「消せる予言の書」第1話

「私、こうちゃんのことが好き。付き合ってくれないかな?」
8月23日、僕、佐々木康太は告白された。
しかも、憧れだった3つ年上のお姉さん幼馴染の一葉美咲に。
街はずれの公園ベンチ。僕たちはお互い真剣な表情で向かい合っていた。
夕方でもセミがまだうるさい、夏後半。
彼女の青く澄んだ眼は僕の視線を捉えていた。
「で、どうなの?」
逃がさまいとさりげなく僕に重みをのせ、腕をがっちりと掴んだ動きの振動で彼女についていたイヤリングが一振り、小さく二振りと揺れる。
「そんなの決まってるじゃないですか」
僕はきっと驚いた顔をしていることだろう。
だけど、僕は知っていたんだ。
「それは・・・」
「それは?」
美咲に告白されることを。
全ては決められた未来であったということを。

さかのぼること昨日の話だ。
京都市の中心街より少し外れた北区に住む青年、僕は近所の古本屋にて、ずらっと並んでいる本の中でとある一冊の変なタイトルの本を手に取ったところからこの話は始まった。
「なんだこれ?2023 予言の書?」
と表紙に横書きで書かれた文字。表紙は厚く、真っ赤で所々汚れが目立つ。2023年・・・これは今年ってことだよな。と思いながら固い表紙をめくる。表紙の裏側、つまり一ページ目の左手部分にあたるところには
「消して使え」
と大々的に書かれていた。消して使え?何のことだろうか。そして、表紙の裏側より右半分である1ページ目には
「ルール?」
と書かれた題目の下には項目分けされた“ルール”らしきものが順に羅列されていた。
内容は以下の通りだ。


1.文を消した後、5秒後に予言は確定する。
2.この本の効力は持ち主の死か、ノートの最後を使いきるまで続く。
3.本に記された内容のすべては実現する。
4.主語述語があり意味の通る文章にしなくてはいけない。
5.主語がない場合すべて所有者が主語として機能する。
6.全てを消すことはできず、三文字以上の文字をいかさなくてはいけない。
7.予言の干渉できるのは三日後以内。


これを読んだ最初の感想は何だこれ?だ。
「ふん。バカバカしい・・・だれがこんな幼稚じみたもの買うかよ」
次のページも見る間もなく、僕はこの本を閉じた。
「俺が買いに来たのはこの本なんだ!」
と手前にあった『告白ワード全集』と書かれた本を手に取り、レジへ向かった。
「これこれ、明日のセリフをこれで学ばないと」
レジでお会計を済ませた。
「お買い上げありがとうざいます」
店をでた僕は帰路につく。
本やで参考書を買ったらやる気が出る、そんな帰り道の感情と似ている。
佐々木康太には野望がある。それは
隣の家に住む一葉美咲に明日告白をして付き合うことだ。
ワクワクしていた僕は歩きながら持ってきていたカバンからとある本を出す。
表紙は厚く、真っ赤でところどころ汚れが目立つ。その真ん中にはでかでかとタイトルが記されている。
「そう、そう、これこれ・・・ってええっ!!
その本のタイトルは「2023 予言の書」だった。
何でこんな本を買っているんだよ。返品だ。
道を引き返し、さっきいた古本屋に戻ったが、
「閉まっている・・・」
「仕方ない、帰るか」
家に帰ってきて玄関を開けようとした時、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「あら、こうちゃん。今帰り?」
ハッと後ろを振り返ると
「美咲姉さん!お、お日柄も良く・・・」
「はは、なにそれ、近所の床屋じゃないんだから」
「ミサキねえさんは今日は何をしてらしたんですか?」
「大学だよ~夏休みなのにゼミの研究が多くてね。」
「・・・・・・」
にっこりとした美咲姉さんと対面する形で数秒の沈黙をしてしまった。
「こうちゃんは受験勉強はかどってる?」
「いいえ。僕には後一年あるので」
「ははっ!浪人する気まんまんじゃん。それじゃあ、来年は大学一緒にいけないね。私、来年で卒業だし」
「それは困ります。ミサキねえさんもダブってください」
「いやだよ」
「・・・・・・」
「じゃ、私夕食の支度あるから行くね」
と僕の家の敷地内の隣を指差して言った。
「あ、あの・・・・!」
「ん?どうした?」
「その・・・明日の」
「明日?ああ、私予定はいっちゃったんだよね。」
「えっ?!なっ、なんのですか?!」
「そりゃ、男の子とデートだけど?」
「え?彼氏・・・いたんですか?」
「彼氏じゃないけど」
「じゃ、じゃあ、誰?」
「こうちゃんだけど?もしかして忘れちゃった?や、く、そ、く」
ふふっと。なにか蔑むような顔でにやっと笑っていた。
「だ、だまさないでくださいよ!」
「だましてないわよ。本当のことしか言ってないし」
「こうちゃんはいつまでも可愛いねえ!お姉さん、こんなお隣さんがいてうれしいな」
よしよし。と言いながら、僕の頭をなでる美咲姉さん。
「だけど、今日、勉強してない人とは明日行きたくないなあ」
「はい。すぐにとりかかります」
と、家の中に駆け込み、
「ミサキねえさん!また明日!8月23日、午後1時、四条河原町駅前集合で」
と言いながら、美咲姉さんがこちらに手を小さく振っているところを見て家の中に入った。

一勉強を終えて、カーテンを開け、隣の家の一室に電気がついているのが見えた。
「美咲姉さんはまだ起きてるのか。もうちょい勉強してるふりしとこ。僕が電気けしたら家全体が暗くなってすぐばれるし」
「いやー明日は緊張するな。そして、自分が言いたい事を美咲姉さんにしっかりと伝えてっと・・・」
俺は美咲姉さんのために生きている。
バカじゃないし、勉強だってやらなくても大学に行けるくらいの頭はある。だけど、あの時救ってくれた美咲姉さんのために、彼女が望むなら僕は誰でもない彼女のためにその姿を演じる。
僕の代わりに死んだ彼女の弟のように・・・だけど僕は美咲姉さんへの気持ちが抑えられないでいる。
顔、優しさ、性格、どれをとっても一級品である彼女に惚れるなんてよくある話だ。
たまに、隣で出くわすし、出くわしたら30分くらい平気で話すし、確かに憧れと言う感情はあったんだけど。
手を組み体を上に伸ばし、そんな考え事を巡らせていたら目の先にたまたまハンドバックから頭半分出ている本があった。
「ああ。そういえば、変な本のこと忘れてた。まだ中身見てなかったんだった。だれがいたずらで書いたか知らないけど」
と言いながら、机に置いてあったその本を手に取り、ルールが書いてあった2ページ目を飛ばして、3ページ目を開いた。
「三ページ目は真っ白か」
そして次の4ページ目には一行ぐらいの文章がページ中央部に書かれていた。
随分とテキトーでお粗末な予言書なんだなと思ったが、
その内容の意味を読んだ瞬間、驚きのあまり目を見開いてしまった。
「んなっ!」
『8 23 好き人に告白するも、同情されて、フラれる。』

今日は8月22日の夜。8 23と言う数字の意味なんてすぐに分かった。
「8月23日。明日、俺が美咲姉さんとデートする日。そして告白しようとした日。」
「というかフラれるってなんで俺が明日ミサキに告白しようとしていることを知っているんだ。ということはこれは本物!?」
「いや冗談だよな。たまたまだよな。流石に予言だなんて・・・そんなばかな。」
しかし、僕が告白することをすでに予言している。
だが、そんなことよりも
「俺、フラれるのか。」
膝から崩れ落ちる体感をこの時初めて知った。
しかし、同時に僕の脳裏にある言葉がよぎった。
『消して使え』
表紙の裏にでかでかと書かれていた文言。それが何を意味するか。
「消して使え・・・か」
そして、ページをパラパラと捲り、表紙裏のルールと書かれていた欄を見る。
ルールをもう一回確認しておく必要がある。
「抑えておくべき項は1.4.6の3つ。後は一件関係なさそうに見えるが重要なルールなのだろうが消すためには直接的には重要じゃなさそう」
とにかく、5秒以内に主語と述語を交えて意味のある文章を3文字以上で構成すればいいってことだな、そして・・・」
「3番、この本に記された予言は必ず実現する!」
ということは文字を消すことで自分の思い通りにできる予言を作り変えることができる。そんなところだろうか。
文字を消さない程度に触ってみた。汚れが手についているのが分かる。
「鉛筆の芯黒鉛のカスか。ということは消しゴムとかで消せるのかね?」
机の上にあったペン立ての中に入っていた消しゴムを取り出す。
恐る恐るその消しゴムを、その一ページに差し向ける。何か嫌な予感がする。何かすべてを変えてしまうようなそんな予感がしてならないのだ。
だが、やるしかない。全身全霊をその消しゴムのてっぺんにかけ、『8 23 好き人に告白するも、同情されて、フラれる。』の中の『す』の文字てっぺんからお尻まで
ズルッ!!
と消しゴムをふるった。
摩擦によって消しゴムと紙の間にはけしカスが出るとともに
火花が散る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
更に摩擦に熱が籠る。
最初に消す文字は次は『る』、『も』と順番に不必要な文字を消していく。最後の『ラ』を消し、紙から消しゴムを話す際、
ズッパ!!と消しゴムと紙が激しくはじく音が部屋中に響き渡った。本の内容は見えない。先ほどの摩擦によって発生した煙で隠れているからだ。呼吸が荒くなり、汗がダラダラと顔周りを伝って滴る。
数秒かして汗が引いてくのを感じるとともに、徐々に煙で覆われていた視界も明るくなっていった。
「さあ、どうだ・・・」
「8 23 好き人に告白するも、同情されて、フラれる。という予言から変えられたか!?」
まだぼんやりだが、文字の片りんを捉えた。
「どうだ!!」
「8 23・・・好き人に・・・告白・・され・・・る」
一文字づつ目で追いながら、ゆっくりと読み上げる。
『8 23 好き人に告白      さ     れる。』

よし!成功だ!!やったああ!!
って
「そんなわけあるかい!!!!」
実際、やってみて分かった。自分がやっていたことがいかに馬鹿げていて、哀れなことか。何か花占いで一喜一憂してる子供みたいだ。
「やっぱばかばかしいな。やーめた。くだらねえ」
「さて、気を取り直して寝るか。ああ、緊張してきた。寝れるかな」
その3秒後、僕は眠りについた。

8月23日、午後一時、阪急京都河原町駅。
駅を出てすぐ目の前にある大手家電量販店が入るビル下にいた。
「やっほー!こうちゃん!」
「美咲姉さん!おおおお!」
僕は美咲姉さんの私服をみて驚いたのだ。クリーム色の長袖レースメッシュのトップスを膝部丈ほどのダークグレーのデニムストレートパンツにインしたシンプルだけど着こなしていた美咲姉さんに抱いた感情は大人っぽいだ。
「なんか大人って感じがする」
「でしょ?いいでしょ?」
「あれ?でも」
「ん?なに?」
「ちょっと見せてください。」
と僕は彼女の背後にたち、彼女の左肩を左手で持った。
「キャッ!なに?」
「じっとしててください・・・ほら値札ついてましたよ!」
と彼女の後ろ首からパチンとついていた値札を切った。
「・・・・・・」
「ああ!ごめんなさい!ミサキ姐さんに勝手に触れて!」
「いや・・・別に・・・いいのよ。その・・・ありがとう」
「とにかく行きましょ!ほら信号変わるわよ」
あれ?今美咲姉さん少し顔が赤くなってた?
「ほ~ら、なにぼうっとしてるのよ。行くよ」
信号が点滅し始めていた。
「あ、はい!」
「向うまで競争ね。よ~いどん」
とミサキ姐さんは向かいての歩道まで走り出した。
「ちょっと待って!」
その言葉に反応したが、動きは止めずに少し振り向き、
「ちなみに負けた人はコーヒーおごりだから!!ははは」
と走って行った。やはり気のせいだったかな。
デートは順調に進んでいった。カフェ行って映画観て楽しかった。しかし、何か美咲姉さんがいつもと違うような気がした。大人の余裕感?がいつもよりないような、なにかを気にしているような。あれ?僕が告白しようとしていることばれてる?悟られてるから向うも変な気になっている・・・・・・やばい。早急に何とかしないと。
次はどっかのブランドの新作のカバンが買いたいとか見に行きたいとかで先を急ぐ美咲姉さんを見ていた。
そして、僕は意を決して
「み、ミサキねえ・・・」
「あ、あのさ。こうちゃん」
「あ、いや。なんでしょう」
「ちょっと、二人になれるとこ・・場所。変えない?」
どうしたんだろうか。なんで顔を赤らめているんだろうか。
京都四条河原町駅にのすぐ近くには四条大橋という中京区と東山区を繋ぐ大きな橋がある。そしてその橋の下に流れているのは有名な鴨川と言う川である。鴨川を沿うようにしてできている川土手を等間隔で座るカップルを嫉妬と羨望の眼差しでその橋から眺めるのはもはや京都の風物詩と言っても過言ではない。そして、僕と美咲姉さんはその土手側にいるのだ。
「あ、気が利くねこうちゃん」
近くにあったコーヒーショップで買ってきた二つの小さなカップの内一つを美咲姉さんに手渡した。
「はあ、温まるねえ」
「いや美咲姉さんそれアイス。しかも今夏」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
「いやーそれにしてもこの季節になると冬の寒い日を思い出しちゃうね」
「だから、夏だって」
そろそろ言わなくては僕の気持ち。こんなべたなツッコミしている場合ではない、落ち着けて落ち着けて
「あのさ。あの冬のことだよ。私たちが小さかった頃の。あの冬のこと」
美咲姉さんのこの言葉によって現実に戻された感じがした。
「思い出したくもない。あんな冬。最悪の思い出だよ」
「そうだよね。でも、あの冬に約束した時のこと覚えている?」
と顔を赤らめながらこちらを上目遣いで覗いてくる。
「ど、どうしたんですか?急に・・・」
「あのね。単刀直入に言うね。私こうちゃんのことが好き。付き合ってくれないかな」
10秒時が止まった。そして僕が発した言葉は
「え?」

ということで冒頭に戻ってくるわけだ。
「で、どうなの?」
「それは・・・」
「それは?」
ポロっポロポロと涙がこぼれた。嬉しかったのか。いや、何故だか解放された。と言った気持ちの方が大きかったのだろう。
「ちょっと何泣いてるのよ!そんなにうれしかったわけ?」
そうだ。きっと弟と言う立場を崩さないように自分の気持ちを我慢してきたんだ。彼女は死んだ弟のことを思っていた。美咲姉さんのためなら僕が弟になろうと思っていた。だけど、それは弟は弟だし、自分は自分。自分はただ、一近所のお姉さんに恋をしている高校生の青年でしかなかったのだ。その呪縛から解放された。そんな気持ちが大きかったんだ。
「はいっうれぢいですぅうぅ。一生幸せにしてくだざい~!」
「普通セリフ逆でしょ」
泣きながら二人で笑い合った。
夕焼けの空。僕たちは二人で手を繋いでお互いの家を目指した。
「ギネスですね」
「何が!?」
「そりゃ、帰り道の彼女独占率です。ほらお互いの実家が近いわけだから帰り道はほとんど別れることなく帰れるでしょ?家に着くまでずっと一緒に居られるカップルなんて世の中にいないからさ」
「ふふっ。本当にこうちゃんって変な考え方するのね。でもなんか納得できちゃうんだよな。そういう奇想天外なとこ素敵だと思うよ」
「そういえば実は僕も告白しようとしていたんです。今日美咲姉さんに!まさか、告白されるなんて・・・告白される?」
僕はあの予言書のことを思い出した。
『8 23 好き人に告白      さ     れる。』
「嘘だろ? 」

美咲姉さんと家の前でデートの約束をして別れた。
家に入った瞬間、二階にある部屋に一直線に走った。
嘘だろ。まさか。あの本が・・・
机に置いてある本を見つける。恐る恐る開く。
2ページ、3ページと開き4ページ目を見る。そこに書いてあったのはやはり昨日僕が消しゴムで消してつなげた文章。『8 23 好き人に告白      さ     れる。』
今日当った予言があった。
「スゲー!すげえよこの本!!消して使える予言書だ!!!これがあれば・・・これがあれば・・・」
僕はその予言書に尋常ならざる興味と興奮を覚えた。これは僕しか知らない事実。僕しか知らない世の中の真理。僕だけが知っている・・・
その表情は恍惚と何か自分がとんでもないものを持ってしまったという錯覚に陥る。しかし、そんな感情もとあるページを見るやいなやすべてが覆った。
開けていた窓から夏の熱を帯びた生ぬるく強い風が部屋に入り込んできた。ペラペラペラと風が予言書のページを捲る。そして、最後のページまでそれは続いた。最後のページ、それはこれから、僕たちの運命を呪ったそんな予言だった。
『2 22 恋人が死ぬ。』
美咲姉さんは今年度の2月22日をもってこの世からいなくなる。すべての地獄はここからはじまった。

美咲姉さんが死ぬ・・・なんで。
さっきまで力を込めていた表情筋が次第に消え去っていくのを感じた。そして、夕焼けの橙色の光が西の窓を貫き差したが、丁度崩れ落ちた俺の背中に当り光の行きを失い、部屋全体まで届かず暗い。
予言が絶対に実現する予言書に書かれていたミサキの死。こんなの絶望するしかない・・・・・・と人々は思うだろう。
否、今俺の手元にあるのはなんだ!そうだ。その予言を全て覆す消せる予言書である。これさえあれば美咲の死すらも消せる!!
じゃあ、さっそく。と消せる予言書を開こうとしたところで勢いよく部屋の扉が開いた。
「おーい。ご飯で来たってさ・・・ってうわ、暗黒手記ってやつじゃん・・・本当に持ってる人いるんだ」
扉の向こうで仁王立ちで立っていたのはショートカットヘアの女子高生、妹の「はな」だ。
「はな、ノックしろぉ。さもないとそれよりもひどいものを目撃することになるぞ」
「きんもセクハラ。ロクな五十六になんねーぞお前」
「五十六は親父の名前だろ。父さんのことそんな風に思っていたのか。親父はな、一家を支えている大黒柱だぞ。そんなセクハラバカ親父なんて言うもんじゃないさ」
「そこまで言ってねーよ。早くした降りて来い、中二病」
「ったく口悪いな」
階段を下りてテーブルのあるリビングに向かった。
そしてリビングにいち早く来て食卓に着いてすでにビール缶を3本開け、顔を真っ赤にしながら腕を組んでいたのは先ほど話題に上がった俺の親父、五十六だ。
「康太。S●Xはいいぞ」
前言を撤回しよう。こいつはセクハラバカ親父だ。
例の妹はというと
「ほんときもい」
と顔を顰めながら一言ボソりと言う。
「五十六さん。子供たちの前でそんなこというのやめてくださいな。はしたないですよ。あら、康太帰っていたのね。」
「さっきからずっと部屋にいたよ」
「あらそう。気づかなかったわ。先に帰っていたのなら一言声かけてくれてもいいのに」
「なんだ。ゴソゴソやっていたのか」
「親父は黙ってくれ」
そして、家族全員で食卓を囲んだ。母さんと妹が会話してる横で、飯を突っつきながら予言書のことについて考えを巡らせていた。
あの本はどこからやってきてなんであの書店に並んでいたのか。いや、それよりも美咲姉さんの死を覆す方法だ。
予言書の内容は
・恋人は死ぬ。
シンプルな予言だ。どのようにこれを消すのか。ルールに乗っ取れば一回消したらその未来が確定し、元には戻せない。そして一日3文字以上の文字を残さなくてはいけない。そして、当日含めた三日以内の干渉、これは恐らく直近三日までなら消すことができるってことだろう。つまり、三日後までの予言なら今日消せる。後他はルールの通り。あと、ここで重要なのは主語述語の意味の通る文章で構成しなくてはいけない。
そしてこの本の特徴は一日一ページ。日めくりカレンダーのようなものに今日の日の予言が書かれていることを想像すれば分かりやすいのかもしれない。これが半年分。約180ページ分の予言が一冊に綴られている。予言のどれもが1,2行、多くて3行。詳しさもバラバラ。
恋人は死ぬを三文字残した状態で予言を覆すとしたら・・・人は死ぬ?とか?いや、それだと世界滅亡エンドになりかねない。ではもう少し、飛躍して「恋」の字を「心」を残して消したら?それも僕が廃人になるかもしれない。この予言を消して変えることは現時点では難しそうに思える。うーん。
まだ、その日になったわけでもないし、慎重に考えれば・・・
と考えを巡らせていた時、隣に座っていたはながいきなり席から立ち上り、「あ、私これ知っている。」と言った。
妹のはながテレビ番組で流れている内容に反応していたのだ。
家の夜ご飯ルールは甘い。飯中にテレビを見てもいいし、クレヨンしんちゃんも禁止されていない。まあ、親父があんなのだから当然だが。
「バタフライエフェクトってやつ」
バラエティ番組の特集だ。多くの芸人が映画の内容について語り合うのをコンセプトにしている番組らしい。
「はなちゃんなあにそれ?」
「今日学校でやったの。蝶の少しの羽ばたきが気象に影響を与えるってやつよ。要するに少しの変化が大きな変化に変わって未来に影響を及ぼすと言ったことを表す例えみたいなやつなの」
「へえ。お母さんそういうのよくわからないけどなんかすごそうなこと学んでるのね」
「全然、あの先生が勝手に話してるだけだよ。あの人ほんとこういうの大好きですべての物には因果関係があるとかタイムマシンは創れるとか。本当お兄ちゃんの中二病を科学にした人みたいな感じだよ」
この妹は何故俺をディスらずにはいられないのだろうか。本当に俺をディスるために後から生まれたとしか思えない。因みにこの会話に入ってこない父はビール缶を6つも空け、顔をゆでだこのようにして寝ている。散々下ネタ言って爆睡とは幸せ者だ。さて、部屋に戻って続きを考えないと。
「ごちそうさま。」

部屋に戻って本を見る。ペラペラと捲る。はじめは全く信用してなかったため、最初のページと最後のページ以外はしっかり見れていなかった。8月23日の次のページ、つまり8月24日から順番に読む。
8月24日「8 24 好き人の部屋に久しぶりに入り少しきまずい時間をすごすことになる」
「8 25 待ち合わせは午前11時、阪急西院駅前。」
「8 26 恋人の運転でイケヤに行く。」
「8 27 阪急烏丸駅で恋人と集合し、何事もない一日を過ごす。」
などなど。この予言には美咲姉さんとの予言が中心に書かれている。確かに所有者が俺なのだから恋人である美咲姉さんとの日常が予言されててもおかしくないと思われる。だが、違和感があった。
「いや、おかしい。なぜ、明日からの予言は美咲姉さんと付き合うことが書かれているんだ」
そう、僕が最初見た時に書かれていた予言は「美咲姉さんに同情してフラれる」という内容だったはず、なので最初からこの記載があるのなら本の内容自体に矛盾が生じてしまう。
つまりこれは・・・・
「バタフライエフェクト」
僕の脳裏に妹の言葉がよぎった。因果関係が変わった、未来が変わった。
つまり、矛盾していた内容を美咲姉さんと付き合う未来に変えたことでその後の未来も変わってしまった。そして、それに伴って予言内容も変わる。
もしそうだとするならば
「これだ!」
俺は大きな声で叫んだ。
美咲姉さんの救う方法。美咲の死を矛盾させる予言を作ればミサキは助かる!!

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