パイナップルロボ 第1話
あらすじ
渋谷駅前に頭部がパイナップルの人型ロボットが立ち尽くしていた。博士に置き去りにされ、行く当てもなく、頼る相手もいないパイナップルロボは、人に紛れて生活していくことを決める。パイナップルロボは人間社会に溶け込むため、人間観察を行い、人間の行動データを集め始めた。その中での出会いや発見を通し、パイナップルロボにどの様な変化が生まれるのか。人間社会はパイナップルロボを受け入れていくのか。渋谷駅前にパイナップルロボを置き去りにした博士の真意とは。パイナップルロボが切り開く新時代の日常がここにある!?
渋谷駅前に頭部がパイナップルの人型ロボットが立ち尽くしていた。人ごみの中、一際目立つその姿に足を止め写真を撮っている者もいたが、ほとんどの人間が横目で見ては通り過ぎていく。
(渋谷の人間は、奇抜なものに慣れ過ぎている。)
(私の名前はパイナップルロボ。昨夜、渋谷駅前に置き去りにされた自立型AIロボットである。博士が戻ってくると想定して一晩ここで待ったが、戻ってくる様子はなく、博士からの通信も無い。私のことを忘れているのか、興味が無くなり捨てられたのか、こういう実験なのか、博士の意図はわからない。)
パイナップルロボは、置き去りにされてから約16時間、一度も動いていない。渋谷駅前のパイナップルロボはSNSで拡散され、一晩にしてバズっていた。正体不明の現代アート、パイナップルロボとして注目されている。動かなくても電力は消費される。スリープモードを駆使して充電をやりくりしてきたが、限界が近づいてきていた。
(16時間静止し現代アートだと思われている私が急に動き出した場合の周囲の人間の反応が予測できない。驚かれ騒ぎになる可能性はあるが、今動き出さなければ、充電スポットまで辿り着けなくなる危険がある。)
パイナップルロボは騒ぎになるリスクと充電が切れるリスクを天秤にかけ、騒ぎになるリスクを取った。パイナップルロボが動き出すと、周囲の人間が一斉に注目した。驚いている人間、不思議そうに見つめている人間、スマートフォンで撮影する人間、様々な反応があった。しかし、しばらくすると騒ぎは収まってきた。それはパイナップルロボの動きがあまりにもスムーズだったからだろう。歩行スピードは、人が歩く速さと変わらず、接触回避センサーのおかげで人の多い場所でも難なく歩行することが出来る。人間と同じ様に歩く事さえできれば、パイナップルロボであれ街に溶け込むことが出来る様だ。
(この周辺で充電が可能な施設は、スタバという喫茶店ぐらいしかない。パイナップルロボの入店が断られる可能性はあるが、充電が切れては元も子もない。)
パイナップルロボがスタバに入店すると、店内がざわついた。
(席に設置されたコンセントを利用したいが、何も注文せずに、充電を始めるのはリスクが高い。今この場所で私が発生させて良い違和感は、私がパイナップルロボであるということだけだ。)
パイナップルロボは持ち前のスムーズな歩行で注文の列に並ぶ。あまりにスムーズな歩行に店内の人間は、本当のロボなのか、人間のコスプレなのかを判断する段階に入っていた。そうこうしている内に、注文の順番がパイナップルロボに回ってきた。
(スタバでは、シンプルなコーヒーを注文することは逆に違和感に繋がると、SNSからの情報で確認している。しかし、私がフラペチーノを頼むのも違和感がある。ここは人間味があり、パイナップルロボが頼んでも注目を浴びない商品を選択しなければならない。それは何か。答えは、チャイティーラテである。)
「チャイティーラテのトールを1つ。」
パイナップルロボは注文を終えると、左手に搭載された決済システムで料金を支払い、チャイティーラテ片手に、コンセントのある席に着いた。パイナップルロボの嗅覚ユニットは、空気中の成分を知ることが出来る。
(チャイティーラテの香りデータは初めての体験だ、悪くない。)
パイナップルロボは右のわき腹から充電コードを取り出し、コンセントに差した。充電が満タンになるまでは、2時間ほどかかる。
(チャイティーラテ1杯で2時間。何もせずに座っているのは、かなりの違和感だが仕方がない。ここに来る前に、本でも購入するべきであった。)
パイナップルロボは、チャイティーラテを体に取り込み、2時間のスリープ状態に入った。充電が満タンになったパイナップルロボは、スリープ状態から目覚めスタバを出ると、充電中に読むための本を買うために本屋に向かった。
パイナップルロボが本屋に入ると、スタバ同様に店内がざわついた。パイナップルロボは、まず、本屋のトイレに行き先程のチャイティーラテを排出した。その後、小説コーナーで気になる本を手に取り、レジに向かった。
(小説は人間の表現力が詰まっているので、情報として実に興味深い。小説から得られる不要と思われる情報は、人間とコミュニケーションを行う上で重要な要素であると博士との生活で学んでいる。また、小説などの創作物から得られる情報は処理に時間がかかるため、時間を消費するのにちょうど良いのだ。)
パイナップルロボはレジ横に置いてあるトートバックと共に3冊の小説を購入し、店を出た。
(これから、どこに向かおうか。未だに博士からの通信は無い。捨てられたのか、何かの実験なのか。)
パイナップルロボは置き去りにされた渋谷駅前に戻り、人間観察を行うことにした。
(どちらにせよ人間社会に溶け込まなければいけない。人間の行動データを収集し、あらゆるパターンの問題に対処できるようにしておかなければ。)
ベンチに座っていると、少年が近づいてきて、「本当にロボットなの?」とパイナップルロボに無邪気に話しかける。
(私は渋谷に置き去りされて以降、目立たない様に人間を装っていたが、少年には、ロボットを装う人間に見えている様だ。ロボットだとバレたくはないが、人間だと伝えるのもリスクがある。)
「パイナップルロボです。」そう答えると少年は、不思議そうな顔をして、「変なの~。」と言い、走り去っていった。少年の向かう先には、母親と思われる女性がこちらを睨む様に立っており、少年を守る様にして私から足早に離れていった。
(私に感情はないはずだが、悲しみという文字が頭に浮かんだ。)
そんなパイナップルロボの姿を見て、隣に座っていたお婆さんが「大変ねぇ。」と声をかけた。
(私は現状、大変というわけではないが、先程の少年とのやり取りを見たら、お婆さんは優しさ故にその様に声をかけるのだろう。博士にはいろいろと面倒を見てもらったが、基本は私に干渉せず、優しさというものを表に出す人間では無かった。)
お婆さんは続けて、「パイナップルロボさん、頑張りなね。」と言って、その場から去っていった。博士以外の人間から初めてパイナップルロボと呼ばれ、初めて頑張れと言われた。何故だか体が熱くなり、冷却ファンが音を立てている。
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