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この世界を去ったでかちゃん②<5/24のでかちゃん>

気持ちは逸っていたのだけど、でかちゃんを抱きかかえたわたしの足取りはとてもゆっくりだった。「今このときをでかちゃんと共にここにあること」を噛み締めるように、ご神木に向かって一歩一歩歩みを進めた。

「でかちゃん、いいお天気だね、気持ちいいね」
「でかちゃん、おかーさんのところに来てくれて本当にありがとう」
「でかちゃん、かわいいね」
「でかちゃん、だいすきだよ」

でかちゃんにかけるわたしの声は、溢れる涙のせいで少しうわずっていた。

ご神木に到着。
蛇行して抜けていく、風。
その風にそよぎはためく木々の葉の隙間から降り注ぐ、光。
名前のわからない鳥が朗らかに独唱する、声。
やっぱりここにきて正解だったね、でかちゃん。

でかちゃんをご神木のたもとに下ろす。
「木の神さま、どうぞよろしくお願いします」

でかちゃんはひときわ大きな声で鳴いてから、そこに自ら横倒しの体勢になった。

横倒しで寝そべって動かないでかちゃんを撫でながら、わたしはひたすら語りかける。
「でかちゃんはいい子だね」
「でかちゃんはかわいいね」
「でかちゃんは優しいね」
「でかちゃん、愛してるよ」
そして頭にそっとキスをする。

ふと、歌いたくなった。
口をついて出てきた歌は、わたしの子どもたちがまだ幼い頃、夜眠りにつくときに子守唄として歌っていたものだった。自分でも驚くぐらい、自然にその歌のメロディがわたしの中からこぼれ出てきた。

わたしは無意識に、でかちゃんを寝かしつけようとしている、まるで自分の子どもにするように…。
そう思ったらまた涙が溢れ出し、歌声は途切れ途切れになった。

子守唄を歌い終えると、森の中には静寂と美しい鳥の声が戻ってきた。

「うちに戻らず、ここでJさんが到着するのを待とう」
そう決めて、でかちゃんに語りかけ撫でながらJさんの到着を待った。


でかちゃんは1週間ほど前から、ほとんど声を出さなくなっていた。そもそも「でかちゃーん!」と呼ぶと、必ずお返事をする子だったのに。そしてことあるごとに、わたしにあれやこれやとお話をする子だったのに。気に入らないときは大きな声で怒る子だったのに。そうできなくなるほど、身体はしんどかったんだね。ごめんね。でかちゃん。

でも、でかちゃんに語りかけながら身体を撫でている時に気づいた。
わたしが「でかちゃん」と呼びかけると、その度にでかちゃんの尻尾の先がクイクイと動くことに。

お返事してくれているんだ……
なんと優しい子なんだろう……

それに気づいて、わたしは横たわるでかちゃんのお腹に顔を埋めて大泣きをした。

ぐったりと寝そべりながらも、時折身体を自ら少し起こして後ろを振り返るような動きをするでかちゃん。

「Jさんのこと待ってるんだ」

直感的にそう感じた。
直前にわたしはJさんにこうメッセージしていた。
「Jさん。多分、終わります」と。
それもこれもわかっていて、でかちゃんは今までたくさんお世話をしてくれたJさんのことを、心待ちにしているんだね。

消え入りそうな小さな生命の炎を、Jさんが到着するまで決して消すまいとするでかちゃんがあまりにも尊く、その姿が再びわたしの涙を誘った。

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