戦闘の前にまずは一服
アルコール(酒)とタバコは、第二次世界大戦における戦時薬物としては、もっとも重要な薬物だった。タバコは、神経を鎮め、空腹を抑え、退屈を凌ぎ、負傷者を慰め、兵士の仲間意識を高め、士気を高揚させることができるからである。そして何よりもタバコは国を豊かにした。
イギリスでは、タバコは軍の必需品とされ、民間への配給は免除された。アメリカでは、タバコ産業は政府によって手厚く保護され、莫大な収益を得ていた。ルーズベルト大統領は、徴兵委員会にタバコ栽培業者の徴兵を猶予するように命じていた。
アメリカ兵は一日30本ほどのタバコを吸っていたから、当時のアメリカのタバコ生産量の3分の1が、軍隊によって消費されていた計算になる。この頃の写真を見れば、疲れ切って泥まみれになったアメリカ兵が必ずタバコを斜めに咥えて虚ろに笑っている。彼らは退役後に、喫煙の習慣を家庭や地域社会に持ち込んだ。
他方、ドイツでは、ヒトラーが頑強に喫煙に反対した。愛煙家のチャーチル、スターリン、ルーズベルトに対して、自分やムッソリーニ、フランコのタバコ嫌いをいつも強調していた。ヒトラーが推した研究者たちが、肺ガンとタバコの因果関係を初めて立証し、喫煙が人種衛生学の観点から 有害であることを証明したが、この研究成果は戦後まったく無視された。
ナチスが禁煙の姿勢を示し、統制がますます厳しくなったにもかかわらず、ドイツ人男性の 80%が喫煙者だった。矛盾の原因は単純で、ドイツのタバコメーカーによるナチ党への多額献金だった。ナチス政府は表向きは喫煙を禁じていたが、現実は兵士1人に1日6本のタバコを支給し、さらにタバコに重税を課して戦費を稼いでいた。ただし、「シュトルム・ツィガレッテ」(「嵐のタバコ」)という独自のブランドがあり、親衛隊はこのタバコを自由に入手することができたのであった。
戦時中の配給制のため、多くのドイツ人は自宅でタバコの苗を栽培するようになった。一家に200本までと制限され、25 本だけが免税で、残りは課税された。みんなどうやって苗を隠すかに苦心した。しかし、愛煙家には一大決心が必要だった。マルクでは何も買えなかったが、タバコは何にでも交換できたからである。タバコを吸う行為は、紙幣を燃やすようなものだった。(了)
参考
・PETER ANDREAS:KILLER HIGH-A HISTORY OF WAR IN SIX DRUGS(2020)より
・アメリカ合衆国軍の喫煙