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【掌編】胡蝶蘭は中間管理職(第6話)
「会いたい」
そう、メールが来たのは、次の日の夕方だった。
今朝の天気予報では台風が近づいているとのことで、曇り空に横殴りの風が生暖かい空気を掻き回している。
不穏な空気に包まれているわりに気分が明るいのは、ただ「会いたい」と言われて、悪い気がしないからだ。
いや、なにかを暗示しているのか?
・・・
やめておこう。先読みのしすぎは不幸をすくい集めるだけだ。
ずいぶんと昔からお互いのことを知っている割には、「いつもの場所で会おう」などと言う台詞が使えなかった。
そんな場所はない。
だからといって、こんな街中の公園でいいのか?と言われるとアレだが、まぁ、お互いの家から距離的にアレだし、お茶しながらとか食事とかだと、もしアレだったらと考えると、まぁ、・・・、アレだ。
そんな閉じた空間でウロウロしていると、薄紫を透かした灰色の世界に、すっと、赤い光が流れた。
赤い傘を右手に持ったあの子が、公園の向こう側のアパートの陰から歩いて近づいてくる。
いつだってそうだ。
物事の本質は隠されて存在するのではなく、見慣れた景色の表面に何気なく存在する。
さて、まずは、なんて声をかけようか?
「どういうことよ!!!」
「・・・え?・・・」
「なんで、あんなこと言うのよ!!!」
「・・・ぁ・の・・・・」
先手をとられてみた・・・
あげく、「会いたい」のは、会いたかったからではなく、怒りたいからだったと気づくのには遅すぎた。
そもそも、あの子を怒らせてしまったのは、僕に原因がある。
とはいっても、ちょっと駄々をこねて甘えてみたかっただけだし、そのぐらい受け止めてくれるだろうと思うのは、自分勝手なのか
ダメな男の典型なのか
「どういう神経してたら、あんなこと言えるの!?」
「・・・・う、うん・・・・」
「『うん』ってなによ!!!」
「・・・・はい・・・・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」
ネコの着ぐるみでも着てきたほうがよかっただろうか?
“どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ”
と、マックス・ウェーバーは語った。
なぜ2回も怒られなければならないんだろうと思いながらも、『それにもかかわらず』逃げないのは、僕が政治家に向いている証拠だろうか?
いや、そんなもの世論が許さない。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「・・・だって、最近あんまり会ってくれないじゃんか・・・」
「はぁ・・・あのね、あたしだって好きでそうしてるわけじゃないし、仕事だからそうしなきゃならないだけだし、みんなに迷惑かけるわけにはいかないから、そう言ったのよ?」
「・・・うん・・・それは分かるけど・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ごめん」
呆れた顔をしながらも、なぜか僕をじっと見ている。
また、怒られるんだろうかと、ビクビクしながらも、そんなところを見られてしまうのは情けないので平然を装ってはいるが、どこまで通用してるのだろうか
「あたしね」
「・・・うん」
「ずっと考えてるよ。あなたのこと・・・ずっとだよ・・・」
「・・・そか・・・」
「そうよ」
「・・・」
「あたしだって、さみしいの・・・」
「・・・」
「でもね、あんなこと言わ」
「好きだよ」
「え?・・・なにそれ?・・・今?」
「そう」
「呑んでるんでしょ?」
「呑んでない」
「・・・」
「付き合ってほしい」
「・・・」
「・・・」
覚悟は決めていたつもりだが、いざこういう場面になると、いくつになってもコワイものだ。
横殴りの風があの子の長い髪の毛を掻き乱す。ときおり手で髪を押さえようとするが、それでも押さえきれず、あの子は首をかしげ風にあらがおうとする。
「・・・ちょっと考えさせて」
「・・・わかった。待ってる」
去って行こうとするあの子を後ろから抱きしめたい衝動をこらえ、僕は風の公園に立っていた。
【つづく】
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