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『空』『領主』『パイプ』

 煙管パイプから立ち上る煙は、薄く広がって鳥の領地へと拡散していく。技術辺境エリジウムを治める領主の視線は、煙ではなく広場へと熱く注がれていた。そこでは機械の鳥が獰猛な唸り声を上げながら駆けていて、今、地を蹴って鳥の領地へと飛び上がった。けたたましい鳴き声と共に鳥の領地へと飛び出した機械の鳥は、操縦者の意思を明確な形にしていく。上下回転による180°の宙返りし、そのまま太陽へ向かって飛び上がったかと思えばゆっくりと失速していき、空中で静止し、機首が槌のように降り落ちて地面向けて真っ逆さまに降下していく。
 領主は、ぎりりと煙管を噛んだ。「本番で失敗か」と唸って、墜落の瞬間を見届けるべくケープを引っ掴んで広場へと駆け出した。
 しかし、機械の鳥は墜落などしていなかった。操縦者の意思を十全に表現した結果、機械の鳥は、本物の鳥よりなお自由に空を飛んでいたのである。領主は、広場に出て技術者たちと共に空を見上げる。幾年かぶりの自由を謳歌する息子を認める。目尻を濡らす液滴の熱さにも気付かず、視界が滲むのも気にせず、空を駆ける息子を彼は見続けた。
 太陽の熱でも墜ちない鋼の翼を得た領主の息子は、足の不自由などものともせずに空を飛んでいたのだ。機械の鳥の開発過程で何人が死んだだとか、今後はこの鳥でもって戦争のありようが変わっていくだろうとか、そんなことは今の彼にとってはどうでもいいことだった。
 青く澄んだ空の中を、誰より不自由な体の息子が飛んでいく。それが、技術辺境伯の彼にとってはなによりの褒美だった。息子に翼を与えてやれた事実が、彼の人生つみかさねに意味を与えたと、他ならぬ彼が思っていた。
 快晴、無風、飛行条件良し。一人の心の雲をも晴らしたとも知らず、機械の鳥は軽やかに飛び続けた。燃料が切れるまで、いつまでも。


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