見出し画像

コカの葉を信じよ (ver.1.5)

インカ帝国がスペインに滅ぼされたのは1533年のことだった。その少し前、白人が初めてインカの地に入ってきたとき、神官はインディオたちに太陽神の預言を伝えた。

コカの葉を信じよ」

コカの葉を噛むことは、南米の多くの文化圏で数千年前から日常生活の一部となっていた。コカの葉の持つ刺激性、活性化作用、麻酔作用は、インディオたちが高地で暮らし発展するために太陽神から与えられた贈り物だった。

コカの葉には、ビタミン、タンパク質、ミネラル(主に鉄とカルシウム)など多くの貴重な成分が含まれているだけでなく、十数種類のアルカロイド(向精神物質)も含まれている。コカの葉を噛めば、これらが中枢神経に作用し、空腹感や喉の渇き、疲労感を軽減させた。特に空気が希薄な高地では心拍数を速め、呼吸を助けた。

インカを滅ぼした征服者たちは、コカが植民地で働かせている奴隷たちの生産性を高め、しかも食料を4分の1ほど削減できることをすぐに発見した。そして、コカのこの不思議な力を冷徹に利用した。

標高4000メートルの鉱山で働かされた奴隷たちには、作業効率を高めるためにコカの葉が定期的に支給され、コカの葉を噛むために1日3回の休憩が与えられた。コカは、彼らの疲労感を軽減し、飢えを和らげた。しかし、空腹を満足させることはなかった。

コカインは、1885年にはじめて単離され、19世紀後半には塩酸コカインという薬として、また飲料の香味料として爆発的に普及した。コカの風味は、他の多くの食材を引き立てる。1886年に発明された、コカ・コーラが有名だが、コカ入りのワインも大流行した。ボトルには、「理想的な神経強壮剤」、「健康回復剤、刺激剤」、「心身の疲労に心地よい強壮剤、活力剤」などと書かれていた。

後にアメリカ人はコカの葉のアルカロイドを実利的に利用した。

南部の綿花畑では、昼に黒人労働者に与えるスープにコカインを入れて、午後からの生産性を高めていた。コカインを使っている間は、雨の日も、寒い日も、暑い日も、時には不眠不休で一気に70時間も働くことができた。

コカインは貧しくて栄養失調気味の労働者たちにとっては、なくてはならないものになっていった。主人から強制的に与えられなくとも、過酷な労働に従事する黒人労働者たちは、生きるためにみずからコカインを求めるようになっていった。

こうしてコカインは、世界で大麻の次に多く使用される違法薬物となった。(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?