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里親制度で、血のつながらない子どもを養育中。「この子を幸せにしたい」ゆえのジレンマと子育ての喜び

「特別養子縁組」「里親」といった言葉を聞いたことがあるでしょうか。特別養子縁組は、血のつながらない子どもとの間に法的な親子関係を発生させる制度。「里親」は、何らかの理由で実親と暮らせない子どもが、第三者から養育を受ける制度です。先進国ではどちらも一般的ですが、日本ではまだまだ浸透していません。

実の子どもを持つことを諦めた夫婦にとっても、特別養子縁組や里親は、子育てをするためのひとつの選択肢になっているようです。今回は、1年前から里親として5歳の男の子を育てるえとみほさんに、制度や生活のリアルをお話いただきました。

(取材+文:菅原さくら)

子どもを育てていく輪のなかに、私も入りたい

――法律上の親子関係をつくる「養子縁組」と、親子関係は持たずに養育を担当する「里親」。「養子」や「里親」という言葉は聞いたことがあっても、どう違うのかを詳しく知っている人はなかなか少ないと思います。えとみほさんは、どのように「里親」制度を知り、興味を持たれたのでしょうか?

3年ほど前、コロナ禍の時期に夫が見つけてきたのがきっかけでした。私たち夫婦は共働きで子どもがいなかったため、それまでは思いきり仕事をしたり旅行に行ったり、自由な生活を送っていたんです。でも、コロナになってできることがなくなり、家でじっとしている時間が増えた。私はサッカークラブ運営の仕事をしていたため、試合の開催にも大きな影響があり、生活のすべてが宙に浮いてしまったような感覚がありました。そんなとき、夫が「こんな制度があるんだって」と持ってきたのが養育里親の情報だったんです。子どもを育てる暮らしにも興味があったし、まずは話を聞きに行ってみようと、児童相談所に連絡して説明会を予約しました。

――子どもを持つことについては、それまで夫婦でどのように考えていたのでしょうか。

当時は私が48歳、夫が42歳。その10年前に再婚同士で一緒になったときは、結婚してすぐ妊活をはじめました。でもなかなか授からなくて……自分の仕事が大事な局面だったこともあり、不妊治療との両立に悩むことも多かったんですね。どうしても子どもを産みたいのであれば、仕事を辞めていったん妊活に集中しなければならないと感じたものの、思った以上に心身の負担もかかる。お互いそこまでしても「子どもがほしい」とは思えず、いったんは夫婦二人で生きていこうと決めたんです。

ただ、そのタイミングでもじつは一度「特別養子縁組」制度を調べたことがありました。自分たちの子どもが授からないなら、養子をとるという選択肢があるかもしれないと思ったんです。でも「受け入れ家庭は専業主婦じゃないといけない」などと条件がついていて、仕事を続けたい我が家にはマッチしませんでした。もっと調べれば共働きでもOKな制度や団体があったかもしれないけれど、当時アクセスできたのはその情報だったので、そこで養子もあきらめました。

――子どもを持つことに興味はありつつも、なかなか実現ができない状態が続いていたわけですね。養育里親の説明会は、いかがでしたか?

やりがいがありそうだなと思いました。予想と違ったのは、養育里親は「子どもを持ちたい夫婦」ではなく「養育を必要とする子ども」のための制度であること。私たちは「子育てがしてみたい」「子どもが家にいたら楽しいだろうな」という気持ちで話を聞きに行ったんですが、子どもが幸せに生きられるよう私たちが協力をするための制度であり、根本的に思想が違ったことに気づきました。ただ、それまでは「人の親になること」に高いハードルを感じていたけれど、求められているのが「施設の代わりに生活の場を提供すること」なら、チャレンジできそうな気もしたんです。

また、仕事を制限しなければいけない特別養子縁組と違い、養育里親なら受け入れ側はそこまで生活を変える必要がありません。経済的に困窮しておらず、ちゃんと養育する意志さえあれば、独居でも同性カップルでもいいんです。研修を受けて認定さえ取れば、幅広い人が受け入れ家庭の資格を持てます。

――研修はどのような内容なんでしょうか。

座学と実地のトレーニングで「子どもを育てるとはどういうことか」を学びます。おむつの替え方やミルクのあげ方などは、両親教室で習うような内容と同じなんじゃないでしょうか。あとは実際に養護施設や乳児院に行って、子どもたちとふれあう機会もありましたね。施設の方々には「里子に来る子どもたちは、生まれたときから不適切な養育を受けていることが多い。そうした過酷な状況をくぐり抜けてきた子どもたちだから、愛着障害があったり、試すような行動を取ったりすることがある」とは、何度も強く言われました。でも、そのあたりは実際に子どもを預かってみないとどうなるかわからないし、いろいろあってもどうにかなるだろうと考え、里親登録に進みました。

――興味を持ってから登録まで、とてもスムーズに進んでいる印象です。

女性のほうがやってみたいと思っていても、男性が乗り気じゃなくて頓挫してしまうご夫婦は多いと聞きますね。「血のつながっていない子どもを育てられるか不安」と感じる男性が多いようで、パートナーを説得しきれなくてあきらめた……なんて話も聞きました。我が家はそもそも夫が持ってきた話だったので、そのあたりはスムーズだったんです。

――さまざまな人生の選択肢があるなかで、えとみほさんご自身もパートナーも、里親になろうと思った一番の理由は何だったのでしょうか。

一番は、子どもがいる生活を経験してみたかったからだと思います。40代の自分たちはこれから人生の山を下りていくわけだけど、子どもというのは“これから”の存在。いっしょに生活をすれば大変なこともあるでしょうが、夢や希望を与えてもらえたり、いままでになかった楽しみに出会えたりするんじゃないかと考えたんです。完全に、こちら側のエゴだと思います。

ただ、もうひとつは社会貢献……というとちょっと大きく聞こえすぎるかもしれませんが、子どもを社会全体で育てていく輪のなかに入りたい、という気持ちもありました。核家族化や育児中の母親の孤立などが進むいま、虐待やネグレクトが発生してしまうのは、個人ではなく社会の問題じゃないかと思うんです。日ごろ、子どもがかわいそうな目にあうニュースなどを見ると「うちに来たらちゃんと育ててあげるのに」とやるせなく思うことも多く……ちょっとでも、自分にできることをしたいと感じました。

里子と暮らす日々が与えてくれたギフト

――登録以降は、どのような流れで進んでいくのでしょうか。

まず、登録をしても里子が来るか来ないかはまったくわからないんです。ずっと来ない家庭もあれば、5年後くらいに突然依頼されるケースもあるそうで、ある意味今後の予定がなにも立たない日々が続きます。とくに、引っ越しがしづらいのに困りましたね。里親は都道府県ごとの認定なので、都道府県を超えた転居をすると、すべて最初からやり直しになってしまうんです。我が家が登録したのは当時住んでいた県だったのですが、なかなか里子委託の話が来ないうちに転職が決まり、東京に引っ越す可能性が出てきました。そこで「もしこのまま委託がないようなら、夏に東京へ引っ越そうと思っているのですが……」と相談したところ、直前の7月に急転直下で「こんな子がいるので、里親さんになってもらえませんか」とお話をいただき、引っ越しをあきらめたんです。

――養育予定のお子さんが決まったあとは、いきなりおうちにやってくるのですか?

最初は、ちょっとした面会や交流からはじまります。施設に行って直接お話したり、日帰りのお出かけをしたりしながら、児童相談所の職員さんから「あの人があなたの里親さんになるんだよ」と伝えてもらい、子どもが受け入れてくれるのを待つんです。紹介されたのは当時3歳の男の子で、こちらとしてはすぐにでも預かりたいと思ったのですが、そのあたりはとても慎重にマッチングしているようでしたね。子どもがもっと大きくなって自我が確立していると、さらにその調整が難しくなるケースも多いようです。我が家の場合は何度かお泊まりなども試したあと、大丈夫そうだということで本委託が決まりました。でも、受け入れまでのトライアル期間は、とても楽しいことばかりだった記憶です。

――お子さんのほうはどんなご様子でしたか?

0歳で保護されて以来、親元や乳児院、グループホームを行ったり来たりしていた子どもだっため、やっぱり環境の変化を大きく感じているようでした。最初のうちはわざと私たちの嫌がることや怒られるようなことをして、その愛情を試すような行動が見られることもありました。でも、それは事前の里親研修でよく聞いていた内容だったので、こちらはあまり過剰に反応せず、落ち着くのを待ってから抱っこしてあげたり、きちんとお話したりするようにして。2ヶ月くらい経つと、そうした行動も徐々に落ち着いてきました。

――望んだこととはいえ、生活のなかにいきなり幼児が仲間入りするのは、えとみほさんご夫婦にとっても大きな変化だったと思います。

生活のペースは完全に子どもが中心になりました。幼稚園の送り迎えをするだけでも大変で……リモートワークがスタンダードになっているいまだからこそなんとかなっているけれど、コロナ前の親御さんたちはみんなどうやって育てていたんだろうと思いましたね。

ちなみに経済的な側面でいえば、国から子どもの生活費として月5万円、養育委託の報酬として月9万円ほどが受け取れます。ただ、子どもが大きくなっても額は変わりません。部活の遠征や修学旅行、留学、高校や大学の学費などがかかる年頃になってくると、補助される費用だけでは足りなくなってくると思います。

――気持ちの面ではいかがですか? 子どもとの暮らしは、ご夫婦にどんな感情をもたらしていますか。

仕事以外の張り合いができたのは、とても大きい変化だと思います。私も夫も仕事が好きで働いているけれど、仕事と同じくらいかそれ以上にプライオリティの高いものを持つというのは、これまでにない経験でした。子どもを育てることで、人生が変わったと思います。それは、ご自身の子どもを産んで育てている方と変わらない感覚なんじゃないでしょうか。

ただ、自分が子育てを通じて素直にそう思えたのは、年齢の問題も大きいように感じます。やりたいことがたくさんあった30代に、仕事を道半ばにする可能性をはらみながらも里親ができたかと問えば、たぶんできなかった。いまは50代になり、仕事もある程度納得できるところまでやれたというか……若いときのように仕事一筋じゃなくてもいいと感じる瞬間が増えてきました。コロナ禍で一度立ち止まり、自分の人生をゆっくり考え直す時間があったことも、大きく影響しているでしょう。いまだからこそ里親となったことで、こうして大きなギフトを受け取れているのかもしれません。

実の親の権利が強いことで悩む場面はある、けれど

――子育てによって得難い経験ができる一方で、実子ではないがゆえの難しさもあるのではないかと思います。日ごろ養育をしていて困ることはありますか?

実親さんの意向によって、できないことが出てくるときは困りますね。養育里親は特別養子縁組と違って、育てている子どもとの法的な親子関係が発生しません。どれだけ子どもと絆が築けていても、法的には「委託を受けて育てているだけ」の間柄。親権は実の親が持っているため、日常生活のさまざまな局面で、実親さんの意向が優先されるんです。たとえば、ワクチンの予防接種やケガ・病気の手術をするかどうか、私たち里親が判断することはできません。よっぽど緊急の場合は別ですが、基本的には事前に実親さんの承諾が必要になります。そもそも、実親が「もうあの里親には預けない」と言うだけで、子どもは私たちの元を離れていってしまうルールなんです。

――いま現在育てている里親ではなく、距離があっても実親の意向が優先される仕組みなんですね。

日本は非常に親権が強い国なんです。虐待の通報は年間21万件もあるのに、親権が剥奪されるのは年間100件ほど。よほどのことがない限り、子どものすべてはずっと親が握っているといえます。幼いころにひどい虐待をしてきた実親が、中高生になった子どもを施設から戻し、児童手当だけを受け取ったり働かせたりする……なんて話も聞くことも。里親として社会的養護に関わるようになり、そのあたりのルールはとても歯がゆく感じますね。

――えとみほさんは、どうやって気持ちの折り合いをつけているんですか?

ある日突然いなくなってしまうかもしれない子どもを、自分の子どもとして育てていくのは、たしかに大きな覚悟が要ります。でも……そういうものだと無理やりにでも割り切るしかない。私たちの役割は、あくまで子どもがここにいる間、安心できる場所をつくってあげること。先の不安を考えるとつらくなってしまうだけなので、子どものためにいまできることを親として最大限にやってあげる、という姿勢を大切にしています。

――特別養子縁組は条件の厳しさがありましたが、養育里親にはまた別のジレンマや苦しさがありますね……。

ただ、委託期間は基本18歳までと決まっているため、その期限を過ぎても親元に戻れない場合は、そのまま里親の元に残るケースも少なくありません。令和4年に児童福祉法が改正されて、これまで以上に児童を保護する際、子どもの意見を聞くことが求められるようになりました。子どもが意見を言いやすくなるようにサポートする「子どもアドボカシー」なども始まっており、この調子でもっと子どもの意見が尊重されるようになったらいいなと感じています。私たちも葛藤はありますが、最終的には子どもがどこで暮らしていても、本人が幸せならそれでいいと思っています。

――えとみほさんが、お子さんのためにさまざまな考えを巡らせていらっしゃるのが伝わってきます。

養子や里親の話は「子どもができなかったときの選択肢」として語られることが多いけれど、そもそも養子と里親は本当に全然違うんですよね。だから自分の子どもを育てたい人は、できれば早い年齢のうちに妊娠を考え、アクションを起こしてほしいなと思います。特別養子縁組にも、子どもと親の年齢差を原則45歳までとしている団体がほとんどのため、不妊治療をギリギリまでしてから決断する……では遅いかもしれない。だから、想像しているよりも少し早めにいろんなことを考えて手を打ったほうが、親になりたい人は後悔をしないで済むように思います。

その点、養育里親制度にはこれまでお話してきたようなジレンマはあるけれど、年齢制限がありません。ご自身の子どもを育て終わった50代60代の方々もいらっしゃるし、私たちのように子どもに恵まれなかった高齢夫婦でも役に立てるチャンスがあります。もし興味を持たれた方がいたら、ぜひ自治体や児童相談所の説明会に参加してみてほしいです。

子どもは本当に、こんなにかわいい存在があるのかなと信じがたくなるくらいかわいいです。言うこともいちいち面白くて家じゅう笑いが絶えないし、夫婦の会話もぐっと増えました。あきらめていた子育ての喜びを味わわせてもらえて、とても幸運だと思っています。大人ではなく子どものための制度だし、いつか突然いなくなってしまう可能性はあるけれど……やっぱり、私たちのほうが大きな喜びをもらっていますね。


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