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パイナップルロボ 第3話

パイナップルロボは、電車に乗っていた。目的地があるわけではない。パイナップルロボが電車に乗った時の周りの反応を確認するためである。

電車に乗ることは難しくなかった。駅にいる人間からの視線は許容範囲。改札も左手の決済システムで問題なく通過でき、駅員に止められることもなかった。この時間帯の電車は空いており、席にも余裕がある。パイナップルロボは座席に腰掛け、電車に出入りする人間の様子を観察していた。

(私を初めて見た人間は、最初こそ驚いた表情をするが、その後はすぐに慣れ、警戒した様子もなくなる。むしろ、微笑みかけてさえくれる程だ。人間がパイナップルロボを受け入れる早さは異常だ。先日購入した、緑ジャージと太ジーパンがコミカルな頭部を持つ私にさらに親近感を与えているのだろう。裸で渋谷駅前に立っていた時よりも、私を見る人間の表情が柔らかくなった気がする。)

何駅か通過するうちに、電車内が少しずつ混んできた。パイナップルロボは、適当な駅で降りることに決め、座席から立ち上がり、扉の前で次の駅に着くのを待っている。次の駅に近づくにつれ、パイナップルロボの後ろに並ぶ人が増えていく。電車が駅に到着し、扉が開いた瞬間、後ろの人間に押されてしまったパイナップルロボは、ガシャーンと音を立て倒れてしまった。

(私の体は転倒の衝撃に耐えられる設計になっているので問題はない。しかし、騒ぎになり注目を浴びてしまうのは面倒だ。)

パイナップルロボがすぐに立ち上がろうとすると、後ろにいた中年男性が駆け寄り「大丈夫ですか?」と声をかける。パイナップルロボは「問題ありません。」と伝えたが、パイナップルロボが立ち上がるのを補助してくれ、その後も体の心配をしてくれた。

(パイナップルロボの私に声をかけるのは、人間にとって勇気のいる行動だろう。私はその中年男性を良い人間だと評価しそうになったが、そもそも私を押して転倒させたのはその中年男性だし、謝られてはいないので評価は改めさせてもらおう。)

パイナップルロボは駅を出て周辺を散策することにした。

(この駅の周辺には、河川敷があるらしい。渋谷駅の周辺と違って、人の少ないところにも足を運んでみるとしよう。)

パイナップルロボが河川敷を歩いていると、30名程度の少年たちが野球の試合を行っている姿が見えた。パイナップルロボは、グラウンドに近づき、土手の上から少年野球を観察する。

(プロ野球のデータはある程度インターネットを介して蓄積されているが、少年野球のデータはほとんど蓄積されていない。プロ野球には無いデータが確認できるチャンスだ。)

パイナップルロボが少年野球を観察していく中で気になったのは、未成熟な技術故の不確定性である。

(少年特有の精神起因の変化、気付きによる技術力の向上など、一試合の中で様々な変化があり、少年野球には実に興味深いデータが詰まっている。試合に出ている少年はもちろん、ベンチにいる少年の表情の変化なども見逃せない。)

パイナップルロボが少年野球の観察に没頭していると、グラウンドの方から保護者と思われる人が近づいてきた。

(私が少年野球を観察しているのを不審に思ったのだろうか。しかし、ここで逃げる様に立ち去っては余計に怪しまれてしまう。保護者と思われる人は、既に会話が始まってもおかしくない距離まで近づいてきている。何と言われるだろうか。)

すると、保護者と思われる人から「もし良ければ、もう少し近くで見ませんか?」と予想外のお誘いを受けた。

(通常であれば、得体の知れないパイナップルロボなど子供に近づけたくないはずだが、遠くからパイナップルロボに見られている方が嫌だったのかもしれない。)

パイナップルロボは、ベンチの横で保護者たちと練習試合を観戦することになった。少年たちは野球に集中している様に見えるが、パイナップルロボのせいで気が散っているのは明らかだった。

(監督がいる手前、試合に集中しなければいけないのだろうが、ベンチ横にパイナップルロボがいては難しかろう。しかし、この状況でも監督はパイナップルロボに目もくれず少年たちに檄を飛ばす。どのような精神構造をしているのだろうか。少年野球の監督というのは、とても興味深い。)

パイナップルロボは保護者に挨拶した後、試合が終了する前にグラウンドを後にした。再び歩き出したパイナップルロボは、自分の服が土手に座った時に汚れてしまったことに気が付く。

パイナップルロボが回る洗濯機を観察し30分が経過した。汚れてしまった緑ジャージと太ジーパンをコインランドリーで洗濯していたのだ。衣服はこの2着しか持っていないため、現在は何も身に纏っていない。

(私はロボなので、衣服を身に纏っていない状態が正常なのだが、この数日で衣服を身に纏っている状態に慣れてしまったため、何だが異常行動を取っている様な思考になる。)

パイナップルロボがこのコインランドリーに来たとき、他の客はいなかったが、数分前に一人の男性が入ってきた。男性は洗濯機の前にいるパイナップルロボを見るなり戸惑っていたが、時間が経つにつれ興味が湧いてきている様だ。パイナップルロボが何を洗濯しているのか確認しようと、建物の中をうろうろしている。

(私に悟られない様にいろいろと行動を工夫しているが、目的も無しに人間は動いたりしない。とてもわかりやすい人間である。)

男性はパイナップルロボの洗濯物を確認できたのか、椅子に座りスマホを操作し始めた。

(私にバレていないと思っている様だが、私をスマートフォンで撮影しようとしていることはバレバレだ。私の頭部のパイナップルには、全方向を確認できるカメラが搭載されているため、死角はない。ちなみに、男性がコインランドリーに入ってきてから、私は一度も動いていない。)

そうこうしている内に、パイナップルロボの洗濯が終わり、洗濯機から取り出し可能の合図が鳴った。

(私が動き出したら男性はどの様な反応をするだろうか。まずはゆっくりと動き出すことで、男性の様子を見てみよう。)

パイナップルロボは、徐々に椅子から立ち上がる。男性はパイナップルロボの動きをジッと観察している様だ。パイナップルロボは体を半分ほど起こしたところから、急に立ち上がってみせた。すると男性の体はビクッとなり、男性が座っていた椅子がギィッと音をたてた。男性は冷静を装って、再びスマホを操作する。

パイナップルロボが洗濯機から緑ジャージと太ジーパンを取り出し着ていると、男性がクスクスと笑い出した。

(笑ってしまうのも仕方がない。先程まで人間でいう全裸の状態だったパイナップルロボが服を着始めたのだから。ずっと全裸の状態だったのかという気付きと、ロボなのに服を着るのかという疑問、それらが相まって可笑しくなったのだろう。)

パイナップルロボはコインランドリーを出たときに、緑ジャージと太ジーパンをもう1セット買うことに決めた。

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