんはおばかさんね。あかずきんちゃんのたとえなのよ」

 軽く頭を小突いたつもりのおねえちゃんだが、あたりにはブリキの硬い音が響く。叩いた方も叩かれた方も痛そうで「かみさま」が思わず肩をすくめていると、そんな二人を鶏の頭を被った背の高い男が抱え上げた。

「お前たち、探したよ」

「かりうどさん!」

「かりゅうどさん!」

「かりゅうどさん?」

 突然狩人の役を申し付けられた男はどうやら二人の父親らしい。娘たちの力いっぱいのハグを一身に受けながら天敵であるおおかみを見上げて何事かを察して一礼した。

「やあ狼さん。うちの赤ずきんたちがお世話になりました」

「いいんだ。今日は撃たずに見逃してくれる?」

「撃つだなんてとんでもない」

 微笑みながら娘たちの背中をぽんぽんと叩く父親はこの世で今一番幸せだという表情を浮かべていた。娘たちはもう眠くなってしまったのか喋らない。きっと一日に起きていられるのは夕方から晩ごはんが終わるまでのわずかな時間だ。「かみさま」にとっても長い夜がまた始まろうとしている。

「それじゃあ、また明日」

 父親は降り始めた夜の帳の向こうへと行ってしまった。「かみさま」はひとり肘をついて代わり映えしない明日のことを思い描いた。町の綻びはまだ見えない。いつかやってくる朝焼けのことを思いながら、彼女たちの安らかな眠りを祈る。


つづく

執筆者:まちやのこ




あとがき

 港町に行き詰まりすぎています。(死に瀕した顔)

 今日は「かみさま」がいつかいた変な町のうちの一つを書きました。もう多くを語る余裕すらない。お話を書くの、難しすぎる。

 ところで「かみさま」、好きなカレーのトッピングは?

 チーズときのこだそうです。ありがとうございました。