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East West Wednesday 『ツシマ』ボイスキャストパネル 抄訳

日本時間で2020年9月17日。1960年代からLAのアジア系俳優に活動の場を与え、多数のスターを輩出してきた劇団 East West Playersが月1回ペースで開催している「East West Wednesday」パネルに、『Ghost of Tsushima』キャストがゲスト出演しました。元々劇団にゆかりのあるキャスト中心の人選になっている模様ですが、出演者(司会進行役のティム・ダン含め)が一堂に会してのトークイベントはおそらくこれが初。大変楽しかったので、かいつまんで訳して行こうと思います。動画のアーカイブはこちら


◆実績豊かなキャストたち

ミシェル・ウォンはツシマでの役名こそついていないものの声優として活躍しており、CBS All Access『Star Trek: Lower Decks』、HBO Max『Adventure Time: Distant Lands』などに出演中。去年はDream Works作品『スノーベイビー』の母親役なども担当していたそう。政子役ローレン・トムも豊かな実績の持ち主ながら、意外なところでは『World of Warcraft』のパンダレン女性役、またかつてEast West Playersの『Ikebana』という舞台でハタチそこそこ当時のジョン・チョーと共演したことがあるそう(思わず自分のエージェントに「この人どう? アジア系のジェームス・ディーンよ!」と推薦したらしい)。最近ではアニメ『Great Pretenders』でマフィアのおばあちゃん役を演じているという百合役のカレン・ヒューイは、舞台・映像ともに経験豊富な俳優で、目下East West Playersの声優クラスの講師も務めているという。また過去脚本を手掛けた舞台にローレンが主演していたこともあるとか(「1999年くらいの話。当時ようやくアジア系キャラクターのシットコムが放映されるようになったんですよ。まだ誰も産まれてないくらいの大昔(笑)」)。また安達晴信役のフェオドール・チンの自己紹介をそのまま訳すと、

Feo : はいどうも! 『Ghost of Tsushima』ではほんの短い間しか登場しない安達晴信──ネタバレはしませんけど、ご覧の皆さんはゲームをやったはずだからわかるでしょ──と、プレイヤーを対馬の伝承へと導く盲目の琵琶法師の声を担当しました。他のゲーム作品であれば、『オーバーウォッチ』のゼニヤッタ役、『League of Legends』リー・シン役なんかでご存知の方もいるかもしれませんね。

とやはりガッツリ活躍されている方。石川役フランソワ・チャウの自己紹介ではこんなやりとりが。

Fran: フランソワ・チャウです、ゲームでは石川役を演じました。声の仕事となると、いま居並ぶ本物のボイスオーバー俳優たちを前にひたすら恐縮している次第です。私が声の仕事を受けるペースといえば、おそらく10年ごとに1度程度なので(笑)。

(一同笑い)

KH: でもその分思い出深くなるでしょ(笑)

FC: 80年代には──ね? 80年代まで遡る始末で──幸運にも昔の『GIジョー』でクイック・キックというキャラクターを演じまして、90年代には(笑)『Wing Commender』というゲームに携わりました。驚いたことに、この作品にはマーク・ハミルやマルコム・マクダウェルのようなスターも出演していて、よくはわからないんだけどもかなりの人気作だったようです。2000年代にはたしか『X-COM』、そして2020年の今、来るべき時が来て次のゲーム『Ghost of Tsushima』がやってきたと(笑)。

(一同また笑い)

Fran: 声の仕事の範囲といえばこんなものなので、私めは場にふさわしからぬ人間でございます(笑)。

Feo: まるでビデオゲーム界のダニエル・デイ=ルイスだ(笑)。10年に1度の仕事で大丈夫なんだな。

ただし実際のところ、ドラマ『LOST』、『エクスパンス-巨獣めざめる-』、『殺人を無罪にする方法』、映画『戦場からの脱出』など、フランソワ・チャウの映像分野での出演作は日本の洋画・海外ドラマファンにもおなじみのタイトルが目白押し。謙虚にすぎる挨拶を受けて主演俳優ダイスケ・ツジの自己紹介も、

DT: ダイスケ・ツジと言います、『Ghost of Tsushima』では境井仁を演じました。僕もフランソワと同じく、素晴らしいボイスオーバー俳優に囲まれて自分がこの場にふさわしくないような気分になっています。ビデオゲームの仕事も少ししかやったことがなくて、『Call of Duty: Black Ops 4』、『Death Stranding』……

(一同口々に「有名タイトルばっかりじゃん!」とツッコミ)

DT: (笑)まあたしかに、タイトルとしては大きくはあるんですけど。『Death Stranding』の収録は1日で終わったんですが、名目上は(憧れの)コナン・オブライエンと共演したとも言えるんですよね。実際には違うけど。僕は舞台出身でして、オレゴン・シェイクスピア・フェスティバルで6シーズン働いていました。LAでも短期間サウス・コースト・レパートリーやカーク・ダグラス・シアターでも仕事をしていましたが、East West Playersではまだありません。人生の大半ファンでしたので、お招きいただいて感謝しています。

という内容に。

◆『Ghost of Tsushima』制作過程とは

最初の質問は「このゲームにおけるモーションキャプチャー撮影はどのようなプロセスで行われたのか、またその際舞台経験は役立ったか」。以下、パネルは対話形式で進む。

DT: それはもう、確実に。僕は制作過程の全ステップ、全要素を把握していたわけではなかったので、ただ言われたことをやってるだけだった節もあるんですけど(笑)。

(一同笑い)

DT: まず最初はスキャニング。高価なカメラに囲まれた部屋に連れて行かれて、あらゆる角度から写真を撮られました。何時間ががりの作業です。手や足の細かい部分まで──まあ、あるいはお尻に至るまで(笑)。それにあらゆる顔の表情も。怒り、不快、悲しみなどすべてです。それと同じタイミングで作ってもらったのが専用のマスクでした。表面にいくつも穴が開いていて、顔のどこにドットを刻むかを決める型です。そういうものがあれば、撮影に戻るたびドットの正確な位置を再現しやすくなりますから。スキャニングが終わったら、今度は撮影です。ありがたかったのは舞台と似たような感じで、初日はリハーサルに専念できたことでしたね。スーツを着たり、頭にカメラを装着する必要もなく、共演する俳優やディレクター、ライターが全員集まって、撮影前に楽しく遊びながら徹底的に話し合うことができました。撮影は次の日、朝食をタダで出してもらえるので(笑)当然ながら早起きして──あと僕はLAの東側に住んでいるので、スタジオのある西側に行くには、って話が長くなっちゃうな。渋滞を避けるために早くに起き出してました。スタジオに着いたらスーツに着替えます。スーツの表面にボールをつけて、顔にもドットを刻んで。その日行う予定の動きが色々とあるなかで、ボールやドットが正しい場所にあるかどうかを確認するんです。

TD:すると、実際に撮影のファーストテイクに行くまで準備にはどれくらいかかっていたんでしょう?

DT: 1時間はかかっていたんじゃないでしょうか。それくらいでしたよね?

LT: みんなサンディエゴには行かなきゃならなかったわよね?

DT: あ、そうですね! スキャニングはまったく別のセッションとして、別の日にサンディエゴで行ったんです。スキャニングはそれ1回きりで、撮影の時ドットやボールをつけるための準備が1時間くらいでした。

TD: ああ、なるほど。

DT: 出演者は僕だけではなく、大抵他の俳優が2、3人参加していたので、全員分を終えるまでには少し時間がかかってましたね。

TD:なるほど。じゃあ、身体中ドットやボールだらけになるならば(笑)、なおさら相当の動きを覚えこんだということですかね? 振り付けはどの程度? 剣戟なども多かったのでは?

DT: 僕たちが担当したのはイベントシーンで、大抵はバトルシーンに入る直前までが仕事なんですよね。バトルは本職のサムライの方々(監修は日本の古武術・天心流兵法)がやってくれまして。

TD:スタンド・インやダブルのような方がいたわけですね。

DT: ええ、僕ら俳優の仕事が終わるのは、いつもは「戦いに備えて身構える」ところでした。

(軽い場面再現に一同「そうそう」と笑い)

TD:それは知らなかった。CGなのかとばかり思っていましたよ。

LT: ダイスと私は少し動きを勉強しましたけどね。バトルシーンの全部ではなく、一部だけだけど。マーシャルアーツのプロの女性が、トレーニング中にわざわざ私が家で練習できるよう携帯に動画を撮ってくれたんですよ。

このあたりで話題は事前のリサーチの話に。

DT: もちろんリサーチはしました。こういうものがありまして (やおら模造刀を取り出し、一同の笑いを誘う)。仁役が決まってからリトルトーキョーで買った100ドルくらいの刀で、刃は鈍らせてあるやつですけど。YouTube でできるだけ居合道を勉強して、たとえば姿勢や動きの参考にさせてもらいました。ローレンが言ったように、居合道に敬意をもってこなさなければいけませんから。抜刀するだけでもすごく難しいですし、納刀の動作となるとさらに輪をかけて難しくなるんです。

LT: そうそう。

DT: だからYouTubeの情報程度であっても、かなり助かりました。

そして、フランソワ・チャウに対してはバトルシーンの振り付けなどがあったか、弓術の訓練などはしたのかという質問が。

Fran: そうですねぇ。この役のオーディションを受けた時に、スタジオに行って動きや色んなことをやらされたんですよ。ディレクターの方にあれはできるか、これはできるか、ここまでサムライっぽく走ってきてとか(笑)。だから私は「これはいいぞ、役が決まったらこんなに色々やらせてもらえるのか」と非常に嬉しくなりまして、モーション・キャプチャー撮影を楽しみにしてたんですよ。その後ダイスケや皆と同じく、サンディエゴでスキャニングを行なって──

TD:スキャニングの時もスーツは着るわけですか? タイツのような。

Fran: いや、私の場合は顔だけでしたので。で、その時複数の別の仕事との兼ね合いがあったんですが、無理に調整しなくても大丈夫、この年の11月終盤くらいまでには撮影が全部終わる予定だから、と言われたんです。ならよかったと安心していたら、その後一度ボイスオーバーの収録があっただけで連絡が途絶えまして(笑)。どうなったのかなーと思っていたところで翌年に電話があって、また声の収録をお願いしたいという話でした。そして、私のスケジュールの都合が悪かったのか、それともサッカーパンチ側で別の考えでもあったのかはわからないんですが、私にはモーキャプ撮影はなしで、ボイスオーバーだけでいいらしいということをその時知ったわけです。なのでゲームの中で石川として歩き回ってるのが誰であれ、アレは私ではない(笑)。

(一同大爆笑)

Fran: 長年アジア系俳優として仕事をしてきた以上はですねぇ、エキスパートとまでは行かぬまでも、けっこう色々と培ってきたものがあるわけですよ。この仕事のはるか前、ティム、君と一緒だった昔のEast West Players時代からアーチェリーは熱心にやっていましたし。それから30年近くたった今でも練習は続けていて、居合道や剣道、マーシャルアーツの心得もある。East Westの舞台でマコ(・イワマツ、日系俳優でEast West Players創立者のひとり)がエキスパートを招いてひとつひとつ、本式のやり方を見せてくれていましたからね。それを全部活かせるぞ、と意気込んでいたんですけど、声の収録の都合はとれるかという電話にわかりました、と答えるばかりで。一度プロデューサーの誰かに聞いたことがあるんですよ。「どうなってるの、ゲーム制作には守るべきスケジュールのようなものはないの? ただ完成まで作り続けるだけ?」って。

(一同笑い。モーキャプ撮影の実際の作業がどのようなものだったかは、ツジ氏、典雄役アール・キム、竜三役レナード・ウーの鼎談も参照のこと)

Fran: そしたら「まあこの手のゲームは制作に3、4年はかかるんで」という返事だったので、スケジュールはないも同然なんだなと思いました。いまだに作品が完成したような気はしてないですよ。今にも「ちょっとまた追加で撮影したいところがありまして」という電話がかかってくるような気すらしてる(笑)

(一同笑い)

DT: ただ補足しておくと、体の動きの全部が自分たちじゃないとしても、顔の演技は違いますからね。大事なイベントシーン、とくにドラマチックなシーンのボイスオーバーではカメラが入っていましたから。顔のドットはなしで、カメラが一台顔の前にあって。顔のモーションキャプチャーは全部役者がやってます。

MW: あのカメラ、ちょうど鼻を見上げる位置に来るんですよ。撮影に入る時は必ず鼻をきれいにしておくよう、かなり気をつけることになります(笑)

DT: あれ顔が魚っぽく映っちゃうんですよね。

(一同「そうそう」と笑い)

TD: しかもセリフを暗記しなきゃならなかったですし。脚本を読み上げる形じゃなく。

KH: そうよティム、あなたの体験談も教えてくれない?(司会進行役のティム・ダンもAdditional Characters として参加している)

TD: ええー。私はもうビビりまくりでしたよ! ダイスと一緒のシーンで、彼は気持ちを落ち着かせようとしてくれたり、色々気を遣ってくれたんですけどね。1日だけの仕事で、セリフは27個くらいだったのに。でもディレクターの方が親切にも5つずつぐらいに区切って撮影してくれたもので、セリフを入れることができました。全部を暗記するのはなかなか消耗しますよね?

LT: 制作側は念のため(台詞が表示される)スクリーンも置いておいてくれましたけど。

TD: でも目の動きもトラッキングされてるから、いかにも脚本を見てますみたいに(目をキョロキョロさせる仕草) こうなるわけにもいかないじゃないですか。

KH: そうなんですよ、モニターを長いこと見つめるのは止められてました。

DT: ええ、最初は暗記せず進める形でやってたんですけど。やっぱり目線の動きに出てしまうので、セリフをあらかじめ入れてくるよう頼まれましたね。ちょっと一言言わせてもらいますと、僕にも全部のシーンでセリフを暗記するという重責があったわけですが、ティムのような単発の形での参加もまた、かなりのプレッシャーなんです。僕はまだ収録ブースに慣れることがてきていたので、ある意味何も知らずにやって来た彼より楽だったんじゃないかと。だって、ビデオゲームの仕事の機密保持体制ってものすごいものがあるじゃないですか。右も左もわからず現場に飛び込んで、それでも最高のパフォーマンスを期待されるわけですから。ディレクターのアマンダ・ワイアットは、そういう俳優を落ち着かせるのが本当に上手でしたよね。

KH: セリフの文脈も知らずに演じるんですもんね。脚本も全部はもらえないから。

同時期にカレンが受けた別のインタビュー(11分時点あたり)によると、彼女の場合脚本は収録日前日に届くこともざらで、時には現場に行ってから手渡されることもあったという。百合役のカレンでさえそうなのだから、Additional Characters役は推して知るべしというべきかもしれない。

TD: そうですね、機密保持にまつわる話もしましょう、フランソワやミシェル、どうぞ。

Fran: まったくですよ。スタジオ入りするだけでも「うわ、CIAか何かに入るみたいだな」と思ってしまったほどで。だって──ねえ?

(全員がフランソワの言わんとすることをわかった様子で、次々同意)

Fran: あれやこれやと(手続きが)あるものねえ。何時に入館したかとか。何度かスタジオに行って軽く間取りを覚えたので、あるとき何の気もなしにトイレへ行って出て来たら、男性が外で待ち構えてたんですよ。「お姿が見えなくなったもので。どこへ行かれるにもエスコートさせていただかなくてはならないのでお供します」って。私は「わかりました、それで結構です」と答えましたがね(笑)。

KH: 私が初めてスタジオへ行った時も、機密保持契約書にサインを求められて、思わず「ここの場所すらよくわかってないのに?」と返してしまったくらいでした。カーナビに住所を入れて、案内に従って来ただけでしたから。でもサインをしないと入館を許可できないと言われまして。

ここで、ローレン・トムの役作りについて質問。機密保持の必要上限られた情報しか与えられなかったキャストもいるなか、政子はサイドストーリーの主体キャラだけあり、脚本も五月雨式に数ページずつ渡されるようなことはなく「ちょっと多すぎるくらいで、一度で400ページほど」のまとまった量をもらっていたという。疑問はその都度信頼するアマンダ・ワイアットに尋ね、ディレクションに従って演じていったとのこと。ただし、

LT: でもモーションキャプチャー撮影は初体験だったので、やはりちょっと怖さはありました。私が慣れ親しんできたボイスオーバーというのは、(脚本を見ながら演じることができるため)セリフを入れる必要がない形での仕事だったので。だってね、『Batman』の時なんか妊娠中で、破水するその瞬間まで収録してたぐらいだったんですよ。

(一同驚きの歓声をあげる)

Feo: その一部始終も録音されてたわけ?(笑)

LT: あの当時はすごく配慮してもらってたから、一度に5つのことができてしまうんじゃないかぐらいの(余裕がある)気持ちでいました。見栄えをよくするために着飾る必要もなく、妊娠9ヶ月目のスウェット姿で、それでも仕事をこなせてましたし。でも今回は、声にしても、顔にドットを入れるにしても要求されることがとても多い仕事だったでしょ。役を掘り下げたり、顔出しで登場したり、初めてのモーキャプだからあの不格好な装置の取り扱いにも慣れなければいけなかったし。私は何の用意もできてませんでしたから。ダイスは(タバコをふかす仕草で)「こんなん生まれた時からやってますけどぉ?」みたいな感じに見えましたけどね!

そして、撮影中はポケットつきパーカー着用、刀を帯びるため腰に何かを巻きつけ、その上で機材をマジックテープで固定するという姿で悪戦苦闘していたという。

LT: ダイスなら知ってるかしら。これってサッカーパンチの初めてのモーキャプ撮影ゲームというわけじゃないのよね? (首を横に振るツジ氏と一部キャスト) 制作側も作業しながら、役者が機材関連で何を必要としているか把握していっていたような節が見受けられたんだけれど。とにかくカメラが頭からずり落ちてくるのを防ぐためにね。一族郎党を皆殺しにしたのが自分の家族だったとわかるシーンでも、気持ちを入れてちょっと体を動かしたらマイクが落ちちゃって(このあたり、音割れで音声不明瞭)。キャラクターに入ったまま頭の上に本を乗せて、崩れないようバランスをとっているような気分でしたよ。だからいっぱいいっぱいではありましたけど、楽しかった! チャレンジは好きな方ですから。ただここまで広範囲のチャレンジになるとは思ってなかっただけで(笑)。

TD: ドットにボールにカメラにマイク、気をつけなければならないことが色々ある中で、どんなテクニックを使って気持ちを落ちつかせることができたんでしょう?

LT: あらゆる演技の仕事のときと同じことをしただけですね。混乱させられた時には共演者を見て、自分のパフォーマンスを引き出すんです。だから私にとってはダイスが恵みでした。現場に出て、豊かな存在感と目の覚めるような仕事ぶりを示す彼の姿を見さえすれば、すぐに落ち着くことができましたから。そういう人に集中すると、周りの何もかもが聞こえなくなるアスリートみたいになれるんです。一筋の光明になってくれたことに感謝したいですね。

DT: ありがとうございます。

MW: ダイスはほぼ全シーン、全ボイスオーバーセッションにも参加していたけど、とくにビデオゲームの撮影で共演相手と一緒に働くことができるのは本当に稀なんです。現場にダイスがいて、シーンパートナーとして共演してくれるだけで大違いだったこと、印象深く覚えてます。スケジュールの都合やチームワークでの制作を大事にしていたことも関係しているでしょうが、とにかく大きな違いがありました。

DT: ありがとうございます。他のゲームの現場も全部同じかはわかりませんが──そうであって欲しいところですけど(他参加者から「いや違うね」という声)、あ、違うんだやっぱり。共演者の存在は助かりましたよね。僕が言いたいのは──あれ。何言おうとしてたんだっけ……?

(一同笑い)

DT: あ、そうだ! ローレンの言った、共演者についての話を少し掘り下げたかったんです。彼らとイベントシーンを演じていると、顔のドットや何かも全部頭の中から消えてしまうんですよね。シーンに入り込んで演じることができていないと、傍目にはかなりおかしなことになってると思うので。顔はドットだらけだし、カメラもこんなとこにあるし。

Feo: モーキャプ撮影が初めてだったのは私も同じなんだけど、舞台を演じながら同時に映画のクローズアップシーンを撮っているような気持ちでしたよね。引きの画とアップの画を同時進行でやってるような。身体表現に気を配りつつ、でもカメラはここ(顔の前を示して)、文字通り目の前にありますから。ラーニングカーブは間違いなくある──

(とその時、やおら鳴り出すフェオドール宅の電話。すぐにガチャ切りするも、一同爆笑)

Feo: すんません、多分うちのエージェントかと(笑)。この電話が直通になってるもんですから。

DT: バットマンのバットフォンなの?(笑)

Feo: そうだよ。で、撮影ではソーセージの皮にたくさんボールがついたような服を──

(再び鳴り出す電話、再びガチャ切り。一同また大笑い)

DT: もう電話出ましょう、フェオ。出ましょ(笑)

MW: 後で困ったことにならないです?(笑)

DT: 絶対声の仕事の依頼ですって。依頼の電話。

Feo: (意地で話を続ける) クールな侍役なのにバカっぽい格好をしなきゃならないからこそ(笑)、全部自分たちの演技次第になってくるんだよね。君がさっき言ったように共演者に集中して、想像力を駆使することで。

TD: フェオドール、自分の関わる作品が大変な名作になるかもしれないと感じたのはどの時点でしたか?

Feo: そりゃあ、ダイスケとの最初のセッションからでしょうね。この人はスターだ、ゲームも大ヒット作になるかもしれないぞ、と思いましたから。

(一同歓声をあげ、笑って拍手。お礼を言った後に照れたのか、落ちた何かを拾ってでもいるのか、なぜか画面から大幅に見切れるツジ氏)

Feo: まあその時点で、第一線で活躍するロスのアジア系キャストがほぼ全員、この作品で揃い踏みしているのは知っていましたから、それもあるかな。あとは最初のトレイラーも素晴らしかったですからね。


◆アジア系のボイスオーバー俳優としての感慨

そして、アジア系俳優にとっての職場環境についての話題も。

MW: アジア系のキャラクターが登場するゲームではとくにですが、制作現場にコンサルタントが入るのは他のゲームではあまりやっていないことでした。私が一緒に働いたのはユミという人(ツジ氏のツシマ初ゲームプレイ配信でコメント欄にも登場していた方)で、他のキャストの大半も彼女と仕事していたはずです。ただものじゃない感じの、人生でこれまでやってのけたとてつもない逸話をたくさん持ってる人なんですけど、日本語のアクセントや名前、地名の発音が正しく演じられているかをチェックしてくれました。ときどき時代設定や場面設定に照らして台詞が意味をなしていないんじゃないか、なんていう指摘をくれたりもしましたね。制作チームにとっても俳優にとっても大切な仕事をしてくれました。ただ、彼女のような人がいてくれること自体はとっても稀なことです。だって10年前、私が初めてビデオゲームの仕事をした時なんて、現場に行ったらこう言われたんですよ。「あ、キミ韓国語って話せるんだよね?」って。私は話せないのに。そして次には「でもそれっぽく喋るふりはできるでしょ?」とも言われて、「そういうことはできかねます」と断ったんです。

DT: え!? アクセントを真似るとかですらなく、ニセの言語で話せってこと?

MW: そう、ニセの言葉で話せって。その当時から考えると、よくここまでたどり着いたなっていう思いはあります。

そして後続の若い世代へのアドバイスを求められる中で、ローレン・トムが紹介したのは『Kids Next Door』で共演した友人の有名声優ディー・ブラッドリー・ベイカーが自身のウェブサイトに併設している「I Wanna Be A Voice Actor」というページ。フェオドール・チンも「週に一度は誰かに紹介してる」ほど充実した内容であるらしく、「僕も声優になりたいから(笑)」とツジ氏がメモを取り始める一幕も。
次の質問は、兼ね役を演じる場合の演じ分けについて。

Feo: 私の場合、メインキャラクターの2役はまったく違うタイプでしたので、さほど大変でもありませんでした。安達晴信は日本の剣の達人といったキャラで、琵琶法師は盲目の老楽士ですから。他に担当した役は、別の共演者(竜三役の)レオナード・ウーが言うところの「『スタートレック』の赤シャツ」、要は殺されたり、首を飛ばされたりの斬られ役です。演じ分けのコツは、ちょっと違う悲鳴をあげてみるくらいでしたかね(笑)。

(一同笑い)

また10年区切りで仕事をしてきたというフランソワ・チャウだからこそわかるアニメやビデオゲームのストーリーテリングの変化などはあるか、という質問も。

Fran: 変化があるかどうかはわからないですね。初めてLAに来た1984年か5年、文字通りラッキーの一言で『G.I.ジョー』に参加した頃は、まったくの未経験でまさにプールの深いところに放り込まれたようなものでした。現場に行ってもあたりに座っている他の俳優はみんな知り合い同士で、自分の仕事を理解している様子なんですが、私はといえば「うわ、何が起こってるんだ」といった調子で。当時、ボイスオーバーの業界というのはとても狭いコミュニティで、割って入っていくのは至難の業だと思っていました。1ダースくらいの一握りの俳優で全ての役を回していて、経験豊富なものだからまた巧いわけですよ。彼らにもこなせない特別な役柄でもない限り、そもそも外から役者を見つけようともしていなかったんです。その点『G.I.ジョー』での私の役は、ハリウッドの元スタントマンからG.I.ジョー入りしたという経歴のため、ジョン・ウェインなどの似てない物真似を持ちネタとするアジア系アメリカ人という設定で(笑)。その当時でさえ、制作側がわざわざ手間をかけてアジア系のキャラクターの吹き替えにアジア系の役者を探してきたのは驚きでした。みんな何でもやれるからそれでいいだろ、みたいなノリでしたからね。ところが、数十年の時が過ぎゆき(笑)、次の仕事が回ってきた時にはまったく様子が変わっていたんですよ。G.I.ジョーの現場では脚本の量も少なく、30分ぐらい読み合わせと打ち合わせをして、自分の番が来たら1人ずつブース入りして収録という流れでした。でも次にやったゲーム『Wing Commander』では、映画の撮影とほぼ同じになっていたんです。ボイスオーバーの作業をすることもなく、ゲームのミッションの間に差し挟まれるイベントシーンの撮影をしていましたから。

現場の仕事の進め方には大きな違いが出てきたものの、他のパネル参加者ほどの経験はないので、ストーリーテリングの変化については定かではないという返事。同じ質問をされたカレン・ヒューイも、

KH: ゲーム自体が今はとても豪華な作りになっていますよね。ストーリーを語る上でも、キャラクターの掘り下げをする上でも時間がたっぷりとられるようになりましたし、ほとんど実写映画の未来の姿のように感じているんです。昔より内容が双方向的で、ゲームをプレイする人や見ている人が行動を選択できるようになっているでしょう。その点が(観客として)ただ座って、脚本家や制作陣の目を通じて経験を見守る実写映画との大きな違いだと思います。

やはり映画の撮影と変わらない、あるいはそのさらに先を行っているような印象すら持っている様子だった。そして、カレンへの次の質問は「『Ghost of Tsushima』の発売後、もっとも意外だったファンの反応は?」。

KH: 百合は苦痛を抱えているキャラクターでしたから、私が受けた一番意外な反応は、Twitter上のゲーマーの皆さんが──Twitter上だけではないけれど、自分たちの祖父母や父母など誰かのことを考えて辛くなった、と吐露していたことですね。Twitterなんかでは文字制限がある中で、みんながふっと身近なお年寄りのことを思い出して、百合というキャラクターや仁との関係にいかに涙させられたかを語り出していたんです。私にとってはそれが一番感動的でしたね。ほぼ国の垣根もなく、全プレイヤーが言及してましたから。感動した理由は色々あるけれど、まずひとつにはCOVIDの影響で起きた──まあ他の時なら起こらないというものでもないんですけど──アジア系アメリカ人への攻撃のせい。そんな時代に、ゲーマーの皆さんは自分のことのように心を寄せて、彼らが懐かしく思うお年寄りのことを話してくれたわけです。これには本当に感動しました。彼らの示してくれた思いやりが、この世界にももたらされることを望んでいます。

この後受け持ちの声優クラスの詳細や、現場で働く上でのさまざまな逸話が紹介され、最後の質問は「ネット上でパネルを視聴しているファンへのメッセージは? 今後のプロジェクトの予定などあれば」というもの。ローレン・トムが受刑者の更生を支援するチャリティーへのファンドレイジングへの協力呼びかけ(現在では受付は終了)た後、ダイスケ・ツジは、

DT: このゲームの成功の後驚いたことのひとつは、当然ながらファンの方たちでした。Twitchでゲームの配信を始めまして──Daisuke Tsuji、DiceK2Gで検索すればページに行けます。典雄役のアール・キムのアカウントはearlofsammitch、ふたりでチームを組んでやってるんです──たくさんのファンの方に視聴していただいたことや、Discord上で彼らがゲームについて話し合っていた内容には驚かされました。自分や他のキャストの役に関して、かなり多くのことを学ばせてもらいましたから。ストーリーや、背後にある深い意味なんかも。僕が考えもしなかったような並外れた考察もあって、ここまで奥行きがあったのかというくらいに、まだ作品について学んでいるところなんです。ですから、本当に報われていますね。

とファンからの熱い反応に言及。ミシェル・ウォンが現在配信で視聴できる出演作の案内、フェオドール・チンがファンへの感謝と投票の大切さの呼びかけ(ツジ氏が「あとそろそろ実施される予定の国勢調査も。国勢調査と投票を」と補足)、SNSの案内をしたのに続き、締めの一言を求められたフランソワ・チャウが口を開く。

Fran: このゲームに関しては参加できて本当に良かったと思ってるんですが、どうも怒りっぽい偏屈じいさんのセンセイ役をやる方向に追いやられてるような気もしています。どういうわけやら定かではないものの、ここのところそういう役が多くてですねぇ(笑)。でも楽しかったですよ。色んなプロジェクトに携わってるうちに、私だけの話だろうけど忘れっぽくなりまして。カレンとローレンも出てるのか、ふたりも参加してるなんて知らなかったなーというような調子でしたから。ダイスケとの共演で現場に行ったらミシェルがいて驚いたし、ああティムもいるんだ、と。アジア系俳優にこんなにも多くの機会があるなんて本当に素晴らしいと思うし、こういう作品がもっともっと増えて欲しいものです。他の出演予定作については、えー、自己宣伝が本当に不得手なもので思いつきません(笑)。

TD: ひとつ言及していないことが、フランソワ。あなたは確か『Teenage Mutant Ninja Turtles』の映画に出演されていましたよね?

Fran: ええ、90年代の2作目にね(笑)。

(一同笑い)

TD: 2作品も制作してたんですか(笑)。

Fran: そう、年寄り気分を味わいたいならこれに限りますよ。年の頃45歳くらいの中年男性たちがやってきて「うわあ、子供の頃大好きでしたよ、タートルズ観てました」とか「あなたは最高でした」と言ってくるのへ、「ああそう、それはどうもありがとう。で君は年いくつ?」と答えること(笑)。

(一同ひとしきり笑って)

TD: ではカレン、最後に言いたいことはありますか。

KH: 何気に関わっていたとある映画が最近公開されたんですけど(タイミング的に『ムーラン』のことかと思われる)、アジア系アメリカ人とアジア人の方々の賛否両論コメントを読むのが面白かったという話をしたいですね。政治的なコメントも、そうでないものも。でもそれでちょっと心が痛んだんです。アジア系アメリカ人というのは、何かにつけて擁護に回らなければいけなくなってしまうものですよね。中国にしても日本にしても、何か騒ぎが起こるたび、私たちは立ち位置を選ぶことになる。でも、たとえば中国にいるアジア人は、アジア系アメリカ人に何か起こったとき私たちを擁護してくれるの? とも思ってしまうんです。私たちはいつも、すべてにおいて自分たちの立場を自分たちで形作らなければならないのに。このアメリカで、ハリウッドで働く私たちは、ふたつの国にサンドイッチされた集団です。一方で、白人でもなければ本当の意味でのアジア人でもない。だからアジアの制作会社がこちらで何かを作っても、アジア系アメリカ人ではなくアジア人を雇うでしょ。そういう状況にはやはりちょっと心が痛みます。でも、「開かれた多様性」のおかげで仕事の機会は増えてきていますから(アジア系アメリカ人の俳優、あるいは俳優を目指す人は)、とにかくチャンスにむけて準備を整えておいて欲しいですね。だって、あなたのためにドアを開いて「ちょっとこっちに入ってきてごらん」なんて言ってくれる人はいませんから。自分でドアのところまで行って、自分の手で開かなければならないんです。以上が私の言いたいことです。

と、カレンが教育者らしく話を締めたところで、おもむろに挙手するフランソワの姿が。

Fran: あの、たった今思い出しました。私も宣伝いけます。

(いい話で終わりかと思われた流れが覆され、一同笑い出す)

Fran: 声の出演作で、今後公開される予定のディズニー映画だったと思うんですが、いま制作中の『ラーヤと龍の王国』という作品がありました。私が出演するのは東南アジアのシーンで、脚本はキュイ・グエン(舞台、映画、テレビドラマも手がける著名脚本家)だと聞いてます。

(ミシェルとツジ氏が感服した様子でフランソワに拍手を送る)

TD: それはすばらしい。でも、いま言ってしまったことで機密保持契約を破ったりはしてませんよね?

Fran: そういう書類にサインした覚えはないですねえ。

なら大丈夫だ、と胸をなでおろす司会者ティムと、再び大笑いする一同。最後にアジア系キャストのみで占められたゲームが「映画で言ったら興行成績トップに等しい」成功をおさめた意義、East West Playersの業績、コロナ禍での苦境を救うための寄付の呼びかけのあと、パネル参加者への感謝とともに閉幕。終始飄々とキャスト仲間を笑わせていたフランソワ劇場もまた、幕を閉じたのであった。