「決意」第2話

ということで『2 22 恋人が死ぬ』
この予言を矛盾させるためにはどうするか。簡単に思いつくのだと「死なない」ようにするだ。
しかし、これは難しい。なぜなら原因が分からない以上対策のしようがない。死ぬ原因を一つ一つしらみつぶしていくこともできそうだが、一日一回きりの「予言を消す権利」を無駄にして行うものでもない。それだとすれば、もっとも簡単で分かりやすいものそれは・・・
「恋人・・・」
恋人を矛盾させるってことはつまり・・・
別れるってことか。美咲姉さんと俺が
一呼吸おいて美咲姉さんのことを考えた。風と共に靡く美しい黒髪、丹精な顔立ちと鋭くもその奥にはある優しい目、そして何より
「私が死ぬまで離さない、絶対に」
僕も同じ気持ちだよ。美咲姉さん。
決めた。
ミサキを救う。そのためには別れなくてはいけない。どんなに嫌われようとも半年後、彼女と生きてしっかりと付き合うんだ。
嫌われるためにこの予言書を使う。この「消せる予言書」を使って。

8月24日
「ちなみに言っとくけど今、両親はいないから」
美咲姉さんは自分の家の扉を開きながらくすっとして見せた。
「・・・・・・」
僕はどう反応すればいいか分からず、無言になった。別に決して緊張していたわけではない。
がらりとした玄関の突き当りには階段がある。階段を上り奥の部屋の扉を開くと美咲姉さんの部屋だ。
「椅子ないからベッドに座って」
言われた通りにする。
「美咲姉さん。僕と別れてください」
「はい?」
「だから、僕と別れてください」
「フーン。そうなんだ。こうちゃんは私と別れたいと思っているんだ・・・冗談だよね?」
「いや・・・本当です」
「ほんとに?」
「はい。本当です」
「コロス」
「はい?」
「殺す。」
「こ、殺すなんて、そんなおっかないこと」
「私を振る男は八つ裂き。そのまま市中引きまわしてさらし者にしてやるわ。その後に・・・」
「分かった。分かった。説明するから」
僕は事の顛末をすべて説明した。
「うーん。その本が予言ね。で、それがあって死ぬから私と別れたいと」
「そういうことです」
「あのさ。そんなファンタジーみたいな話で『はい、そうですか』って納得する人なんていると思う?」
「いや、いないと思います。」
「だよね?」
「でも、僕は美咲姐さんを救いたいし、なによりミサキ姐さんが死ぬのは嫌だ。僕のことは嫌いになっても幸せに生きて欲しいと・・・いややっぱり好きでいて欲しいとも。」
「全く優柔不断ね。そんなんで本当に別れる覚悟なんてあると思っているの?」
「いや・・・そうですよね・・・ごめんなさい」
でも・・・・
「だけど嫌いになること、それは・・・今の僕にとって美咲姉さんへの最高の愛なんです。」
少しきょうをつかれたような顔をする美咲姐さん。
「・・・そう・・・」
とベットに膝を立てその両足を抱えて僕がいるところとは反対側を向いてしまった。
その後何分経っただろうか。お互い背を向けて一言も話さない「きまずい」時間が流れていた。最初にアクションを起こしたのは美咲姐さんだった。
「はあ・・・」
大きなため息をつく。
「その本私にちょっと貸してよ」
「分かりました」
と、持っていた予言の書を彼女に渡した。
「これって何で消せるの?」
「消しゴムで消せます」
「そこにある筆箱の中に入ってるから取って」
と、部屋の真ん中にある机の上に置いてあった筆箱を指差して言った。
「ありがとう」
と消しゴムを受け取ると黙って本の表紙をめくった。じっくりとページを読み込んでいるようだ。
しかし、一枚捲って少し指が止まった。
そしてこちらを向きニヤニヤと
「へえ~そうなんだぁ~」
そして次のページをめくると
口をゆがませ少し寂さが入ったような顔をしていた。その後何枚かペラペラと捲っていった。そしてまた沈黙の時間が流れていく。
美咲姉さんは何を考えているんだろう。と俯いて考えを巡らそうと思っていたところ
「こ~うちゃん!」
と左耳元で囁かれた。
「うわっ!」
と右側に引いてしまい、その美咲姐さんの顔を見た。口角は小さく上がり、目を細めてにやついている。何かたくらんでそうな顔と言えばわかりやすいのかもしれない。
「なに・・・どうしたの?」
「えっとね・・・私こうちゃんのこと信じてあげるよ!」
と僕の腕をぎゅっと抱く。美咲ホールド。逃がさないようにするときによく使う美咲姉さんの手法だ。
「はは・・・それは良かった・・・じゃあ」
と言いかけたところで
「けど・・・」
「これを一緒にしよ。出来たら信じてあげる」
と本を僕の目の前に差し出した。
それは今日の日付が書かれたページの予言だ。
『8 24 恋人の部屋に入り少しきまずい時間をすごすことになる。』
だったはずなのだが・・・
『8 24 恋人   に    き      す す    る。』
に変わっていた。
やられた。
その表情を待っていましたと言わんばかりににっと口角を横に大きく広げ
「どう?できないの?私とのキス?信用してほしいんじゃないの?でも、そうかこれをしてしまうと嫌いになりたいって気持ちと矛盾してしまうものね?大変な役割を背負ってしまったね」
とベッドに僕を押し倒した。その反動でベッドがきしむ音が部屋中に轟く。彼女の恍惚とした表情は誰にも止められない。そんな様相を醸し出していた。倒されたベッドの上に彼女がまたがる。
そして両手を僕の顔に添え彼女の顔を近づけた。
「もういいのよ?私にすべてを委ねたら?そうしたらキス以上のこと・・・したらいいじゃない?」
「で、でも・・・」
「大丈夫だよ。今、両親いないから」
心臓の鼓動が速くなる。
血圧と体温が上がるのを感じる。
窮地に立たされたそんな感じがする。
何をしたらいいのか、考えすらも巡らせない状況、誰かに助けてほしいと思う、けどこの状況が心地いいとも感じてしまう。
美咲の体温は感じない、きっと僕の体温の方が高いのだろう、いやそれとも同じくらいの温度なのだろうか?同じ状況を好きな人と共有してる。
うれしさ?たのしさ?恋心?いやこんなたいそうな表現をしなくとも一言「気持ちいい」これ以上の表現を考えたくない。
気持ちがいい。
ただ、本能から出た感想。
もうこのままでもいいのかも知れない。嫌いになるなんてそんなこと僕にできるとは思えない。
本当は嫌われたくない。
「いいの?美咲姐さんに甘えたままで」
「ええ。さあ、早く来て・・・」
僕は目を瞑った。ミサキ姐さんの肩を持ち、そしてお互いの顔を近づけていく。徐々にゆっくりと。
その時だった。僕は小さいころの美咲姉さんとの思いで。
「ねえ、これからも一緒に居てくれるよね。」
燃え上がる炎が辺りの寒い冬の空気を温める。
「うん。約束する。ミサキには一生寂しい思いはさせない。」
「そっか・・・よかった・・・」
ぎゅっと僕の左腕を力強く抱く。
その感覚が僕の嫌な記憶を呼び起こした。

車が峠を越えようとする中、崖に衝突し、車が燃えて約2時間半。こんな山奥に誰も来ない。
その車に乗車していた僕と美咲姉さん以外のすべての人間がその火中にいた。美咲の父、母、そしてミサキ姉さんが愛していた弟。たった3人の家族が一夜にして火の中の隅へと変貌した。原因は美咲の父持病による運転事故。冬休み中の思い出作りに出かけたただの家族旅行におきた不幸。無事生き残った美咲姉さんに今、両親はいない。
なんでこの出来事を思い出したのか僕にも分からない。しかし、あの時の表情が今でも忘れられないんだ。
「絶対に・・・絶対に離さない・・・私が死ぬまで」

泣いていた。
彼女が見せた2回目の表情だった。
「ごめん。やっぱだめだ」
僕と美咲姉さんの唇が触れ合う寸前、間に人差し指を挟んだ。
「え?」
何で美咲のことが好きなのか。
美咲のことが好きな理由は可愛いから。
そして小さい時の笑顔は今でも変わらない。だけど、それ以上に彼女の見せるほぼ皆無に近い希少な弱みや救いたいと思ってしまう境遇、すべてが僕の心の内をかき乱す。
「君には生きていて欲しい。俺とずっと長く、歳をとっても、愛し合うって言う感性すら衰えても傍にいたい。だから、この半年間は別れてほしい。どんなに付き合えない世界になっても必ず好きを自分の言葉で実現して見せるだから、いや美咲を離さないと思っているのは僕も同じだ!」
「まあ、信じてくれないよな・・・」
ちゅっ
唇に柔らかな感触があった。さっき急に冷めた体に再び熱が帯びるのが分かる。
「はい。だから信じるってさっき言ったじゃん。これでこの予言書は本物ってことで」
急なことだったからびっくりしたわけで、
「あ、いや、え?」
「はは、びっくりしてやんの!こうちゃん童貞じゃん」
「そ、そうだけど!」
ふいっと顔を背け露骨に不機嫌な顔をして見せた。
「でも、良かったよ、協力してくれるんでしょ?」
「いや、協力はしてあげない」
「なんで!だって美咲姉さん死んじゃうんだよ?」
「だって、別に私は死んでいいと思ってるもの。
半年だろうが、来年だろうが100年後だろうが。
その間が充実したものであればいつだって死んでもかまわない。
私にとってそれが愛なのよ。
それが一日でも阻止されるようなものなら私は全力で止めてあげる。だから、あなたの思い通りにはさせない。私は“死ぬまで”あなたを離さない。そう言ったはずよ」
「でも・・・」
「後、私が死んだら・・・」
「なんか言った?」
「いいや、なんでもないわ」
「とにかくこう考えてみたら?私がこうちゃんにかける愛とこうちゃんが私にかける愛、どちらがより強いものなのか証明するってこと」
「こうちゃんはその本を使って・・・私は頭を使ってどちらの愛が正解なのか」


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