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おねだりライスペーパー

我が家には、
子どもに嬉しいルールがあった。

誕生日には本人の食べたいものを
何でもリクエストしていいよ、というもの。

いつも年功序列という言葉を
巧みに使って献立を支配している兄と姉が、
末っ子である私のリクエストを
受け入れてくれる日であり、

いつも冷凍食品という武器を
巧みに使って献立を成立させている母が、
面倒くさい私のリクエストに
手間をかけて応えてくれる日である。

私は、このルールが施行される
自分の誕生日が大好きだった。

そして毎年、
我が家の食卓にはあまり並ばないような
こじゃれたカタカナ料理をリクエストしては、
母を少し困らせた。

ローストビーフ、とか
ビーフストロガノフ、とか。

特に、8歳の誕生日。

私は母を猛烈に困らせる料理を
リクエストしてしまう。


その年は、
数ヶ月前から心に決めていた料理があった。

生春巻きである。

ひとりでできるもんのまいちゃんが
ベトナム料理スペシャル編?みたいなので
作っていたのを見て、私も!となったのだ。

テレビの中のまいちゃんが
ぱりぱりの白くて丸い紙みたいなのを
取り出して、水に浸すと、あら不思議、
透明になってしんなりしている。
どうやらそれは、
ライスペーパーというものらしい。

なにこれ魔法みたい!!
私もやってみたい!!!
らいすぺーぱー!!!!

ライスペーパーに熱烈な興味を持った
8歳の私は、生春巻きをリクエストした。

母はすこし困った顔をした。

「えっ春巻き??春巻きでいいの?
いつも揚げとるやつは、あれ生協のやつよ?
冷凍でいいの??」

ちがう。そうじゃない。

「春巻きじゃなくて、なまはるまき!
揚げてなくて、ライスペーパーで巻くの!」

私は春巻きと生春巻きの違いを説明し、
ライスペーパーが必要なことを熱弁した。

母はすごく困った顔をした。

ライスペーパー…!?

そんな異国な食材、知らない。と。
こんな田舎にそんなもの売ってない。と。

そして案の定、売ってなかった。と。

母はうーんうーんと悩んだ果てに、
お惣菜の生春巻きを買ってあげると
言い出した。

しかし私は、生春巻きが食べたいのではない。
パリパリのライスペーパーを
水に浸してしんなりさせて具を巻きたいのだ。

8歳の私は、
ライスペーパーじゃなきゃ嫌だと大泣きし、
駄々をこねた。

折れた母は、
もー!どこにあるん!ライスペーパー!
と叫びながら、車を走らせた。


結果、誕生日当日、
我が家の食卓に
ライスペーパーは並んだ。

どこで見つけたのか、覚えてないけれど、
多分、隣県の百貨店で見つけたと思う 。

夢にまでみたライスペーパー。
パリパリのそれに水をかけ、
しんなりする姿に感動し、
意気揚々と具を巻いた。

できた!!!

これが!
まいちゃんが作っていた生春巻きだ!

大きな口でがぶり!






…味がしない。

そういえば、まいちゃんは
謎の赤いソースをつけていた。

すっかり忘れてた。

味ないの?と、
母は醤油を差し出してくれた。



あまり美味しくなかった。

たぶん私の人生の中で、
いちばん美味しくない誕生日だった。

だけど、
あのライスペーパーと
初対面したときの喜びは忘れられない。

間違いなく、私の人生の中で、
いちばん思い出深い誕生日となった。

いやこれはちょっと言いすぎた感があるが。

数年後、
お惣菜の生春巻きを食べたら、
はちゃめちゃに美味しかった。

おかげさまで、
私は今、生春巻きが大好きである。


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