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『昆布』『占い師』『屑』

 占い師の友人から連絡があり、彼女の構える店に足を運ぶことにした。休日で暇だったからだ。私は占いなんか毛ほども信じてはいないが、友人と話すのは日常の疲れを癒してくれる。特に占い師なんてのは結果に合わせて適当な喋りをする仕事だ。彼女は卜占ではなくトークを売っている。そんな相手に呼び出されたとあれば、応じるにやぶさかではない。
 雑居ビルの1階にテナントとして入っているのが彼女の店だ。不潔そうな飲食店や風俗業の店舗も入っており、治安が悪い印象を受ける。彼女のはす向かいにあるラーメン屋が撒き散らしている昆布出汁の匂いを感じながら、目的の扉を押し開けた。
 その中には、占い師の店と聞いても思いもよらないような、病院のカウンセリング室めいた清潔な空間が広がっていた。高い窓の八畳一間は白の壁紙と木目の床で飾られており、部屋の中心には洒落た意匠の白い丸テーブルが置かれている。椅子も同じ意匠で揃えられていて一体感のある組み合わせだった。角に置かれている冷蔵庫、食器棚、洗い場や掃除用具入れが生活感を匂わせる程度だろうか。
 だからこそ、この間取りに似合わない『我が子を食らうサトゥルヌス』の贋作が壁の一面を占めていることが不安感を掻き立てる。
 彼女の店に来たのは初めてだ。占い師として働いているところを見るのも。服装は、普段遊びに行くときと変わらないカジュアルな白いワイシャツと黒のスラックスを合わせたもの。

「ようこそ、占いの館へ」
「はいはい。それで、用事って何?」
「新しい占いを開発してね。アウグルって分かるかい?」

 視線で『知らない』と答える。ところでこの店、飲み物は出さないのだろうか。

「古代ローマの官職でね。鳥の鳴き声や飛び方から神の意志を推察する仕事さ」
「平安時代の陰陽寮みたいなやつ?」
「そうだね。亀甲占いや盟神探湯くかたちの類例とも言える」
「盟神探湯は違うと思うけどね。あれは魔女狩りでやった神明裁判の類例でしょ」

 話が適当になってきたので、目線で続きを促す。彼女は大袈裟な態度で肩をすくめて立ち上がった。冷蔵庫に歩み寄って、花柄の茶碗に何かを注いで持ってくる。出された茶碗の中身を見てみると、黒い屑のようなものが浮かんでいる透明の液体があった。

「これは昆布占いだ。私と客で同じ昆布出汁を飲み、その味と香りで吉凶を占う」
「出汁は、ラーメン屋から貰ったもの?」
「正確には、出汁を取った後の滓を貰った形だ。それを使って私が取った出汁だね」
「廃棄物を使ってるからコストは抑えられるね。まあ悪くないかな、占いのタネなんか何でもいいわけだし。あえて言うなら、味や臭いというクオリア的表象から占うのは問題かもだけど」
「それは私の話術でカバーするさ」

 まあ、彼女ならなんとでもなるだろう。そう思って出汁を啜る。温めていないから冷たい上に、味が薄い。これで占われる客もたまったものではないだろうが、物珍しさから客が寄り付く可能性も十分に考えられる。
 となると、一つ気になる事があった。

「飲食業許可は取ってる?」
「取っていないね」
「OK、ちょっと上司に連絡するわ。あ、出汁ありがとね」
「構わないが……君の職場は、今はどこだったかな」

 彼女の問いかけを無視して席を立ち、ドアを引き開けながら答える。

「保健所」

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