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赤白ボーダーのエルマー、青と黄色ボーダーのボリス

赤白ボーダーシャツのキャラクターといえば、ウォーリーよりずっと前にエルマー・エレベーター。


PLAY! MUSEUMで『エルマーのぼうけん』展。
ミネソタ大学図書館カーラン・コレクションの原画や関連資料がこんなにたくさん日本で公開されるのは本展が初。

小学生になって字が多くてちょっと長い本を一人で読めるようになり、物語のおもしろさに目覚めさせてくれたエルマーのシリーズ3冊。

1冊目『エルマーのぼうけん』では、エルマーが「どうぶつ島」に囚われている竜の子を助けに行き、2冊目『エルマーとりゅう』ではその帰路、嵐の後にたどり着いた「カナリヤ島」で竜と協力して王の願いを叶える。
エルマーはいったん竜に家まで送り届けてもらうが、3冊目『エルマーと16ぴきのりゅう』で再び竜の家族の窮地を救いに旅立つ。

ストーリーはハラハラドキドキでページをめくる手が止まらないのだが、場所が「みかん島」「わかめ町」「そらいろこうげん」「ごびごびさばく」「ほたるとうだい」とか遊びがあるし、登場するキャラクターにも個性的な名前がつけられていて細部まで楽しい。もちろん挿絵も!
なかでも特にワクワクしたのは、エルマーが子ども竜救出の冒険に出る前に準備してリュックサックに詰めた細々としたアイテムの描写。

チューインガム、ももいろのぼうつきキャンデー二ダース、わゴム一はこ、くろいゴムながぐつ、じしゃくが一つ、はブラシとチューブいりはみがき、むしめがね六つ、さきのとがったよくきれるジャックナイフ一つ、くしとヘアブラシ、ちがったいろのリボン七本、『クランベリいき』とかいた大きなからのふくろ、きれいなきれをすこし、それからふねにのっているあいだのしょくりょう。
         『エルマーのぼうけん』より

密航中の食料としてピーナッツバターとゼリーをはさんだサンドイッチ二十五とりんご六つ。いちいち数が正確に記される。
そしてこれらは全て後に有効活用される。

装備品のアドバイスをしたのは、エルマーが出会った年寄りの野良猫。
若い頃はかなりの旅行家だったというこの猫、原書を読むまでおじいさん猫だと思っていたがイザベラ・バードばりのおばあさん猫だった。
かなり遠く離れた島までも旅していて、そこで出会ったかわいそうな竜の子のことをエルマーに語る。

雨の日に出会ったふたり。
『エルマーのぼうけん』より。
繊細な描線が美しい


展覧会の原画、同じ場面。
こちら採用されなかった方。
雨に濡れそぼったこっちもいいな


「ぼくのうちにきてみませんか?」
「あったかいだんろのそばにすわれて、ミルクをおさらに一ぱいもいただけたら、たいへんうれしいんですけどね。」

猫とエルマー、渡辺茂雄による日本語がとても丁寧できれい。
原書の英語もきちんとした会話。
60年代ごろまでの児童書は、きれいな言葉遣いが多く今読み返すといい心持ちになる。

でも、猫嫌いのお母さんは猫を窓から放り出し、地下室でこっそりミルクを与えていたエルマーをムチで叩くのだ。
昔の児童書、言葉がきれいとほのぼのしていると、ちょいちょいこういう今では考えられない体罰シーンが出てくる。
ジュール・ルナールの『にんじん』なんて親の虐待があまりにひどくて読んでいて辛かった。

展覧会入口では竜が待っていた。
2冊目まではずっとエルマーから「りゅうくん」と呼ばれていたが、3冊目の終わりの方でボリスという名前だと明かす(本人はこの名前あまり気に入っていないらしい)。


抱きついたサイズ感から推察するに、実物大(たぶん)

青と黄色ボーダーに赤がアクセントのボリスのカラーリングや体のバランスはデザイン的にもすばらしい。これは後述する著者自作のぬいぐるみのイメージが生かされているそう。
ボリスの両親や兄や姉妹たち、16匹みんな違うカラーや柄というのもすてき。

原画より


物語の作者、ルース・S・ガネットは1923年生まれで今100歳!
魅力的な挿絵を描いたのは、ルースの義理のお母さんルース・C・ガネット。どちらもファーストネームがルースなのでややこしい。

会場はシリーズ3部作の『エルマーのぼうけん』、『エルマーとりゅう』、『エルマーと16ぴきのりゅう』の順に物語のエピソードを体験しながら原画を鑑賞するスタイル。
子どもたちが遊べる仕掛けが凝らされていたが、元子どもにも楽しい。

薄暗いジャンルの中へ
竜救出のため川を渡るにはワニをジャンプ。
踏むと、あらびっくりの仕掛けも
エルマーが食べたみかんの皮

エルマーが密航して上陸した、その名も「みかん島」にたくさん実っているみかんは、この後渡った隣りのどうぶつ島でエルマーにとって貴重な食料となる。
本の中でエルマーが何個リュックに詰めたか、何個食べたかいちいち個数が示されるのも作者のこだわり。
2作目の『エルマーとりゅう』にも宝箱の中の目録が個数まで細かく書いてあったし、3作目で出かける冒険の装備品リストもしかり。

「みかん島」は原書でも"Island of Tangerina"。オレンジではなく、あくまでもみかん。
薄い皮で手でむきやすい、というところが重要なのかな。

原画には、エルマーがジャングルの猛獣たちをかわすために使ったアイテムや、場面にちなんだ物がところどころにあしらわれている。

虎たちにはチューインガム
ワニたちにはももいろのぼうつきキャンデー。
既にかなり舐められている


カナリヤ島の黄色い羽根


カナリヤのフルートに残していった物


展示スペースには、動物の鳴き声や嵐の風、羽ばたきなど様々な音もあふれている。
サウンドデザイン協力はオーディオテクニカ。
『エルマーと16ぴきのりゅう』で洞窟に閉じ込められていたボリスの両親と13匹のきょうだいたちをエルマーとボリスが解放する大騒ぎの場面では、会場に置かれたプレーヤーからアナログレコードのオーネット・コールマンが大きな音で流れている。

音と光の演出

冒険が終わり、エルマーは一人列車で家のある「かれき町」に戻るが、両親には全て秘密にして体験したことは何も語らない。
展示の最後に列車の音が響く中、床に投影されたレールを踏みながら、「行きて帰りし物語」を体感。

この展覧会でとてもいいなと思ったことの一つは、作者についてのコーナーも充実していたこと。
著書ルース・S・ガネットが幼少期に書いた物語や、自作のぬいぐるみや人形、写真もたくさん展示されていた。

子どものころの著者
創作物語
10歳の時の作品
ルース創作の物語を大人が聞き書きしたもの。
挿画は父親の友人、ワンダ・ガアグ。
『100まんびきのねこ』の作者!
ルースが抱えているのはボリスのぬいぐるみ
著者自作のボリスとエルマー
手足はボタン留めで動かせる。
市販品みたいな完成度!
左は挿絵を描いた義母ルース・C・ガネット
おばあさんになってもボリスと一緒

そして、訳者の渡辺茂雄がどんな風にこのシリーズを日本に紹介し、心をこめて翻訳したのかも丁寧に説明されていた。
鮮明に場面が目に浮かび、登場するキャラクターの性格や様子が過不足なくきれいな日本語で表された物語。
この名訳あってこそ、日本の子どもたちにも長く愛されているのだな。

訳者 渡辺茂雄

展覧会の最後は、色々な人たちが選んだ冒険にちなんだ本を自由に閲覧できるコーナー。

各国語に翻訳されたエルマーシリーズも。
1冊目『エルマーのぼうけん』は原書では"My Father's Dragon"で、エルマーの息子が父親から聞いた子どものころのお話という形をとっている。
国によって原書通りのタイトルだったり日本語版と同じく「お父さん」は無く「ぼうけん」が使われていたり。

同じアジアでも、中国やタイは原書と同じ「お父さん」がタイトルについている。

本展、個人的に原作に深い思い入れがあるというのもあるけれど、今までPLAY! MUSEUMで開催された展示で一番楽しめた。

この美術館で毎回楽しみな展覧会ノベルティは、

二つ折の細長いカードを開くと
立体に

200円割引券は、次回鹿児島睦展とのコラボレーションの図柄。


ところでシリーズ2冊目の『エルマーとりゅう』に登場する、エレベーター家で以前飼われていたカナリヤのフルートは、別れ際にエルマーにこう言った。

「さようなら、エルマーくん。おかあさんによろしく。あなたのおかあさんは、わたしに、とてもやさしくしてくれました。」

そしてエルマーが家に帰ってみると、お母さんに追い出された年老いた野良猫は家猫になって暖炉前の長椅子で寛いでおり、あんなに猫を毛嫌いしていたお母さんに愛されていた。
怖いと思っていたけれど、お母さんいいところもあるんだと子ども心にホッとしたのだった。


『エルマーのぼうけん』1963
『エルマーとりゅう』1964
『エルマーと16ぴきのりゅう』1965
ルース・スタイルス・ガネット さく
ルース・クリスマン・ガネット え
わたなべ しげお やく
子どもの本研究会 編集
福音館書店

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