ただ君を待つ
◆◆◆
仲間と冒険に出掛けようとするその瞬間、ソフィアは目覚めた。鳥猿の時計、積まれた本、壁のポスター。フリーカンパニーハウスの自室で朝を迎えていた。鮮明な夢だった。あれはどこの街だろう。どこかで見たような、どこでも無いような街。アルバートとその仲間たちに似た冒険者たち。銀泪湖上空戦。飛び立つ蛮神。荒唐無稽な夢だと切り捨てるには示唆するものが多すぎる。
ベッドから降り、伸びをしながらカーテンを開ける。これが超える力の見せた幻視なら対象は誰?見えたものはいつの時代?考えたところで手掛かりなど無かった。壁にかけられたカレンダーに目をやる。クルルから集合を指示された日まであと2日。判らない事は増えていくばかりだ。
考えても仕方がない事は考えすぎない。ソフィアはそう独りごち、やや乱れたガウンを羽織り直して自室を出る。共通廊下にある洗面所で顔を洗ったあと、朝食を求めてリビングへ向かった。フリーカンパニーの料理長たるトリニテはここのところ不在だが、作り置きはまだ残っていたはずだ。
リビングのドアに手をかけると、室内から物音が聞こえた。誰が帰ってきたのだろうか。そう思いながらドアを開けると、広いリビングを横切っていく下着姿の短髪なアウラ女性と目があった。手には酒瓶。
「イズミさん?」
ソフィアの怪訝な声にたいして、イズミは気まずそうな顔で固まっていた。
「…違うんです」
「まず何か着て頂けませんか?」
◆◆◆
リテイナーであるイズミもこのハウスの鍵は持っている。普段は人が少ないのをいい事に、時折リビングを寝床に使っていたのだと、イズミは袖を通しながら白状した。身なりを整えると、途端に凛とした侍の風情を漂わせる。しかしながらこの人、ひょっとすると結構だらしない人ではないか。ソフィアは最近そう思い始めていた。
イズミの旅の話を聞きつつ、二人はリビングで朝食を摂ることにした。作り置きのクリムゾンスープを暖め直し、ナイツブレッドにコーヒーも添える。昨日も食べているのにまるで飽きが来ないのはさすがトリニテである。
「それが、そのお香なんですか?」
ソフィアはイズミが取り出した桃色の三角錐を見る。
「そう、私不眠症なとこあるからって、友達が」
「寝不足は美容の敵ですからねっ」
ナイツブレッドを小さくちぎりながらソフィアは得意げにつぶやいた。一方のイズミは大きな塊のままがぶりと齧り付いている。
「ソフィアさんも使いますか?今度頼む時、多めに取り寄せますよ」
「いいんですか?!やったー!」
無邪気に喜ぶソフィアを前にすると、イズミも自然と顔が綻ぶのが自覚できた。本当は退魔の香なのだが、悪いものではないしそれは黙っておこう、と思った。
「そういえば話は変わりますけど、昨日テオドア君に会いましたよ」
「まぁ、ウルダハに帰ってきてたんですね」
ソフィアが頬張るナイツブレッドを焼いた料理人トリニテの腹違いの弟がテオドアだ。船乗りの彼と冒険者のソフィア達はお互いエオルゼアを飛び回っており、思いの外出会う事はまれであった。
「商船の船底に幽霊が出るって調査依頼が出てましてね…。請けてみたら彼の乗ってる船だったんです」
「まぁ」
「結局調べてみれば幽霊じゃあなくて、密航者が忍び込んでたってオチでしたよ」
「ふふ、相変わらず慌てものですね」
「まぁそれはいいんですけど、彼、相変わらずソフィアさんに会いたがってましたよ」
コーヒーをすするソフィアの眉が微妙に曲がる。
「ソフィちゃんと俺の大冒険が始まると思ったのに…などと供述しており」
「もう、冒険に行きたいんでしたら普通に言ってくれたらいいですのに」
カップを置きながら、ソフィアはやれやれと言った表情を浮かべていた。
「おや、てっきり拒否するかと」
口を開けば最短ルートでソフィアを口説きにかかり、その都度殴り倒されているのがイズミの知るテオドアである。
「ちょっと奥ゆかしさが足りない方ですけど…あれで案外真面目ですからね。きちんと言ってくれれば、わたしもツアーを考えたりします」
言いながらソフィアは再びコーヒーに口をつける。
「ソフィアさんって」
「はい」
「テオドア君の事、どうなんです?」
聞いた瞬間、ソフィアはコーヒーを噴き出しかけ、どうにか堪えたものの、盛大にむせた。
「げほげほ!…なんですかもう!急に!」
「いやちょっと気になって。あ、ハンカチどうぞ」
「ありがとうございます…」
「で?」
「好きじゃありませんよ!あんな人!」
「えっ?」
イズミは赤紫色の瞳を輝かせた。
「私、どう?としか聞いてませんが?」
「え?あ、うわーっ!ちょっと…違いますよ!違い…ます!」
「なにが違うのかお姉さんに教えてほしいなぁ〜」
「ち、近いですよ顔がッ!やめてくださいッ!」
「いいじゃん〜ねぇ〜」
「うぅ〜!」
耳まで真っ赤になり進退極まったソフィアは、もにょもにょと聞き取れない言葉を発した後、観念したかのように唇を開いた。
「あの…わたしは…」
「姉ちゃーん!!!!ソフィちゃーん!!!いるー?!!!」
玄関を勢いよく開けて飛び込んできたのは、癖の強い赤毛に浅黒い肌のミッドランダー。他ならぬテオドアであった。彼は食卓のソフィアを見つけると、飼い主を前にした仔犬の如く駆け寄り目を輝かせた。
「ソフィちゃんいるじゃん!かわいいね!結婚しよう!」
イズミの眼前を通り過ぎたソフィアの拳はテオドアの顔面に吸い込まれていった。
◆◆◆
「…今度こそホントに幽霊なんだよ!俺だけじゃないって!見たの!だからさ!」
鼻の詰め物のせいでやや声がくぐもっているテオドアは自船の惨状を訴えていた。浮浪者ではない本物のアンデッドモンスターが船に巣食っており、その助けを求めてここに来たのだという。
「…私がもう一回行きますよ。船の勝手は知ってますからね」
イズミが立ち上がり壁に立てかけた愛刀を腰に差した。
「えっソフィちゃん来てくれないのォ?…うわぁ!」
食い下がるテオドアを引き摺ってイズミは玄関へ向かう。
「英雄様は2日もしたら旅立つんですよ」
イズミは自分の手帳を見ながら言った。
「大変な旅なんですから、今ぐらい休ませてあげましょう」
手帳を懐にしまい、イズミはソフィアを見た。
ようやく落ち着いて椅子に座る彼女は目をぱちくりとさせた後、柔和に微笑んだ。
「…ありがとう、イズミさん」
「そっかー!じゃあしょうがねぇな!」
引き摺られながらテオドアは白い歯を見せて笑う。
「ソフィちゃん!帰ってきたら、デートしようぜ!俺待ってるからさ!」
サムズアップが一瞬見えた後、ドアは閉じられた。ハウスは再び、静かな朝に戻った。
帰ってきたら。
そうだ。わたしは旅に出て、
そして帰ってくるんだ。
ソフィアは弾かれたように駆け、ドアを開ける。眩しい朝日に目を細めながら前を見据える。そこにはまだイズミとテオドアがいた。テオドアはようやく起き上がって自分で歩こうとしていた矢先だった。
「テオドアさん!」
ソフィアの声に二人は振り返る。
「わたし、土産話たくさん持って帰りますから!テオドアさんの海の話を聞かせてください!」
テオドアは思わぬ返事に虚をつかれたが、やがて満面の笑みで頷き返した。
「イズミさんも!」
イズミはすでに和かに笑っている。
「さっきの話の続き、考えておきます!」
それは楽しみ、とでも言いたげな顔でイズミは小さく手を振った。
「わたし、ちゃんと帰ってきますから!」
旅立ちのまで、あと2日。
【了】
暁月は近い!そんな時に急に旧版ムービーが思わせぶりにアップされたので、いったい…どういう…コト?!となり、思うがままに書いた話です。完全に今のタイミングのみ書ける話。最終的にあんまり冒頭の夢は関係無くなりましたけど、ソフィアさんもイズミさんもテオドア君も元気に動いてくれたのでよしです。ここまで書いたんだから、元気に帰ってきてくれよ暁月!!!!たのむよ!!!!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?