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「ラストシーズン」4年・若松三太

平素より大変お世話になっております。兵庫弁がチャーミングな2年籾井大河からご紹介に与りました、理工学部情報理工学科4年の若松三太です。

まず、長期に渡るコロナ禍においても、今までの「当たり前」が続けられている感謝を伝えたいと思います。最前線で闘う医療従事者の方々、OB・OGの皆様、東京都大学サッカー連盟や大学関係者の方々、チームスタッフの方々、施設関係者様、そして保護者の皆様に改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。



最初に簡単に自分自身を振り返る。


小学校
父の影響でサッカーを知った。休日に車で出かけ、多摩川の土手でサッカーボールを蹴る。時にはゴルフの打ちっぱなしをさせてもらったり、キャッチボールをしたり、フリスビーをしたり。そんな毎日だった。右利きなのに何故か左足のキックを練習させられ、嫌になることもあったが、体を動かしたあとに飲むスポドリの美味しさに誤魔化され、いつしかサッカーの虜になっていた。
そんな私は友人と一緒に週1回のサッカースクールに通っていた。クラブチームなんてものの存在は知らなかったし、サッカースクールも本当に充実していたから満足だった。


中学校
小学生の時に受験をし、私立の中学校に入学した。3歳の頃からやっていた水泳を続けるか、サッカーを続けるかで悩んだ末、サッカー部に入部した。初めてスパイクを履き、新しい練習着に身を包み、希望に満ちていた。海岸3往復という鬼メニューに打ちのめされながらも、中学3年生の時にはチームの代表として試合に出場させて頂いていた。


高校生
仲の良い友人が和太鼓部に集まっていたこともあり悩んだ時期もあったが、結局サッカーをやめる選択ができなかった。中学校の頃から同期が半分程度になり、残った選手たちと共に高め合う環境に身を置くことになった。指導者にはサッカー以外に、礼儀や人間的な所を多く学んだ(納得出来ない人は一旦、目を瞑っておいて下さい笑)。また、試合に出場するメンバーは全員の想いを背負って出場しているという責任を強く感じた3年間だった。


大学生
前回のブログに書いたので割愛するが、上智大学体育会サッカー部に入る以外の選択はなかった。

様々なバックグラウンドを持った人達が集まっているこの組織は、自らの成長と組織理念の体現に思考を凝らし、各人がそれぞれ自由に向き合える。今まで経験してきた組織の風土とは全く異なり、教わるよりも自ら学ぶことができる。そんな組織だ。サッカーだけでなくサッカー以外での活動の幅が広い。部の価値とはサッカーの結果だけでなく、他の活動により付加価値を与えることができる。どちらかが欠けてしまうと、組織としての完成度は低いものとして認知されてしまい、どこにでもいるアイデンティティのない組織になってしまう。

シーズンが始まってからなかなか思うようにピッチ外の活動が出来ていないが、そこを修正し、ピッチ内外どちらも全力を捧げたいと思う。

具体的に、

4年生としてチームを丸く収めることも大事だが、一選手として貪欲に上を目指し続ける必要もある。謙虚さを忘れずに、しかし貪欲に。選手としての熱意、振る舞いで後輩たちを引っ張っていく。皆、見ていてください。

そして企画課は、新型コロナウイルスを言い訳にせず、みんなの安全を確保した上で、今までにないアイディアを積極的に形にする。優秀な後輩や同期がたくさんいるので、企画課長としてそれをできる限り自由にやらせてあげられるように尽力する。


この2つの目標を残り数ヶ月の最低条件に、ラストシーズンの再スタートを切りたいと思う。

#上智大学 #サッカー #逗子開成 #部員ブログ

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