ヨブが見た神の暗黒面と無意識の関係——ユング『ヨブへの答え』を読む
カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875 - 1961)は、スイスの精神科医・心理学者。ブロイラーに師事し深層心理について研究、分析心理学(ユング心理学)を創始した。本書『ヨブへの答え(原題:Antworf auf Hiob)』(1952年)は、旧約聖書と新約聖書にまたがるユダヤ-キリスト教の全歴史を貫く人間の心の変容を、意識と無意識のダイナミックなせめぎあいを通して明らかにするものであり、ユング心理学の応用としては他に類を見ない最高傑作であると訳者の林道義氏は述べている。
ユング心理学の最大の特徴の一つはヌミノースな元型的なものを対象とするところにあり、元型的なものを理解しようとすれば、それが持っている情動を感じ取ることが必要となってくる。元型を理解するためには、ヌミノーゼに打ち負かされるような状態になることが必要であり、またさらに意識によってそれが何であるかを知ろうとする分析と認識の働きが必要となる。
ユングは、聖書の中で『ヨブ記』において他に類を見ないことが起こっているという。ヨブにあらゆる神の非道が襲いかかる。ヨブはわけの分からない暗闇の中の恐怖を感じる。ヨブは「これは何であるのか」という問いから出発する。ここにユングはヨブの意識性を感じ取る。そもそも神に対して疑問を発するということは、意識が芽生えている証拠である。ヨブはそのうち、神が正義の立場には立っていないことを正確に認識する。それはまったく気紛れで、理性的には理解できない見通すことのできない神である。それは無意識が持っている性質と同じものであって、善悪を超えた非道徳性、多くの矛盾や不合理をはらんだ存在であった。
要するにヨブが見たものは神の暗黒面であった。ヤーヴェは全知どころか無意識の性質を表しており、それゆえ「暗い」のであった。それに対してヨブのように無実の罪に苦しむ者は「認識の光」を持ち、神でさえ持っていない神的認識を我知らず持つのである。神は障害に遭わず自省の必要がないのに対して、人間が神より優れている点は、無力を自覚したとき自省をもとに鋭い意識を持つことができることである。
ユングは『ヨブ記』を通して、初めて当時の集合的な意識と無意識の布置を認識することができた。当時の布置とは、神の暗黒面を覗き込んだ人々の恐怖と困惑であり、その人々の疑問と問いに対する神の応答であった。それはつまり、意識が神の暗黒面に気づいたという問題であり、また意識の問いに対する無意識の応答いかんという問題であった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?