ルミナーのデモンストレーションの様子がSNSで拡散された件について
はじめに
こんにちは、ソラです。
今回はあるイベントでルミナー・テクノロジーズ社の行ったデモンストレーションの様子がSNSで拡散された件について書いてみました。
この件は2022年8月頃にTwitter、YouTubeで広く拡散され、Googleで検索すると関連記事が何件も出てくることもあって、いろんな人の目に触れたので知っている人も多いかと思います。
が、この記事のタイトルと書きだしを見ても「何の話だろう?」となる人が多いと思います。
というのもこの件、世間的にはこんな書かれ方をしているからです。
「SNSで「10万いいね」レクサスとテスラの衝突安全テストの結果が衝撃すぎた」
どの記事もこんな感じでちゃんとした情報が出てこなかった事、そして何でテスラが止まれなかったのかが気になったので自分でまとめてみました。
概要
2022年8月9日ごろ、Taylor Oganさんという人がTwitterでこんな投稿をしました。
テスラとレクサスが子供のダミー人形に向かって走り出し、テスラは止まらずに人形を吹き飛ばし、レクサスは止まった様子を投稿。
この投稿がTwitter上で広く拡散され、日本では上で取り上げたような記事が書かれました。
この動画は何か?
動画からわかる事
まず、この動画を見て私が気になった所を上げてみて、この"テスト"は何のために行われたのか予想してみます。
気になったのは次の点です。
・テスラ・モデルYとレクサス・RXが同時にスタートしている
・一般の駐車場で行われている
・子供のダミー人形と車のダミーのクオリティ
・レクサス・RXにはバッジが無い
・動画の手振れ
・テスラ・モデルYとレクサス・RXが同時にスタートしている
2台同時にスタートしている時点で泊まれるのかどうかを試す「テスト」とは思えません。
衝突被害軽減ブレーキのテストであれば、1台ごとに行えばいいのに2台並べて走行させています。
・一般の駐車場で行われている
動画を見る限りどこかの駐車場で行われているのがわかります。
通常、自動車メーカーやNCAPなどで行われている"ちゃんとした"テストではテストコースを用いるのが普通です。
予約がいっぱい等の理由でテストコースを借りることが出来なかった可能性がありますが、後の理由から意図して駐車場で行ったのでは?と予想します。
・子供のダミー人形と車のダミーのクオリティ
「クオリティが低い!」と言いたい人は多いと思います。
ですが私の見る限り、子供のダミー人形と車のダミーはNCAPやIIHSといった自動車安全テストを行っている第3者機関で使われているのと同じに見えます。
これらのダミーを用意する時点で報道関係者やインフルエンサーが行った"テスト"では無く、メーカーやサプライヤー、ディーラーといった"車の売り手側"が行ったと予想できます。
・レクサス・RXにはバッジが無い
この動画に映っているレクサスはバッジが無い上に、ボンネットに何かが書かれています。
動画を拡大してみると「LUMINAR」のロゴ書かれています。
なので、これはルミナ―・テクノロジーズの実験車であることがわかります。
もしかすると無改造の社用車なのかもしれませんが、それならバッジを外す意味がありません。
左に止まっていバンにも「LUMINAR」のロゴが書かれていますが、ベンツのバッジがついてますし。
さらに動画を拡大してみると、ルーフ部分には元のRXに無いパーツが搭載されています。
ルミナ―はLiADRを開発している企業なので、どう考えてもルミナ―が自社の製品を搭載し、試験を行うために作った実験車両です。
・動画の手振れ
最後に、この動画のぶれ具合から三脚を使わずに撮影されていることが予想できます。
ルミナーが撮影していたなら三脚を使っていると思いますので、ルミナーの関係者以外の人が撮影したと考えられます。
という事はルミナーと関係のない一般の人が撮影したのではないかと予想します。
これらの事から、この動画に映っているのは"実験風景"ではなくルミナーが一般向けに行った"デモンストレーション"なのではないかと予想できます。
動画について調べてみた
このデモンストレーションはそれなりに大規模で、一般向けに行われています。
という事はこのデモンストレーションを行うにあたって、ルミナーは何か告知を行っているはずです。
なのでルミナーの過去のツイートを遡ってみましょう。
するとこんなtweetがありました。
意訳しますと、
「"TCMobility"は来週の水曜日から始まります。ルミナーのLiDARを使用した"プロアクティブセーフティ"と現在のADASを比較した衝突回避のデモンストレーションにご参加ください。」
と書かれています。
このことから動画の内容は、2022年5月18日水曜日、カリフォルニア州にある"サン・マテオ・イベント・センター"で開催された"TC Sessions: Mobility 2022"内でルミナーが来場者向けに行った"デモンストレーション"であることがわかります。
この動画の撮影された場所ですが、背景から察するに南側の駐車場で撮影されたのではないかと思います。
あ、あとTaylor Oganさんは2022年5月にも同じ動画をTwitter上にあげていましたね。
とりあえず分かった事は、あの動画の内容はイベントの出し物として行われたルミナーのデモンストレーションという事ですね。
デモの目的は自社製品の宣伝=LiDARが必要な理由を宣伝する為。
となると、何故テスラと並走させたのか、そしてテスラが止まれなかった理由も予想できます。
テスラを並走させた理由は1言でいうと、「カメラのみを使った自動運転技術を使った自動車で有名だから」でしょうか?
TC Sessions: Mobility 2022は"TechCrunch"というIT系のスタートアップ、ベンチャー企業に関するニュースを配信しているブログです。
このブログの主な読者は技術者だけでなく起業家や経営者、デザイナー、マーケッターといった方々です。
そんなブログサイトが主催するイベントですから当然自動車業界"以外"の人も来場することが考えられます。
そのようなイベントで実験車のみでデモをした場合、どの位凄いのかがイマイチ伝わらないんじゃないのかなって思います。
人によっては、LiDARを使わなくてもこのくらいできるんじゃないの?って思う人もいるんじゃないのかなって思います。
なら自動車業界以外の方に対して「LiDARは絶対必要!」と思ってもらうにはどうすればいいでしょうか?
どんなことをすれば伝わる必要性が伝わるでしょうか?
そして考えた結果、
「LiDARを使ってない車を同時に走らせよう!そうすればきっと凄さが伝わるハズ!」
となったのではないでしょうか?
次に考えるのは
「じゃあどんな車を走らせよう?」
ですね。
単純にLiDARを使っていない車と比較するのであれば改造前のレクサス・RXで十分です。
デモの目的自体にも合ってますし。
ですが、デモを見に来る人はどう感じるでしょうか?
そのデモを見た人みんなが「LiDARは絶対必要なんだ!」と感じるでしょうか?
元のRXの衝突被害軽減ブレーキは、LiDARを使っておらず、カメラとミリ波レーダーを使っています。
ですが、その性能がどれ程なのかイマイチわからないという人が多いと思います。
もしかすると元のRXには衝突被害軽減ブレーキがついている事すら知らない人だっているかもしれません。
なので、実験車と元のRXを同時に走らせてもこう思う人がいるはずです。
「元のRXのカメラとAIの性能が低いだけじゃないの?」
「高性能なカメラとAIがあればLiDARなんていらないんじゃないの?」
「元のRXに自動ブレーキなんてないでしょ?」
ですのでLiDARを使わないで衝突被害軽減ブレーキを実現していて、なおかつ知名度のある車を用意しないといけません。
テスラならLiDARどころかミリ波レーダーも使っていなませんし、オートパイロットやFSDという"自動運転技術"も有名です。
このイベントの想定される来場者のことを考えればテスラのことは当然知っているでしょうし、YoTubeでオートパイロットやFSDの車載動画を見たことがある人もそれなりにいるはずです。
じ ゃ あ テ ス ラ を 使 お う!
…と、こんな感じでデモの企画が決まったのではないかと思います。
テスラ・モデルYのスペック
テスラが止まれなかった理由を考える前に、まずモデルYのスペックについて調べてみましょう。
先進運転支援システム
テスラのオーナーズマニュアルによると、使われている先進運転支援システムは大きく分けて"オートパイロット機能"と"アクティブセーフティ機能"の2つあり、アクティブセーフティ機能の方に"衝突回避アシスト"という機能が有ります。
そして衝突回避アシストの中には[自動緊急ブレーキ]があります。一般的には「衝突被害軽減ブレーキ」、俗に「自動ブレーキ」と呼ばれる機能になります。
このデモンストレーションに関係しそうな所を抜粋してみると、
・正面衝突の衝撃を緩和するために自動的にブレーキをかける。
・衝突を完全に防止するように設計されていない。
・衝突を回避するように設計されていない。
・状況によって、走行速度を落とすことにより正面衝突の衝撃を最小限にくいとめるに過ぎない。
・減速の程度は、巡航速度や環境など多数の要因に左右される。
・検出した前方を移動する物体からの距離を判定するように設計されている。
・およそ5~150km/hで走行している場合に限って作動する。
・車両、オートバイ、自転車、または歩行者がもはや前方に検出されなくなった場合、ブレーキをかけない、もしくは作動中のブレーキを解除する。
と書かれていますね。
カメラ
ハードウェア面を見てみると、8個のカメラが採用されていて、この内正面を向いているのはフロントガラス上方にある3個のみ、
この3個のカメラはまとめて1個の部品となっていて、トリプルフォワードカメラと呼ばれています。
そして"EETimes"というウェブサイトの記事によると、トリプルフォワードカメラはそれぞれ違った計測距離と視野角を持っています。
・ナロー フォワードカメラ:250m (35°)
・メイン フォワードカメラ:150m (50°)
・ワイド フォワードカメラ:60m (120°)
(この記事はモデル"3"の話ではあるのですが、高い可能性でモデル"Y"にも採用されていると思いますので多分大丈夫なハズです…)
そしてイメージセンサーは、オンセミコンダクター製の"AR0136A"が採用されています。
これは2015年に登場した120万画素(1280×960)程度のCMOSセンサーで、EETimesの記事執筆時点でも「新しいものでも高解像度のものでもない」とのことです。
ECU
次に、ECUについての性能について確認します。
テスラのECUの特徴を一言で表せば、「個数が少なく性能が高い」です。
ECUとは自動車の電子制御装置のことで、通常の自動車には何十種類も使われていて、ADASに関わる範囲だけでも複数使われるのが普通です。
ですがテスラは統合型ECUを採用していて、車両制御に3個、運転支援システムに"HW3.0"と呼ばれるものが1個、インフォテイメント(カーナビの事)に1個と合計で5個しか使用していません。
ECUの性能を表す指標としては演算能力と消費電力になるでしょうか。
日経XTECHの記事によると、オートパイロットのECU、HW3.0の性能は
・演算能力:144TOPS(毎秒144兆回)
・消費電力:72W
とのことです。
参考に量産車向けのADASのECUや、商用向けの自動運転車のECU(?)を比べてみようと思ったのですが、残念ながら見つからないので、いろんな記事で書かれていることから予想してみます。
量産車向けのADASについては日経XTECHの記事から
演算能力:2.5TOPS(毎秒2兆5000億回)
消費電力:30W(未満)
くらいと仮定します。
一方、ウェイモのロボタクシーの様なレベル4の自動運転の場合は東洋経済オンラインと自動運転ラボの記事から
演算能力:1200TOPS
消費電力:2000W
くらいと仮定します。
モデルYのスペックをまとめると
こんな感じです。
・このデモに関係しているシステムは衝突被害軽減ブレーキで、FSD、オートパイロットは無関係。
・カメラの性能は一般的な乗用車と同レベル。
・ECUの性能は、他社の乗用車 < テスラ < ロボタクシー (*ただし予想)
なぜテスラは止まれなかった?
仮説を立ててみる
モデルYが止まれなかった理由について仮説を立ててみます。
人間の自動車の運転は「認知・判断・操作」に分けることが出来ます。
ここから次の3つの仮説を立てられます。
1.人形を認知できなかった
2.人形を認知したが、減速する判断できなかった
3.人形を認知し、減速する判断をしたが、操作が出来なかった
今回の記事では「1.人形を認知できなかった」からと仮定して話を進めていきます。
(2番、3番の可能性もありますが、長くなるので今回は取り上げません。)
1.人形を認知できなかった
これに関係しそうな事に焦点を当てると、
・歩行者の認識方法
・距離の計測方法
が関係しそうですね。
歩行者の認識方法
まず歩行者の認識方法についてです。
テスラの自動緊急ブレーキはカメラを使っている以上、画像から歩行者を判断しなければいません。
そしてAI…もとい"畳み込みニューラルネットワーク"は学習させたデータから検出対象の特徴を抽出しています。つまり、歩行者の特徴を画像から判断しています。
画像で見た歩行者の"共通の"特徴を大雑把に言えば
・円形の頭と台形胴体、胴体からは2本の腕と2本の脚が生えている。
・それぞれの位置関係や比率は大体決まっている。
といった感じでしょうか。
その一方、歩行者によっては背の高さや体格は異なりますし、同じ歩行者でも、向きや姿勢などで異なる特徴を持つことになります。
言い換えると
・歩行者というのは大きさにばらつきがある。
・同一の歩行者でも時間によって形状が変わる。
という事ですね。
距離の計測方法
単眼カメラを使った距離の計測方法としては3つあります。
a.大きさから推定する方法
b.消失点の距離から推定する方法
c.物体の動きから距離を推定する方法
a.大きさから推定する方法
人間の目には道路の白線の様な、奥に伸びている"平行じゃない"平行線がある1点に収束ように見え、同じ物体でも近いものは大きく、遠くにあるものは小さく見えるという特徴があります。
絵画の世界では、この人間の特徴を使って画像に奥行を感じさせる"遠近法"というものがよく使われています。
単眼カメラを使った自動運転技術もこの"遠近法"を利用しています。
同じ物体でも近いものは大きく、遠くにあるものは小さく見えるという事は、あらかじめ大きさがわかっていれば、検出した対象の大きさからその距離を推測することが可能という事になります。
b.消失点の距離から推定する方法
道路の白線の様な奥へ伸びる平行線が一点へ収束して映る様に見えます。
この収束する点を"消失点"と言います。
車や歩行者の様な地面に接している物体であれば、その地面に接しているところが消失点から離れているように見えます。
このことを利用して車両や歩行者などの路面上の物体までの距離を推定できます。
c.物体の動きから距離を推定する方法
自分が動くと近くの物が大きく動いて見え、遠くの物はあまり動かないように見えます。
この原理を利用することで1台のカメラが移動するときに撮像した画像に写っている被写体の画像上の動きから被写体までの距離を推定することができます。
デモンストレーションの状況
歩行者の認識方法と距離の計測方法を確認したところで、動画からデモンストレーションの状況を改めて見直してみます。
場所はサンマテオイベントセンターの駐車場で行われ、公道の様な車線も無ければ横断歩道も無いですね。
動画とグーグルマップから察するに40~50mくらい離れた位置からスタートしているように見えますね。
そして、この15mの間は1秒くらいで走り抜けていったので、ぶつかる直前のスピードは多分54km/hくらい出てたのではないかと思います。
人形についてですが、ぶつかる瞬間の画像から察するに1mくらいの大きさでしょうか?
そして、NCAPとかの試験みたいに歩行の動作をさせておらず、進路上に設置してるだけですね。
テスラが止まれなかった理由
テスラが止まれなかった理由、正確に言えば、「EuroNCAPやIIHSの試験では子供の人形を検知して止まれたのに、ルミナーのデモンストレーションでは止まれなかったのか?」についてですが、
・人形が小さかった
・人形が動いていなかった
・スピードが出ていた
あたりが原因ではないかと思います。
人形が小さかった
人形が小さかった
NCAPのテストで使われる子供のダミーは身長1.2mほどです。
一方デモで使われたダミーは大体1mほど
20cmほど小さいので、その分検知しにくくなります。
人形が動いていない
EuroNCAPで子供のダミー人形を使うのテストは"Car-to-Pedestrian Nearside Child 50%"というものです。
NCAPの試験結果には"Child running from behind parked vehicles"と記載されている項目で、路上駐車してる車から出てきた子供と衝突するケースを想定した試験ですね。
この試験では子供のダミーは時速5km/hで移動していますが、デモでは人形は設置されているだけです。
最初から設置している点はデモの方が有利そうですが、移動をしていない上に、足も動いていないところは検知しにくくなるのではないかと思います。
スピードが出ていた
個人的に、デモでテスラが止まれなかった大きな原因がこれだと思っています。
EuroNCAPでは、子供のダミー人形を使った試験は10~60km/hの間を10km/hごとに実施しています。
モデルYのテスト結果は大人のダミー人形を使った試験もまとめた点数が出ています。
評価は"GOOD"ですが満点ではないですね。
満点ではないという事は何かの試験がうまくいかなかったという事ですが、どの試験でうまくいかなかったのかまではわからないですね…
という訳で、オーストラリアのNCAPを見てみましょう
ANCAPの試験結果を見ると、子供の人形を使った試験が黄色になっていますね。
そしてIIHSでは20km/hの時と40km/hの時ぶつからなかったとの事です。
これらの結果から、
「子供のダミー人形の場合、40km/h以上になると試験の条件であっても衝突回避は難しい」
と仮説を立てることが出来ますね。
デモンストレーションでは人形に衝突する直前は50km/h近くのスピードが出ていたように見えますので、テスラが止まれなかった理由としては、これが一番なのではないかと思います。
おわりに+これから書くこと
今後、SNSやニュース記事の反応で気になったところについて書いていこうと思います。
以上、ここまでお読みいただきありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?