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四ツ橋と道頓堀五座(大阪市及附近 営業者紹介地圖)
さて、大正三年(1914年)の地図の四ツ橋。四つの橋が確かにありました(ただ、吉野屋橋が吉野橋になってますが!)。
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そこから下って道頓堀沿いをたどると、西から「浪花座」「中座」「角座」「朝日座」「弁天座」の文字が見えます。これが道頓堀五座!「道頓堀は日本のブロードウェイ」と書いてあるものも目にしたことがありますが、道頓堀は芝居のまちでもあったのですね。
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ん?ここで疑問が…Wikiによると、ブロードウェイが「劇場街としてエンターテイメント産業が隆盛を誇った」とする記事は1902年に出ているとか。道頓堀五座は江戸時代から…。つまり、
「ブロードウェイはアメリカの道頓堀」と日記では訂正しておきます(笑)
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