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即身成仏とは

即身成仏(そくしんじょうぶつ)
平安時代初期に開宗した、天台宗と真言宗の成仏論である。この両宗の宗祖である最澄と空海は、ほぼ時を同じくして、自宗の成仏が即身成仏であることを標榜した。(中略)
要するに、即身成仏の特色は身体がそのままで、仏身になりうること、あるいは仏身にほかならないことを容認するところにある。

『岩波哲学・思想事典』岩波書店, 1998, p.981-982.

平安時代の仏教のスーパースター、最澄と空海が言った言葉「即身成仏」この身のままに、すぐに仏になることができるよという教えである。まだ「念仏を唱えればすぐに成仏できるよ」という鎌倉仏教が登場する前の時代、密教の時代である。

空海(774 - 835)は『即身成仏義』という本を書いている。その中では、密教の仏としての宇宙的な法身・大日如来は、その実在的な局面においては、地・火・水・風・空・識の六大法身として捉えられる。この六大要素は私たちの身体も同様に構成していることから、空海は、宇宙大の仏と私たち個々人との一対一の対応可能性を説く。つまりは、私たちの中には元々、大日如来たる宇宙大の仏が眠っているのであり、密教における「三密加持」という曼荼羅の象徴操作によって、仏との本源的な同一性を回復できると考える。

なお、似た言葉である「即身仏」は、絶命するまで修行し続け、そのままミイラ化した宗教者のことを指す。日本には現在18体存在し、そのうち8体が山形県に存在する(庄内地方だけで6体ある)。有名な話であるが、空海(弘法大師)は高野山において即身成仏し、約1200年経った今なお生きているとされる。即身仏は、2017年にベストセラーとなった村上春樹の小説『騎士団長殺し』にも登場する。

なぜ庄内地方にそれほど多くの即身仏が存在するかというと、江戸時代に天台宗と真言宗の対立があり(つまり最澄と空海の対立の後世版)、真言宗側が一世行人(一代限りの修行者)を布教の前線に立たせて対抗させたからである。一世行人とは門前集落の出身ではなく、外部から来た下層の宗教者である。この一世行人が、厳しい修行の末に即身仏となったのである。当時は、僧侶と修験者と一世行人がいた。僧侶は弟子を跡継ぎとし、修験者は妻帯ゆえ子息に跡を継がせた。僧侶は寺を守り、修験者は冬場に信者の居住地へ布教に出かけるため、一世行人が行う冬山に籠もるような厳しい修行はできなかった。

一世行人は十穀を断ち、山野に自生する植物のみを摂取する木食行(もくじきぎょう)を行なった。厳しい修行を終えた一世行人は生きたまま棺に入り、そのまま土中に埋められる「土中入定」で葬られ、3年3カ月後に掘り出されて即身仏になったとされる。


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