「蟠り」第3話

まず、嫌われるには「消せる予言書」を通してからではないとできない。
あれは8月27日のことだった。デートの約束をすっぽかそうとした。
しかし、道を歩いていたら、停車した黒塗りのワゴン車からガタイのいいサングラスをかけた角刈り集団が「おい!お前車に乗れ」
といきなり拉致られ、金目のものを出せと要求された。
「ヒぃ・・・何も持ってません」
と人生史上最も情けない声で命乞い。
挙句、何もないと分かったら捨てていけと公道のど真ん中に落とされる。
落とされたかと思ったらクラクションの音が後ろから聞こえて急ブレーキをかけ損ねた車のフロントに乗り上げた。
前が見えなくなったドライバーがハンドル操作を誤り右往左往。
「と、止めてぇ~~~」
と人生史上2番目に情けない声で命乞い。
車は電柱にぶつかりその勢いで数十メートル先に落下。そこが集合場所の阪急烏丸駅だった。
「驚くほど無様な登場ね。こうちゃん。」
うつ伏せで倒れていた俺に声をかけたのは着地点で見下ろしていた美咲姉さんだった。
「ま、間に合ったからいいか。行きましょう」
とその日は予言通り「何事もない一日」であった。
その後も彼女に嫌われることを試した。酒イきり、たばこイきり、その他諸々。が、それらは美咲の一言ですべてが一掃された。
「フフッ♡・・・可愛い。」
心が寛容なのか、バカにしてるのか。
だが、ここで分かったことが二つ。
「恋人」と矛盾しない行動はとれること、
逆に矛盾するに直結する行動はとれないこと。
矛盾しない行動は「ふふっ・・・可愛い」と一掃された行動のように行動はできるが、気にも留められないようなもの。
逆に矛盾する行動は5つ。
1,時間に遅れること、2、暴力、3,喧嘩、4,逮捕5,隠し事。
これらの行動はそもそもとれないように未来が収束してしまう。
例えば先ほどの件のように待ち合わせに間に合ってしまう未来になる。ということは裏を返せばこれらの行動は美咲姉さんと別れる要因になり得る行動であるということ。つまり、これらの行動を予言書を通してすることが「恋人」矛盾につながることだ。あとは作戦を立てるのみだ。
直近の予言はこんな感じだ。

『9 6 恋人と話し合いの約束をきめて、ずっとあった蟠りを無くす。』
『9 7 夏休みの残りの課題をほったらかして恋人とサッカーするが永遠にキーパーをやらされる。』
『9 8 先生に怒られ、恋人に慰められる。』
『9 9 学校にいかなかった。学校から電話が入る。』
・『9 10 約束していた時間に行くはずが、急用のため集合時間を遅らせた。しかし、連絡し合っていたため何事もなかったかのようにデートを執り行える。』
『9 11 恋人に誘われたが恋人の家には誰もいなかった。今日は一人だ』
うわ、そうだった9月1日に学校で夏休みの宿題やってなかったんだった。それで9月8日までに出さなくてはいけないということをすっかり忘れていた。で教務課の佐藤にやらなかったら今週の土日返上してもらうからなと念を押されていたんだ。
そして次に目に留まったのは9月10日(日)。
「約束していた時間に行くはずが、急用のため集合時間を遅らせた。しかし、連絡し合っていたため何事もなかったかのようにデートを執り行える。」
ということは、10日の「用事」は宿題をしなかった補習になる。
いきなり、美咲姉さんに嫌われそうな予言が出てきた。いや、これはビッグチャンスだ。
「これはこうしてこうすると・・・」
予言書のルール、9月10日の三日以内の9月8日に
「9 10 約束していた時間に行くはずが、急用のため集合時間を遅らせた。しかし、連絡し   なかった   。」
と予言を変えられる。
これで注意しなくてはいけないことは宿題をしないようにしなくてはいけないこと。やってしまったら9月10日の予言が変わってしまうからだ。そうなると予言の内容消すことができない。

9月6日
学校の帰り道、美咲姉さんと歩いていた。
気まぐれでわざわざ迎えに来てくれたらしい。
「あ、ここの皮膚科また休んでるわね。10日まで休みだってさ」
と近所の皮膚科の臨時休業の張り紙を指さしてそう言った。
「まあ、もう歳ですからね。ここの院長も」
「私の生まれた時からあるからね」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると二人の家が見えた。
「あ、そうだ。こうちゃん、ウチ寄っててよ。話があるんだ。」
理由は分かる。何故僕を呼ぶのか。美咲姉さんの家に入る。
「こうちゃんさ。夏休みの宿題一緒にやらない?」
まさかの正面突破!!
「いや、やりませんよ。」
「なんで?」
「だって、本の内容変えないといけないし。変えたら、僕の不利になってしまうから。美咲姉さんだってあの本読んだから分るでしょう。それに美咲姉さんと同じ高校なんだから教務課の佐藤がどんな奴か十分ご存じかと思いますが?」
「チッ!」
「あ、今舌打ちしましたね。ひど」
「あ~あ、せっかく予言変えてくれたら私を嫌いになるヒントを挙げようと思ったのに」
「そんな罠みたいな手に乗るわけないでしょう」
「じゃあ、一発・・・」
「だからそんな色仕掛けしても無駄ですって、この前みたいにはなりません。あきらめてください」
「ふーんだ。あんなにガッチガチに固まってたくせに」
「え!?」
と言いながら自分のまたの位置を確認する。
「体が固まってたってことだよ。こうちゃんのバーカ。えろすけ」
あれ?意外と手数がないのか。本を持っていないハンデはかなり大きいんじゃないのか。もしかしたら、勝てる?
それにしても意外とこういう子供みたいな拗ね方するんだなあ。
可愛い。いかん、いかん。そんなこと考えちゃ。
「まあ、いいわ。こうちゃん今日ご飯一緒に食べよ。カップ麺だけど」
「意外とあっさり引くんですね。」
「ま、だめなものはだめで諦めて次の手を考えるのが女の特徴だよ」
と言いながらキッチンの方へ向かった。
「そんなもんですか」
「こうちゃん何味がいい?」
とシンク下の戸棚をくぐってゴソゴソとし出した。おそらく、今日の晩飯を探しているのだろう。
「カレーで」
「あいよ」
次の手か。しかし、あの予言の中でどうやって別れを阻止することができるというのか。
そんなことを考えている内に丁度カップラーメンがテーブルに運ばれてきた。
「どうぞ」美咲が僕の座る椅子の隣に来てカップラーメンをテーブルに差し出した。
そして対面に美咲姉さんのしょうゆ味が置かれる。
「おっと・・・」
置く勢いが強かったのか。箸が床に落ちる。
それを拾おうとダイニングテーブルの下をくぐる。箸を拾い、机の下から出ようとした時、
「イデッ!」
ミサキ姐さんが机にぶった。振動でカップ麺が落ちる。
カップラーメンが宙に舞った。蓋を突き破り、先ほどまで熱湯に浸かっていた汁、麺、具がすべて上空に投げ出された。そして、重力に逆らうことなく落ちていく・・・丁度机から出てくる美咲の左腕、二の腕から掌にわたって熱湯の雨が降った。
「アッっつ!」
甲高い悲鳴を部屋中に轟かせた。
「ちょっと大丈夫・・・あ~こりゃ酷い。やけどの跡残るよ。」
美咲の腕はゆでだこのように真っ赤になっていた。
僕は何も考える間もなく、ミサキの家を飛び出した。
「あ、ちょっと・・・」
「待っててすぐ戻ってくる。その間に水で冷やしてて」
何分かした後に“消せる予言書”を持ってきた。
『9 6恋人と話し合いの約束をきめて、ずっとあった蟠りを無くす。』
くそ、この予言で何かできないか。
「やけど・・・やけど・・・きめて、ず き・・・ず・・・傷!!無くす!」
「やけどって傷の部類に入るよね?」
「ん。そうだと思うけど・・・」
「よし!」
『恋人 の   き   ず        無くす。』
3.2,1
「どう?」
「うわっ!すごい!全然痛くない!」
「ふう・・・・あれ?」
予言の書が光る。そしてその光はあたり一面を真っ白に包む。
何か様子がおかしい。ペラペラと先々の予言を確認する。
「なっ・・・!」
『9 10 好き人と時間通り集合場所で合流でき、河原町のカフェで楽しく会話する。』
予言が変わった・・・。
「フフッ・・・フフフ・・・」
不気味な笑い声が後ろから聞こえた。
まさか・・・・
美咲姉さんの方を恐る恐る向いた。不敵な笑みが浮かび、神羅万象すべての物事を卑下するかのような笑顔だった。
「な、なんで・・・どうして!」
「こうちゃん。近所の皮膚科はいつから再開するんだっけ?」
「10日・・・じゃあ、でも・・・?」
「さあ?脅しだったんじゃないの?佐藤先生そういうところあるから」
確かに行動に矛盾はない。そして未来が変わったのは僕が予言書を改変したから。
「ま、「用事」があるのは私の方だったってことね。ちゃんとこの前本の内容覚えといてよかった。心配かけてごめんね。」
「く、狂ってる・・・わざわざやけどまでして予言を変えさせるなんて」
「奪われたくないから・・・私。こうちゃんとの時間一秒たりとも」
「こうちゃんって別れるってどういう意味か知ってる?お互いの嫌いが重ならなければいけないんだよ。だから、私に嫌われるだけじゃダメ!こうちゃんも私のことを嫌いにならなきゃ!!こうちゃんは私のことが嫌い?私のことが嫌いになれる?ねえ・・・答えてよ」
美咲姉さんに壁際まで追いつめられる。そして二カっと笑い。
「ハハっ♡できっこないでしょ?」
「こうちゃんも私のこと嫌いになるくらい大好きにならないとね」
「でも、今日のあの行動力は惚れたわ。颯爽と飛び出してって自分の信念曲げてまで私のために使ってくれた・・・」
「大好きだよ♡こ~うちゃん。だから私が死ぬまで離してあ~げない!ふふっ♡」
悔しさと怒りで手が震えた。僕の迷いはなくなった。どんな手を使っても必ず9月10日の予言を変えて見せる。しかし、この時しっかりとお互いの主張を尊重して、話し合っていたら助かる未来があったのかもしれない。蟠りは残るままだ。
 
 
 
 

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