見出し画像

彼方の友に捧ぐ

注意書き

この作品は「暁月のフィナーレ」のクライマックスシーンネタバレを多分に含んでおります。まだそこまで到達していない人は、気をつけて読んでください。あえてジャンルを書くのであればゼノ光♀になりますが、右左とかそういう話は特にしておりません。ところどころ青年漫画相当の暴力的な描写があります。


わたしは彼が嫌いでした。それは今も変わりません。でも、彼との戦いは間違いなく、わたしの心を震わせたのです。これは、その記憶。

「命を費やさねば得られぬ歓びがあったはずだ。なあ…《冒険者》よ。」

ゼノスの言葉を黙って聞いていたソフィアはわずかに口角を上げ、応えた。

「えぇ、その通りです。否定出来るわけ、ありません」

橙髪の少女は剣と盾を手に取り、ゆっくりと構えた。

「——借りを返しましょう。この一戦を以て」

早暁の薄明かりの中、少女の鎧が煌めいた。金髪の男もまた、禍々しい大鎌を展開し、構えた。

「では勝負といくか。俺とお前の命で……天つ星、そのすべてを焦がそうぞ!」

あの時、わたしはもう少しで噴き出してしまうところでした。彼は、真剣に考えてきたのです。「どうすれば一緒に愉しめるのか」を。かつてアリゼーが投げかけた叱責を、彼はずっと考えて、そしてその答えを携えて、天の果てまで追いかけて来たのです。

我欲しか頭にない凶悪な獣。人の形をした恐るべき災害。その評価は覆らないでしょう。それでもあの時の彼は、恋文を想い人に差し出す少年だったのです。その相手は、他ならぬ、わたし。

天の果てで恋愛小説の真似事。いま思い返してもちょっと悔しいのですが、そんな彼を可愛らしい、愛おしいとすら思ってしまいました。

全てを呑み込む津波に大穴を穿ち、蒼く輝くエーテルを纏ったソフィアがゼノス目掛けて飛び込んで来る。ゼノスもまた大鎌を構え、騎士の突撃を真っ向から受け止めた。盾と大鎌、そしてふたりの視線がぶつかり合い、エーテルの火花が弾け飛ぶ。砲弾の着弾にも等しい衝撃を受けてなお、ゼノスの巨躯は1イルムも後退りしていない。

「ハ……いきなりは仕留められぬか!」

ゼノスはニヤリと笑い、大鎌を振るってソフィアの小さな体躯を弾き飛ばした。大きく吹き飛ばされた少女は蒼い翼をはためかせてバランスを取り、ふわりと着地する。背後の大津波はその存在を維持出来なくなり、ざばりと音を立てながら虚空へ消えた。ソフィアは剣を構え直し、ゆっくりと歩き出す。

「同じ不意討ちが通るわけないでしょう。進歩の無い方ですね」

冷徹な声と甲冑の足音が果ての空間に響く。ゼノスはさらに口角を上げ、エーテルを練り上げた。更なる蛮神技。ソフィアは足に溜めたエーテルを解き放ち、駆けた。

「覚えていてくれたのか」とでも言いたげな顔で、やはり今思い返してもちょっとムカつきます。でも、忘れられるはずもありません。空中庭園の戦いは、わたしにとっても大きな戦いでしたから。借りを返す立場としては、彼の思い出語りにも少しは付き合わねばならないなと、そう感じました。

「だぁッ!」

ソフィアはゼノスに肉薄し、鋭く斬り込む。二連撃、刺突、跳躍からの回転斬り。少女がその旅路で何万遍と撃ち込んできた基本の型。それが恐るべき精度でゼノスの急所に襲い掛かる。対するゼノスもまた巨大な鎌を手足の如く操り、本来圧倒的に不利なはずの片手剣の間合いで少女の剣戟に対抗していた。

ソフィアは剣を天に掲げ、神聖魔法のエーテルを込めて叩きつける。ゼノスは強く地面を蹴って飛び離れ、少女の渾身の一撃を回避。鎌を回転させ、禍々しい紋様を宙空に描き始めた。だが相手の詠唱を待つソフィアではない。少女が腕を一振りすると、ゼノスの周りに蒼く輝く魔法陣が出現した。何らかの予兆。

ゼノスはほんの僅かに視線を動かしたが、構わず詠唱を続ける。ソフィアは拳を握り込み、振り下ろした。張り詰めた神聖エーテルが弾け、いくつもの騎士剣が空中に顕現する。ブレード魔法。光の騎士剣は一切の慈悲も無くゼノスに襲い掛かり、その体躯を貫いて——いなかった。ゼノスの身体からいくつもの青白い腕が、騎士剣を全て掴み取っていたのだ。どす黒い血がぼたぼたと流れ、床を汚す。やがて騎士剣がエーテルとなって霧散すると、青白い腕もまたゼノスに吸い込まれ消えた。ゼノスの背後には、黒い外套を纏った禍々しい影が顕現していた。

ゼノスの繰り出してきたリーパーとしての技の数々。最初から最後まで本当に恐るべきものでした。この時の妖異が他でもないゼロだったのですから、わからないものです。あの時、先に倒してしまっていてもおかしくありませんでした。ゼロ、元気にしているでしょうか。いつかまた会いに行けるようになったら、メリードさんのカレーを持って会いに行かなくては。

「刈り取る……!」

ゼノスは一気に踏み込み、鎌を振るう。迸るエーテルが巨大な鎌の斬撃をさらに拡大させる。遍く命全てを残らず刈り取る死神そのものの様相であった。その刃全てを、彼は想い人にぶつけた。ソフィアは盾で防ぎ切る事に早々に見切りをつけ、身を低く落とし、心を研ぎ澄ました。

ここは想いが力となる天の果て。ならばわたしを追ってここまでやって来た彼の刃は、どこまで退いてもわたしを捉えた事でしょう。絶望に目を背けず歩んだように、立ち向かわねばならないと、そう確信しました。

ゼノスの放った渾身の秘技《大蛇》に、ソフィアは真正面から突っ込んだ。エーテル全てを蒼い翼に注ぎ込み、地を這うよう流星のように駆け抜ける。赤い斬撃と蒼い流星は過たず交錯した。しかし、流星は潰えず、ぎりぎりでその刃を回避し、そのまま真っ直ぐと駆け抜けた。ソフィアは全力で制動を掛ける。脚で、剣で、蒼い翼で地面を砕きながら踏みとどまる。振り返れば、そこにはフォロースルーの最中にあるゼノスの巨大な背中があった。ソフィアは躊躇なく騎士剣をゼノスの背中に突き立てた。

この一撃で早々に終わらせるつもりでした。わたしに戦いを楽しむ心がないとは言いません。しかし、手を抜く事は礼を失する行いです。だからこれで終わり。彼は充分楽しめただろうか?これを持って貸し借りなし。——ここに至っても、わたしは未だに彼を侮っていました。

「ガッ……?!」

ゼノスは血を吐きながら視線を落とす。己の胸から少女の剣が飛び出していた。首を巡らせようとした時、冷徹な声が耳朶を打った。

「おしまいです」

ソフィアは突き立てた剣に力を込め直し、横に薙いだ。鋼の刃は獣の肉を、骨を、臓物を無慈悲に斬り裂く。鮮血が飛び散り、天の果ての大地が赤く染まった。ゼノスは呻めき、膝を突く。ソフィアはその首を刎ねんとしたが、ぞわりとした悪寒を知覚し、介錯を諦めて横に飛んだ。妖異の放った魔法弾が少女の立っていた場所を焼き焦がした。

ソフィアは剣を振り、獣の血を払った。妖異は死にゆく定めにある主人を護るように旋回している。そして致命の一撃を受けたゼノスは、それでもなお倒れず死に抗っていた。夥しい血を流しながら、少女を睥睨し、ニヤリと笑った。

「熱い……そうだ……これが戦いだ……!」

ゼノスは傷口から飛び出そうとする臓物を押さえつけながら、立ち上がった。ソフィアに向き直り、叫んだ。少女は戦慄し、盾を構えた。

「お前もまだいけような!……俺は……」

ゼノスは両腕を掲げた。噴き出す血が、臓物が、赤黒いエーテルと化していく。旋回していた妖異がゼノスに覆い被さるように融合した。エーテルが爆発し、衝撃が少女の盾を揺るがした。

あの男は致命傷を受けているのに、わたしに「まだいけるか?」と問うたのです。耳を疑いました。あの時首を刎ねる事が出来ていればと、今でも後悔しています。

「ここから、もっと、燃やそうぞ!」

ゼノスは瞳を赤く輝かせ、吼えた。その身体は妖異と深く融合し、両腕は燃え盛る黒い溶岩としか形容の出来ない異形と化している。致命の傷も焼き塞がれていた。

《レムールシュラウド》という技術が存在している事は知っていました。でも、あの男が見せたあれは、わたしが知るものよりもっと暴力的な、ゼロからすれば陵辱といっても差し支えない所業だったと思います。わたしはさっき、彼のことを可愛いと書きましたが、やはりダメです。許せません。

ゼノスは駆けた。その縮地の速度は、ソフィアの想定を超えた。天の果ての逢瀬を叶えた男の想いは、想い人に回避を許さなかった。《大蛇》の型を超える連撃《早贄》がソフィアへと襲いかかった。

あの時わたしが身につけていた武具は、言ってみればごく普通の鎧です。もっと堅牢な素材はいくらでもあります。でも、あれはタタルさんがたくさんの想いを込めて拵えてくれたもの。旅の無事を祈って託してくれた、かけがえのないもの。想いが力になる天の果てで、これ以上頼りになるものはありません。

空間全てを揺るがすような一撃一撃に、ソフィアは盾をかざし抗った。ありとあらゆる防御技術を総動員し、ゼノスの攻撃に耐えようとした。だが——無常にもソフィアの盾は衝撃に耐えきれず砕け散った。ゼノスは最後の一撃を振るう。少女は身体を捻り、回避を試みた。赤黒い超自然の鎌が大地を抉り、天の果ての地形を一変させた。

わたしは冒険者で、自由騎士。その自負を力に変える最良の武具。それが破られたという事は、彼の想いの方が上だったという事です。

「どうした、この程度でくたばるのか……?」

ゼノスは己が視線の先、爆煙の中に立つ人影に問うた。ソフィアは変わらずそこにいた。ぼろぼろの肉体を、右手の剣が、背中の蒼い翼が支えていた。少女は左腕と左脚を失いながら、未だ倒れていなかった。

とてつもない痛みだったとは思いますが、実のところはよく覚えていません。とっくに麻痺してしまっていたのでしょう。痛みよりも心を支配していたのは、あの男を侮っていたわたし自身への憤りです。わたしはあの男の願いを「叶えてやっている」と思っていました。彼の語る「命を燃やすこと」を、軽く見ていたのです。「ソフィア・フリクセルが満足する相手はこれほどの高みであるはずだ」と彼は今もその期待を向けているのです。ならばこの喪失は、罰です。

ソフィアは血を吐き、呻いた。顔を上げ、ゼノスを見る。血と涙で歪み切った少女の視界でも、彼が笑っている事ははっきりわかった。

負けたくない。心から思いました。彼はまごう事なき強敵。新たな脅威。未だ届かぬ頂き。わたしはわたしの冒険のため、命を燃やさねば、と。

「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

ソフィアは鍛え直された覚悟を胸に、叫んだ。黄金の輝きが溢れ、果ての空間をデュナミスで染め上げる。その想いはゼノスの魂を揺るがし、喜びに震えさせた。

「うわぁぁぁぁぁぁッ!!!」

ソフィアはなおも叫び、失われた左腕を掲げた。デュナミスの火花の如くいくつも弾け、黄金の奔流が幾重にも切断面に飛び込んできた。

「だあッ!!!」

裂帛の叫びと共に、ソフィアの失われた左腕が一瞬にして復元された。戦場に赴くにはあまりに似合わぬ、白く華奢な、年頃の娘のたおやかな腕がそこにあった。左脚もまた、光の彼方からあるべき場所へと還ってきた。黄金の奔流はなおも注がれ、束られ、紡がれてゆく。それはやがて意志を貫き通す堅牢な手甲と足甲となった。少女は鎧われた拳を握り締め、構えた。その視界に、一点の曇りもない。騎士は限界を超絶し、蘇った。ゼノスは友が応えてくれた事を心から喜び、祝福した。

「フフ、そうだ……!果てるにはまだ早かろう、友よ!」

暁のみなさんやトリニテ先生、イズミさんには「斬り落とされたけど急いで繋いだ」って言いました。あれはウソです。ほんとうは影も形も無くなるほど消しとばされてしまって、無我夢中で復元したのです。この紀行録、やっぱり誰にも見せられませんね。もとよりそのつもりではあるのですけど。腕も足も、幸いなことに今でもきちんと動いています。帰ったら消えてしまうと思っていました。全力で繋ぎ止めてくれた暁のみなさんとシャーレアンの皆さんには、感謝してもしきれません。

ここからしばらくは本当に無我夢中で、詳しい事はあまり覚えていません。永遠とも刹那ともつかないのです。どうにか覚えている事を書き記すと、たしかゼノスが神竜の力を解放して、あちこちからものすごい大量の光線を放ってきていたと思います。わたしはそれを飛び回って回避し続けて……一太刀、また一太刀とゼノスに叩き込んだはずです。あとでGウォリアーに乗った時もすごい機動で戦った覚えがありますが、初めて乗る機械なのに落ち着いていられたのは、自分で同じ事をやっていたからでしょうね。

何度も書きますが、わたしは今でも彼の事は大嫌いです。最後の最後でやっと人間らしい気持ちに目覚めてくれたのは確かですけど、それはわたしの大切な人達は当たり前に持っているものです。それだけで過去の所業を全部帳消しにして、わたしの大事な人ランキング1位に躍り出ようなんて厚かましいにもほどがあります。でも——

「だぁぁぁぁぁぁッ!」

「ヌゥゥンッッ!」

ソフィアとゼノスは互いに黄金の輝きを纏い、幾度も幾度もぶつかり合った。黄金の双流星は無限の地平をどこまでも加速しながら絡み合い、大地を砕き、空を揺るがした。エーテルとデュナミスが混ざり合った黄金の剣と鎌がお互いの肉を裂き、骨を断ち、そしてその度限界を超絶し、牙を突き立て合った。

デュナミス溢れるあの場所だから出来たのでしょうが、あの時のわたしは人型の蛮神と言っても差し支えないほど凄まじい事をしていました。アーテリスであんな事は出来ません。わたしは護り手です。そんな戦い方を由としません。でも、考えた事がなかったわけではありません。本当に何もかも解き放ったら、わたしはどこまでやれるのか、と。

ソフィアの一閃をまともに喰らい、ゼノスは地面を抉りながら吹き飛ばされていく。致命の痛みを押し殺し、懸命に受け身を取り、ゼノスはそれでも立ち上がってくる。獣は不敵に笑い、デュナミスを燃やす。

「まだだ……俺はまだ生きている!

崩壊した大地を踏み締め、ゼノスは縮地を使い一気にソフィアのもとへ飛び込んで来た。

「喰らうがいい!血の一滴も余さず、この刹那に喰らいつこうぞッ!」

少女の左半身を吹き飛ばした大技《早贄》が再び振るわれた。盾を失ったソフィアに限界超絶した大鎌の一撃を防ぐ術はない。だがしかし、ソフィアの表情に恐れの色は一切無い。一歩も退かず、あまつさえ剣を手放した。

確実な死を前にして、わたしは笑っていました。さぁどうする。どうやって乗り越える?お父様とお母様の目を盗んで家を飛び出したあの日と同じ、立ち塞がる困難に挑みかかる喜びが、わたしを満たしていました。他でもない彼によって。彼の言葉に嘘はなかったのです。

ソフィアの背中にデュナミスが燃え上がり、これまでに無く巨大な翼が顕現する。もしソフィア自身が神竜と化したならばこのような翼を拡げるのであろうといわんばかりの、蒼く輝く力強い翼であった。そしてその翼が何かを握り込むように折り畳まれた瞬間、さらなるデュナミスの輝きが放たれた。蒼き翼は、黄金の剣を携えていた。それは少女が放つ最大のブレード魔法《ブレード・オブ・ヴァラー》。それが二振りの巨大な大剣として顕現したのだ。

そんな事を齎してくれる方は、彼をおいて他にいません。彼はわたしを未知の冒険に連れ出してくれたのです。命を燃やす戦いの極地に。

超自然の大鎌と騎士剣は真っ向からぶつかり合った。大地は二人を中心に崩壊し、一瞬でクレーターが生まれた。ソフィアとゼノスは、文字通り命を燃やしながら刃を押し付け合う。

嬉しかった。でも、それと同時にどうしようもない哀しさが溢れてきました。どうして彼が「ゼノス」であるのだ、と。わたしの気を惹くためだけに世界を大混乱に陥れ、たくさんの人を傷つけて、あまつさえ、わたしの体を——。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「ガァァァァァァァァ!!!」

この極限の体験を、また味わいたい。何度も何度も楽しみたい。でも、彼は世界から存在を許されないひと。他ならぬわたし自身が、わたしの規範において存在を許せないひと。勝っても負けても、ほんとうに、これっきり。なぜあなたはもっと奥ゆかしくあれなかったのですか。違う形で出会えていれば、あるいは——

凄まじい圧力を前に、ソフィアは膝をついた。超自然の騎士剣が押しつぶされていく。ゼノスは命を、魂を、その全てを刹那に注ぎ込んだ。この戦いの先に何もない事はゼノス自身が理解している。故に己の全てを包み隠さず出し尽くそうとした。

——いけませんね。うん。違います。確かにそれもありますが、あの時の喜びの陰にあったのは、怒り。もっと単純に、ムカついてきていました。

ソフィアは覚悟を決め、更にもう一段階限界を超絶した。押し負けていた騎士剣が輝き、一回り、いや二回りも巨大化した。ゼノスは直感した。押し返される、と。だがしかし、それすらも彼は笑って受け止めた。

あの男はあの瞬間に全てを賭けていました。一瞬の煌めき。結構な事です。でも、わたしには、帰るところがあるんです。明日も生きていくんです。まだやりたいことが、あるんです。

「喰らえェェェェェェッ!!!」

「アァァァァァァァッ!!!」

騎士剣は鎌を押し返し、一気にその禍々しい刃を断ち切った。響き渡った慟哭は妖異のものであろうか。ゼノスは騎士剣の衝撃をまともに受けて大きく吹き飛ばされる。ソフィアもまた、顕現を維持出来ず、騎士剣と翼はデュナミスの輝きを残して消え去っていった。

大勢は決していたが、ふたりはまだ向かい合っていた。どちらも武具は砕け散った無様な有様。それでも、残されたデュナミスを杖にしてふたりはぶつかり合った。男も女もなく、拳と拳をぶつけ合う極めて原始的な——純粋な戦いだった。

あの男とのひと時は、わたしの人生でも最高と言っていいほどの喜びがありました。でも、それだけです。わたしの大事な人達が齎してくれる喜びは、望む限り、ずっとそこにあるのです。それがわからない人に、わたしは負けません。負けるわけがありません。だから最後は——

ゼノスの前蹴りがソフィアの胴体を打ち、少女は大きく吹き飛ばされる。込み上げる吐き気を堪えて、好敵手を睨んだ。なおも突進してくるゼノスに、ソフィアもまた全霊を持って迎え撃った。残された力全てを込めた右の拳を引き絞り——

思いっきり引っ叩いてやりました。おしまいです。

その後のわたしは、どうやってかラグナロクに居たらしいのです。あの男を倒したはいいものの、わたしは完全に精魂尽き果てていました。消えていく意識の中、わたしは確かに帰りたいと願っていましたから、それが作用したのではないかなと、そう思います。

転移してきたわたしは、それはもう酷い有様だったらしく、後から幾度となくアルフィノやアリゼーから厳しく怒られたものです。トリニテ先生にも怒られて、イズミさんにも、テオドアにまで怒られてしまいました。でも、皆さんどこか嬉しそうにしていましたね。あぁ、こんな事書いてると分かったら、また怒られてしまいます。

——最後に、ゼノスへ。

あなたの身体と魂は、今もまだあの天の果てで眠っているのでしょう。星海に溶けて生まれ変わる事と、誰も手の届かない場所で永遠の安息を得ることのどちらが幸せなのか、わたしにはわかりません。

でも、あなたが成したこと、わたしに与えてくれたもの、その全てをわたしは忘れません。だからあなたはいつか、わたしと共に星に還ることになるのです。完全なあなたには程遠いでしょうが、それでも命は巡り、新たな命としてアーテリスに舞い降りることでしょう。

その時はわたしの奥ゆかしさを少しわけて差し上げますから、なにとぞ真っ直ぐなひとに育ってください。

その時こそ、本当のお友達になりましょう。
おやすみなさい、良い夢を。

【了】

BGM…想いが動かす力

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?