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境界線を踏み越えられてきたこと

機能不全家族で育ってきた人は小さい頃から自分の意志や感情を出すことを禁止されていることが多い。常に親からの圧に押され自分を殺してきた人が多いのではないだろうか。
自分殺しがどのように子供に影響するかは人それぞれだと思うが、私の場合は感情麻痺と解離性健忘になった。健忘なので当時あった出来事や自分の気持ちさえもケロリと忘れてしまっている。だからこれから話すことはきっと事実と微妙に違っていることになるだろう。今の私が過去を振り返ってひねり出し分析するのだから。

昔、私は息を殺して生きてきた。自分の部屋に1人でいる時だけが唯一心が休まった。誰にも見られていない1人の空間。
だけどもそれがずっとというわけではない。階下から足音が聞こえば母親か父親のどちらの足音か耳をそばだてる。ノシッノシッとゆっくりなら父親だなぁ、ズンズンズンッとせっかちなのは母親だなぁ、と。そしてその足音が近付いてくるのか遠ざかっていくのかを聞き届けるまで緊張は続いた。遠ざかるとホッとし布団から顔を出す。近付いてきた!と気付いたらバッと布団から出て机に向かってるフリをする。そうして緊張はピークに達する。母親ならノックをせずいきなり引き戸を開ける。父親ならコンコンとノックがある。
そこから小言が始まるか何かを持ってきてくれたり色々始まる。それ以降のことはあまり覚えていない。ただ足音の雰囲気でこれから起きることを察そうとしていたように思う。


話は変わるが境界線(バウンダリー)の話をしよう。
境界線にはいくつかの種類があるらしい。
・物の境界
・時間の境界
・価値観(思考)の境界
・身体の境界
・感情の境界
・責任の境界
・性の境界

うちの家族はどれが多かっただろう?


上記のエピソードの状態に加えて母親は私の部屋に勝手に入ることがあった。何を監視されてたのかを見つけることは出来なかったがたぶん色んなものを見られていたのだろう。

高校生の時に短期留学に行くことになった。留学から帰ってきたら母が私の部屋にいた。勝手に部屋の掃除や片付けをしていた。ビックリして「何してん?!」と声をかけたら「帰ってきて綺麗な部屋やったら気持ちいいやろぅと思ってアンタのために掃除したってるんや!お礼くらい言いなさい!!」と。お礼も何も最初から頼んでないし部屋が綺麗になってるかよりも自分の部屋に勝手に入られていることが嫌で嫌で仕方がなかった。とはいえそこでNOや怒りを伝えると100倍返しなので黙らざるを得なかった。そうして自分のパーソナルエリアを踏みつけにされ侵されていった。

実家にいた時は境界線なんて概念が存在していなかったし「母のものは母のもの、私のものは母のもの」だった。
唯一母に奪われない汚されないと思ったのは、自分の気持ちを言葉として発することだった。様々な暴力でヘロヘロになっている中「口を開くか開かないかは私に残された最後の砦だ」と思っていた。そこまで追い詰められていた。母が「アンタはどうしたいの!はっきり喋りなさい!」と口を割らそうとしてきても話さなかった。本音を言っても母には理解する頭はなかったし言ったところで即座に人格否定とセットの言葉でこき下ろされる。NOを言うと更に暴力が増える。母の意図することや母の範疇内で想像できる範囲の答えしか認められなかった。

もう1つ境界線の話で言うと。
今年私は大阪市内に引っ越した。母親には黙って。ゴールデンウィークを跨ぎ住所非開示の手続きをした。手続きをする時「ここまでやる必要はあるのか」と迷ったし、警察署で母のことを話す時にちょっと大げさに盛って話をした。盛ったのは何故かと言うと、今すぐ親が自分を殺しに来る・金をせびりに来る…みたいな事態が起きる可能性がないと届けを出すのが難しいと言われたから。私はどちらの事態でもないけれど母親が住所を知って家の前で待ち伏せされるのは私にとってとてつもない恐怖なんだと言った。他にも過去の暴力などを聞かれた。実際ハッキリとは覚えてないからこれも少し話を盛った。
この手続きで具体的にどう住所非開示されないかというと。
①住民票は本人しか確認できない
②戸籍謄本の附票から住所を辿れるらしいがそれも本人しか開示できない
これを元々住んでた市と今の区で有効にした。但し1度設定したからといってずっと有効なのではなく【1年更新】になる。
私は手続きを親友の誕生日にしたので彼女の誕生日が来る頃に再更新せなあかんなって思うようになるんだろう。
だからといって絶縁してるわけではなく電話番号とメールアドレスは残している。(もちろんLINEはブロック)

母と私の境界線。
これまであまり意識したことがなかったけれども(無自覚に刷り込まれていた)、ずっと昔からあったし私は私でその時精一杯自分を守ろうとしていた。もっとあの時反抗していれば…とか他にできることあったのではないか?と思ったりもする。だけどあれが当時の精一杯でその時のベスト1な選択だった。そう思うことにする。

ただ自分を守ることに精一杯だった。だけど守りは(ほぼ)万全でも無遠慮に入ってこられることに対してはどうしようもできなくて。
最近は私が友達の境界線を越えて横柄な態度をとることもあった。境界線を踏み越えられることばかりに警戒をしてたが踏み越えることもあるのだなぁと反省した。どこまでがOKなのかどこからがNGなのかの判断基準が曖昧だ。なるべく意識をしていきたいとは思ってるが先は見えにくい。
浅い人間関係では言動を控えたり行動を控えることできっと境界線は保てるだろう。だけど深い人間関係になった時にわからなくなる。
境界線を踏み越えたやらかしなのか、それとも相手を信頼して【安全基地】だと信用して踏み込んだことなのか。

次回のnoteではこの【安全基地】について話します。長々読んでくださりありがとうございました(*´∀`*)

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