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『花』『幽霊』『白墨』

「幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言いますが」
 
ここまではっきり見えたら枯れ尾花もないでしょう、と少年は言った。幽霊の女性は困ったように微笑んで、窓の外で浮いている。教室は2階で、日直の少年は授業終わりの放課後で黒板拭きや床掃きに勤しんでいたのである。
 
少年と幽霊は顔見知りだった。生まれついての霊感持ちである少年にとって幽霊はただでさえ親しいものなのだが、少年が悪霊に絡まれているところを助けた幽霊は、少年にとって恩人でもあった。だから、幽霊を見られることが何のアドバンテージにもならない年齢の少年でも、幽霊を無下にすることはできなかったのである。
 
「まあ、少年以外の見えない人にとっては枯れ尾花でいいのさ」
 
幽霊が言う。その衣装は、イメージにある白着物に三角布を付けた姿とは似ても似つかない。軍服のような、硬質な印象で動きやすそうな衣装に身を包んでいた。自衛隊のそれではない。映像で見る迷彩柄やカーキ色の軍服でもない。少なくとも少年自身に全く見覚えのない衣装を着ていることで、少年にとって幽霊が幽霊であることを明らかにしていた。妄想であるなら、知っている服装の範疇に収まるはずだからだ。
 
「アンタはそれでいいのか?」
 
「良いと言ってる」
 
ふうん、と少年が言う。どこのものとも知れない軍服を着た幽霊の女性は、儚げに微笑む。少年にとって、それはいたく気に入らないことだった。女性の精悍な顔つきが、彼女が儚さとは遠い生き方をしてきたことを証明している。それなのにあんな顔付きをするのは、心細さの表れだと少年は思ったのだ。
 
一つの思い付きを得た少年が、黒板を拭き終えた黒板拭きを持って幽霊が浮く窓辺へ向かう。窓から黒板消しを出して、ぱぁんと叩き合わせた。白墨の粉が舞い、空間が白い粉塵で一時だけ満たされる。幽霊の物理的作用によって浮き彫りになった、女性の概形以外は。
 
「アンタは確かに居るよ」
 
白墨の粉はすぐに風に吹かれて消えていく。幽霊は相変わらずふよふよと空に佇んでいて、その表情はどうやって悪戯を叱ろうかという具合に引き攣っていた。その方が”らしい”と、少年は思った。

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