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記憶は実在するか (2)

 東京高速道路の土橋入口から日比谷・赤坂方面の20時の流れる夜景。高層ビル群の航空障害灯の赤いランプがゆっくり点滅しているのをロードスターの車内から見て都市がまるで大きな生き物のように呼吸した日は映像的に鮮明に記憶している。

朝か夜か夢か現実か境界が曖昧になってる時だけ生きてる感じがした。何もかも忘れてしまうけどそれは祈りに近く古い記憶に接続できた時全部の境界線が曖昧になって新しい現実が滲み混じり合って溶け出した。散歩しながら何を考えていたか記憶が無く抜け落ちていて夕景が好きだったこととiPhoneで撮ったという事実だけがぽつねんとある。

暗澹とした記憶から季節が何回か巡って辿り着く場所はどこだろう。自分の記憶はいつも頭の中で写真や映像のように圧縮・解凍・再生される。けれど、でも、そうできるものは多くない。

「人生には喪失と困難がつきもので、危機に瀕したときの情動はすべて扁桃体に関わるようだ ___________圧倒的で、気づかぬうちに起こり、おそらく制御できない。

『記憶は実在するか/ヴェロニカ・オキーン(2023)」』

なにもかも忘れてしまってふとした瞬間に古い記憶映像が再生される。記憶と想像の境界が曖昧で接続の方法はわからない。どうしても素晴らしい瞬間より喪失のほうが記憶に残る。それでも、誰かとの再会や未だ見ぬ場所へ行った時の感動を記憶しておきたい。きっとそれは、来た道を振り返った時に、他人と自分を繋ぐ唯一のものになるから。

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