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『学校の屋上』『ペストマスク』『寝る』

 学校の屋上の扉を押し開ける。入学当初は、きっと屋上で青春めいた活動をするのだと思っていた。実は立ち入り禁止だと知って、人生というやつは意外とつまらないと知った。だが、今となっては止める人もいない。支給物資を漁ってペストマスク状のフィルター付き呼吸器を装着した。

「絶景かな」

 学校は高台にあり、その屋上からは町が一望できる。事故初日に発生した大混乱は収まっており、そこそこ平穏な日常が形成されつつあるようだ。100m級に巨大化した大貫先輩が恥ずかしそうに陰部を隠しているのが印象的。合う服がないから裸でいるしかないし、1歩でも動けば大惨事に至る。劇症性の変身は皆に起こったが、最も大きく変身したのは、まあ文字通りに大きくなったことも含めて大貫先輩だろう。
 この学校に登校していた人間は、高さが手伝ってギリギリで変身現象に巻き込まれずに済んだ。町中にある大学から漏出した人体改変性気体は重いらしい。この1週間にわたって人々を変身させ続けた原因物質も、この高台までは届かない。また、この土地が盆地である事も手伝って、被害は市内だけで済んでいるらしい。
 とはいえ地球には風があるし、もしかすると吸い込んでしまうかもしれない。というわけで、大学が政府にかけあってペストマスク型のフィルター付き呼吸器が支給されている次第だ。

「よう、小比類巻。今日もここか」

 幼馴染の大塚がやってきた。後ろ手で手をひらつかせて彼を招く。

「相変わらずでっかいね、大貫先輩。変身時に被害が出てなきゃいいけど」

「噂だけど、奈津美んとこの爺さんが救助したから被害者は出なかったらしいぜ。ヨボヨボだったのに、ビビるくらい速く動いたらしい」

 らしいらしいで信憑性がない。まあ、特に興味もないから構わないのだが。いい加減大貫先輩を見るのにも飽きたから横に目をやると、なんと大塚がマスクをつけていない。

「大塚、マスク付けないの?」

「いいよ別に。変身したって死にゃしねえだろ?ああやって変身した方が面白そ──」

 と言って、大塚が倒れた。マスクを強く口に押し付ける。風が吹いている。気体が遂にここまで到達したのだ。変身が起こると、発症者はまず寝入る。その間に人体が改変されていくのだ。

「えー……でもまあ、どうせ死なないなら私もそうしよっかな」

 こんなことが起こるとは入学当初は思ってもいなかったが、きっと人生は面白くなる。そう思って大塚の横に寝そべり、マスクを外した。
 大きく息を吸い込む。


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