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ライ麦でつかまえて

ぼくはきみに生きていて欲しいと思うから、血の通った文章を書くよ。だからゲラの返しが遅いのは許して欲しいよ。遅ければ遅いほど、楽しみが増えるじゃないか。きみの仕事に泥をぬるようなことはしないから。きみはゆっくりぼくの原稿をまてば長生きできるのさ。ぼくの中に眠る美しさを信じてくれたお返しに、美しい言葉を彫るよ。

 「で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ−−つまり、子供達は走ってるときにどこを通ってるなんか見やしないだろう。そんなときに僕は、どっからか、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」

ライ麦でつかまえて J. D. Salinger(原作) 野崎孝(翻訳) 白水Uブックス

ぼくは二度と、きみのために救急車なんか呼ばない、きみはそんなものを呼ばなくたって幸せなんだから。ぼくたちはもう2度と、やつの便器にダイナマイトを仕掛けようだなんて話はしない。ワインでカフェインの錠剤を大量に流し込む前に、絶対にきみのことを止めようとするよ。住宅街の公園で深酒してお巡りさんの迷惑になるのはごめんだからね。音信不通の人をたずねて家に押しかけたりするのはもうごめんだから。押しかけたアパートにコンドームの空袋が散らばっていたり、押しかけた軒先にマルチ商法のステッカーが貼られていたりする残酷な世の中で、ぼくたちには幸せになる権利があるに決まってる。ぼくたちには幸せになる権利があるに決まってる。

きみがぼくとのつながりの最中で本を編んだのなら、ぼくは寸暇を惜しんできみのためにレコメンドの花束を送るよ。お代はきみが南インドで覚えてきたカレーで構わない。ぼくはきみの中に眠る昔話がだいすき。数学者と詩人の才能を持つあのベンガル人をすまわせた教授、つまりライ麦畑のつかまえ役になった人。その人を師とするぼくの師に、一生の忠誠を誓うよ。優秀な学徒になりきれなかった罪滅ぼしみたいに。

ぼくはあの伝説の雑誌をつくった、会ったこともない先輩のことをおもって仕事をつづけるよ。あの雑誌を作った先輩にはいつまでもおよばない。不出来なぼくは、できる限りたくさんの影をつれてすすむしかないよ。

筆者は現在インドの映画学校で留学中のため、記事の購読者が増えれば増えるほど、インドで美味しいコーヒーが飲める仕組みになっております。ドタバタな私の日常が皆様の生活のスパイスになりますように!