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人との関わりで変わるもの -『ホールドオーバーズ』

予告に映し出された1970年代のアメリカがいい感じだったからというだけの理由で、特に期待もせず観に行った『ホールドオーバーズ』、よかった。



クリスマス休暇中に居場所がなくなった全寮制名門男子校の生徒と嫌われ者の教師、学食の料理長が学内で共に過ごすことになり、その2週間に起きた出来事。
ボーディングスクールの教師と生徒たちの物語といえば『チップス先生さようなら』、『今を生きる』、クリスマスの時期の『飛ぶ教室』なんかを思い出すけれど、ああいう古き良き師弟愛の物語ではない。この映画に出てくるバートン校、校長以下教師も生徒たちも鼻持ちならないスノッブだらけで、しょっぱなから見ていてイライラ。でもこれがあの手の学校のリアルな世界なのだよなあ。当時の世相や差別も反映している。

居残り生徒のアンガスは複雑な家庭の問題を抱えていて、成績はいいけれど皮肉屋で陰気。
舎監を体良く押し付けられた教師のハナムは偏屈で教員や生徒たちから嫌われていることを承知の上で開き直っているが、彼にも色々事情がある。
料理長のメアリーは深い喪失感と悲しみの中にいるが、それでも一人日々をつないでいる。
のだが、それぞれの悲しみや苦しみは表に出さずに、3人とも言いたいことをポンポンぶつけ合う。
お気楽なだけのコメディ映画ではないことは知っていたけれど、「置いてけぼりのホリディ」って陳腐な日本語副題くっつけるのがものすごく余計。
笑えるシーンもあるけれどクスリ、とかニヤリ程度。
段ボール箱いっぱいストックしてあるアウレリウスの『自省録』とか。全体的に品のいい映画という印象。
それはちょっとないでしょうと思ったのは、3人をホームパーティに招いてくれたリディア。
意識してそうしてたのだとしたらかなりの悪人だし、無意識ならそれはそれで罪人。こういう人いそうだけれど。

ハナムは古代史が専門で、その教養や知識が日常の会話に散りばめられる。若者はそういうのを大概嫌がるし(私も)、アンガスもうんざり顔だけれど、実はちゃんと聞いて覚えているのだった。
年少の子を気にかけたりメアリーの料理に素直な感想を言ったり、単なるわがままなクソガキではないことは早い段階で描かれていた。少しずつアンガスという少年の内側が見えるにつれ、いつしか私も彼と同じ目線でハナムや周りを眺めるようになっていた。

役者は皆文句なし。ハナム役のポール・ジアマッティ、ゴールデン・グローブの主演男優賞そりゃ取るでしょうとも。どんぴしゃのはまり役。私より年下と知ってちょっとびっくり。
メアリー役、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、派手な演技ではないのに存在感たっぷり。ずけずけ遠慮なく物を言い、現代では封殺のいつでもどこでもタバコスパスパなのだけれど憎めず、息子の事を人前でもマイ・ベイビーと言っているのが切ない。
こじらせひねくれ誰にも心を開かないアンガス役のドミニク・セッサ、これが映画初出演⁉︎常にイラついて神経質。でもああいう事情があればそうなってしまうよね、という感じを好演。

映像は期待通りで、風物も服装や髪型も音楽も1971- 72年の空気感。
クリスマス・シーズンなのでスィングル・シンガーズやトラップ・ファミリー他トラディショナルなクリスマスソング満載で、キャット・スティーブンスが挟まれたり。
どんどん暑くなるこんなジメジメ季節じゃなく、ツンと乾いた冷たい空気の12月に観たかったな。

映画の中で何度か出てくる言葉アントルヌー、entre nous。ウソはつかないはずのバートン生(と、元バートン生)二人だけの秘密。
最後のところでその意味が鮮明に立ち上がった。
めでたし、めでたしとは言えないエンディングで
メアリーはしっかり彼女なりの将来の目標を見据えて前を向いているが、アンガスとハナムは先行きはわからない。
でも、お互い関わりを持ったことで、少なくとも前よりは世界が違って見えるようになったんじゃないか。
二人のこの先に幸あれ!と願わずにいられなかった。

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