ギターを手放した
ギターを手放した。
長年それが占拠していた場所は、最初から何もありませんでしたよとでもいうようにガランとしている。
還暦過ぎて少しずつ不要品の処分を始めている。
先日は大きなフランス人形を手放した。
今回はギターだ。
次男が中学生の時に買ったアコギだから古いっちゃ古い。
次男、たまに長男、のちに長女が使って、その後私が譲り受けた。
いや~これでもお母さん昭和フォークに世代だからさ~とか言いながら、
耳コピ曲を自己流で弾いていた10代をを思い出して、久しぶりにジャカジャカすんぞ! などと張り切ったのは数回だけ。
指が、いうことを聞かない。
FどころかCもG7もまともに押さえられない。
握力の低下、加えてバネ指。
あはは、あはははは。
これが老いというものだ。
それでも毎日練習でもすれば、少しは形になっただろうに。
もう若い頃のような熱はない。
ギターはその後、飾りのように壁に吊された。
いや、弦さえ張り替えたら。
いや、老化防止も兼ねて練習さえすれば。
そんな未練たらしいタラレバを振り切って、今回やっと処分に踏み切った。
あかるい店内で見る我がギターは、
弦が錆び錆びで
ネックが反ってて
細かい無数の傷がある、疲れた中古楽器だった。誰だこの子。
店の人は申し訳なさそうに、ジャンク品になるよりはマシ、という額を提示してきた。是非もない。私はあのギターを楽器として愛でてこなかったのだから、文句など言う資格、あるもんか。
家に帰って、がらんと空いた壁を見る。
かつて子どもたちが弾いた。
私も青春時代を思い出して遊んだ。
もっと早くに手放すこともできたのにそれをしなかったのは、
私の思いきりの悪さ故か?
子育て期へのノスタルジー故か?
あはは。あはははは。
子ども達はとっくに成人してそれぞれの道を歩んでいるというのに。
さて、明日からも片付けはまだまだ続く。
今日は呑もう。呑むったら呑むぞ。
失った「なにか」に献杯するんだい。
(初参加でフライングですが #呑みながら書きました )