画面の前で着替えられないけど命の母ホワイトは飲める

YouTubeに「くいずのっくと学ぼう」なるチャンネルがあり、勉強ライブという動画を配信している。ひらがな表記は検索よけで正しくはアルファベット、あのクイズ王のくいずのっくのチャンネル。勉強ライブは毎回団体のメンバーのうち1人か2人が1時間机に向かって作業をしているだけなのだが、それを流しながら勉強をすると不思議と捗るので最近ライブアーカイブや過去動画にお世話になっている。

これらの動画にはポモドーロテクニックなる勉強方法が採用されており、それというのは25分作業につき5分休憩を一セットとして繰り返すというもので、1時間の動画は25分の作業時間×2の間に5分の休憩を挟み、前後なんやかんやちょっと喋るので大体1時間、といったスケジュールで構成されている。

この5分間、ただ休んでいるわけにもいかないのが一人暮らしの社会人。わたしはこの5分間の休憩時間を洗濯物を干したり洗い物を片付けたり掃除機をかけたりするのにつかっている。あるいは仕事まえに勉強をするときは、この時間を使って身支度を整える。ある5分で着替えをし、次の5分で顔をつくり、また次の5分で髪を巻く。そうして2時間ほど勉強をしてから出社する。勤勉な社会人。わたしはかなり勤勉な社会人だと思う。

そしてこの着替えをする5分間、わたしは必ず隣の部屋に移動する。
画面に人が映っているからだ。画面に人が映っているとき、わたしはその前で着替えをすることができない。それが映像だとわかっていても、そこに映る人の目にこちらの姿が映っていないことがわかっていても、どうしても「見られている」気持ちになるから。同じ理由で邪魔だなぁと思っていてもテレビがついている時は前髪を括らない。あと写真集やポスターを部屋に飾ることも絶対にできない。人に見られて眠る生活なんて嫌すぎる。その、架空の「見られている」気持ちを無視することができないのだ。

ところが先日あることに気がついた。
わたし、この画面の前で命の母ホワイトを飲むのは平気だ。

命の母ホワイトとは、生理前の痛い辛いしんどいみたいなものを取っ払ってくれるありがたい薬だ。命の母ホワイトの存在やパッケージを男性がどの程度知っているものなのかを全く知らないが、でも職場で堂々と飲むかと言われればそれはしない。生理ですよって言っているようなものだと感じてしまうし、わたしはそれを好まない。

くいずのっくという団体の男女比はわからないのですが、少なくとも「くいずのっくと学ぼう」の勉強動画に出演しているメンバーは全員男性だ。どの動画を再生しても男性しか出てこない。であれば、わたしはこの画面の前で命の母ホワイトを飲まないはずだ。現実的に男性が目の前にいる状況で命の母ホワイトを堂々と飲むことはあり得ないのだから。

しかし、わたしはこの画面の前で、5分休憩中に、かなり平然と命の母ホワイトを飲んだ。そして、なんならそこにちょっとした優越感こそあった気がする。優越感?何に対する?
それは、生理を経験しない「男性」という性についての優越感だった。くいずのっくというのは主として東京大学に通っている、または通っていた、人間が所属している団体なのですが、わたしはその時命の母ホワイトを飲みながら、この人たちがこれまでの人生で机に向かったであろう数えきれない時間や真剣に受験勉強に取り組んだ日々を思い、しかしそのどの瞬間も決して生理ではなかったことを思った。いま自分のお腹が痛いこと、それでいて薬を飲みつつ勉強をしようとしているということの美しさ、学ぼうとする姿勢、目の前の知識や学問、あるいは勉強するという行為への純度の高い愛情を感じて、しかしそれをこの人たちは決して同じやり方で証明することはできないのだ、と感じた。そして、その瞬間はそれを悲しいことのように思い、わたしには生理が来ることをあるいは誇らしく思いながらその画面の前で平気で命の母ホワイトを飲んだのだった。

もちろん、実際に彼らが目の前にいたとすればわたしはそうは思わないだろうし、目の前で命の母ホワイトを飲むこともしないだろう。「画面を通じた視線」という曖昧なものに晒されている状況だからこそ立ち現れた感情だったように思う。実際、別に男性に生理が来るだとか来ないだとかについて普段からなにか感じているわけではない。無論男性が生理を経験しないからと言って、勉学に対する姿勢や実績が損なわれるものでもない。わたしは確実にそう思っているし、生理に対する不満もない。
ただ、そのときは確かに、そうした類の優越感を感じていた、というだけのことだ。だけのことだけど、それは確実に、本当に確かなことだった。


最後に書いておくけど、わたしがであるだとかですますだとか文語だ口語だをまぜこぜで書いているのは自覚を持ってその上で自分の表現として心地が良くあるように選択した結果です。まるくもしかくくも整っていない心地よさだけでお送りしている自分の書く文章がわたしは自分で大好きなので。そこんとこよろしくお願いします。


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