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「オメガ点」に向かう人類——キリスト教的進化論を唱えたテイヤール・ド・シャルダンの思想

本書においては進化とは意識への上昇運動であることを認め、これを承認している。このこと自体は人間主義者のうちでもっとも唯物論的な人、あるいは少なくとももっとも不可知論的な人からも否認されることはないだろう。したがって進化は未来において絶頂に達して最高の意識といったものになるはずである。しかしこの意識はまさしく最高のものであるためには、われわれの意識の完成であるもの、すなわち自己を照らし出す自己集中の力を最高の段階に到達させるはずではないか。(中略)
こうした見方から検討すれば、宇宙はその尨大な大きなを失うことなく、またしたがって擬人化されることなく、ありのままの姿をはっきりと現してくるようになる。そうすれば、宇宙について思考し、経験し、また宇宙にむかって働きかけるためには、われわれの魂のかなたを観察しなければならないのであって、その逆の方向であってはならない。精神の生成発展という立場に立つなら、時間と空間というものが真に人間化されるようになる。というよりもむしろ超人間化されるようになる。宇宙的なものと人格的なもの(つまり〈自己のうちに中心が確立しているもの〉)は互いに相いれないどころか、互いに同一方向にむかって成長し、同時に頂点に達するのである。
したがってわれわれの存在や精神圏の未来像を非人格的なものの側にさがし求めることは間違っている。宇宙の未来はオメガ点における高次の人格という形で考えるほかないだろう。

ピエール・テイヤール・ド・シャルダン『現象としての人間』みすず書房, 2019. p.309-311.

ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin,1881 - 1955)は、フランス人のカトリック司祭(イエズス会士)で、古生物学者・地質学者、カトリック思想家である。北京原人の発見に参加。オメガ点という生命論的な考え方を提唱しウラジーミル・ヴェルナツキーと「ヌースフィア(叡智圏)」の概念を構築した。

本書『現象としての人間』において、テイヤールは、古生物学上での人類の進化過程を研究し、人類の進化に関する壮大な仮説を提示した。宇宙は、生命を生み出し、生物世界を誕生させることで、進化の第一の段階である「ビオスフェア(生物圏、Biosphère)」を確立した。ビオスフェアは、四十億年の歴史のなかで、より複雑で精緻な高等生物を進化させ、神経系の高度化は、結果として「知性」を持つ存在「人間」を生み出した。人間は、意志と知性を持つことより、ビオスフェアを越えて、生物進化の新しいステージへと上昇した。それが「ヌースフェア(叡智圏、Noosphère)」であり、未だ人間は、叡智存在として未熟な段階にあるが、宇宙の進化の流れは、叡智世界の確立へと向かっており、人間は、叡智の究極点である「オメガ点(Point Oméga )」へと進化の道を進みつつある。「オメガ」は未来に達成され出現するキリスト(Christ Cosmique)であり、人間とすべての生物、宇宙全体は、オメガの実現において、完成され救済される。これがテイヤールのキリスト教的進化論であった。

テイヤールは、古生物学と生物進化に関する学識と洞察によって、壮大な科学的進化の仮説を提示した。しかし、テイヤールの進化論は、実証科学の立場より批判を受けた。実証科学においては、テイヤールの誤謬は明確である。しかし、哲学的ヴィジョンとしては、オメガすなわちキリスト、全知全能の神が、進化の目的であり、進化の極致にあって神が生まれるとの思想は、20世紀にあって独自な思想であった。

なお、本書『現象としての人間』は、テイヤールの生前は、当時、進化論を承認していなかったローマ教皇庁によって否定され、危険思想、異端的との理由で、その著作は禁書とされ、出版を認められなかった。歿後まもなく、禁書処置を解かれ、1950年に原書が刊行された。


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