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『ネズミ』『髪』『図表』

 宝ネズミの背にある図表は、求め人の求める真の宝を指し示すという。その由来は上古の古代文明に遡るが、実際に真の宝を見つけ出した人の記録は残っていない。
 宝ネズミ自体はその辺の迷宮に潜れば簡単に見つかる怪物だ。ネズミ捕りの罠を仕掛けておけば4匹に1匹は宝ネズミだ。見つけた個体を締めて背の皮を剥ぐ。そこには、確かに何らかの図表が記されていた。
 迷宮都市ガラベッラ。起源において、ガラベッラは巨大洞窟があるだけの農村だったという。それが注目を集めたのは、一つの碑文がきっかけだ。現在の文明が成立してしばらくすると、教会は謎の解決に取り組み出した。
 古代文明は緩やかに滅びたが、その滅亡の時代、歳入に比べて歳出が明らかに減っていたのだという。つまり歳入の殆どが貯蓄に回されていたということだ。古代文明のしきたりでは神殿に財宝を貯蓄する手続きになっていたようだが、しきたりである以上は古代文明周辺の蛮族も知っていた事になる。彼らの略奪から財宝を守るためには適切な隠し場所を与える必要がある。
 教会が文献研究を通じて見出した『適切な隠し場所』こそがガラベッラ。古代文明の様式で整備されているガラベッラの迷宮が、初期の初期においては底知れない巨大洞窟であったことが碑文により明かされたのだ。であるならば、古代文明の貯蓄場所がこの場所である可能性が高い。
 教会は触れを出し、ガラベッラを探索する人手を求めた。それが二百年前、迷宮都市ガラベッラ成立の由来である。
 ガラベッラの探索は難を極めた。古代文明が技術と魔術の粋を尽くして作り上げた迷宮だ。教会が禁忌とした神働術や蛮族の魔術を用いた迷宮は、怪物が跋扈するのはもちろんのこと、日毎に構造が変化する難所だ。二百年かけて何千人もの命を飲み込み続けたガラベッラの迷宮は、今でも命を飲み込み続けている。
 私はガラベッラで生まれ育った。両親は探索者だし、私も探索者として働いてきた。いつか都市を攻略して財宝を見つけ出すのだと意気込んでいた私たちの一党パーティは、しかしあっけなく全滅した。私だけが生き延びた。手に負えない怪物に襲われた時、首領リーダーが私だけでもと逃がしてくれたのだ。
 私は生き延びた。私だけが。
 だが、生き延びたのならば生きていかなければならない。私はガラベッラで育ってきて、ここ以外で生きていく手段を知らない。ガラベッラで生きていくには過去を振り切って立ち直る必要がある。そのためには、全滅した一党の遺品は受け継がなくては。彼らの命を受け継がなくては。
 今の私が求める宝は、最奥の宝でもなんでもない。仲間たちの遺品だ。宝ネズミが真の宝を指し示したことがない理由は明白で、彼らが古代文明の所産だからだ。古代文明がガラベッラを作ったのは財宝を守るためで、財宝を隠すための迷宮に財宝の在り処を示す怪物を放つはずがない。だから、宝ネズミの背にある図表は罠の類いに違いない。
 だが、宝ネズミが本当の宝を示したことがなければ『本当の宝を示す』なんて噂話が立つはずがない。記録にはなくとも記憶には残っているのだろう。
 たくわえてきた髪の一房を切り、呪力を込めて宝ネズミの背の皮に落とす。髪はうねうねと動き回り、図表を作り変えていく。その図表は刻一刻と形を変えており、迷宮の変動を反映しているようだった。
 道具と武具を整える。斥候レンジャーの私ならば、遺品探しくらいは一人でもできるだろう。地図の示す先を目指して、私はガラベッラの迷宮に一歩を踏み出した。

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