コミュ力回復第一次計画

こんばんは。名前は代名詞になりました。抽象度アップで身バレ危険度も低下、万々歳だ。

日頃大好きなTwitterをやっていると、コミュニケーションとは何なのだろうかみたいなやりとりが目に入って、やっぱTwitterは良いですねと思うと同時に、自分がどうしようもなくコミュニケーション能力(以下コミュ力にします)が低かった時を思い出す。
今の自分をリアルで知っている人やTwitterのスペース等でお話したことがある人に、僕のコミュ力が低かったと話をしてもまるで信じてもらえないのだが、高校生の頃は本当に低かった。今回はその当時の話と、どうやって多少はマシにしたかを話そうと思う。


一言にコミュ力が低いと言っても当然のことながら色々な要素がある。自己評価でコミュ力が低い思う理由は、例えば相手の話になんてレスポンスすればいいかわからないだったり、どんな話題を出せば盛り上がれるかわからないだったり、うまくオチをつけて話せないのような、言葉のやりとりの面で困っているという話を僕はよく見かける。確かに、これがうまくできる人はコミュ力強者であり、世の中でうまくやっていけるはずだ。その強者になるためにどうすればとコミュ力に悩む人も多いかと思うが、僕のコミュ力の困り具合はその水準で悩める域に達していなかった。
僕は対人コミュニケーションにおいて、目線でつまずいていた。人と目を合わせるのが怖かったのである。つまり、他人の眼を見て話ができないタイプのコミュ障だった。

たかだか人の眼を見れないぐらいでなんだ、そんなもの大したことないだろうと思う方もいるかもしれない。それは幸福なことなのでそれはそれとして、できない側の言い分も聞いていただきたい。要は2倍疲れるんだという話で、本来は話をするために割くエネルギーだけで十分なものが、他人の目線を気にすることと自身の目線をどこに置くかということにもエネルギーを使う必要が出てくるため、考えなくてよい人と比べると効率が悪くなる。
なおかつ、この割り増しエネルギーは話をするためのエネルギーと同様に、どれが正解なのかはわからないのである。一度詰まると、本人の中では際限なく膨らんでいくのだ。
先の幸福な方は、目線をどう扱うかについて、それがうまくできない人に具体的なアドバイスはできるだろうか?慣れろか眉間を見て話せ以外は難しいのではないかと思う。こんなもの、なんとなくでエネルギーを使わずに対応するものだから当然である。舌の位置はどこですかと同じ話だ。意識してやることではない。

そんなわけで、考えなくてもいいことをどうすべきかで悩む羽目になった結果、元々高くないコミュ力がデバフ付きで出力され、その低めのコミュ力しか使う機会がないために更に感覚がわからなくなってデバフが乗算されるというような負の連鎖に陥っていた。一番酷いときは、小学校から一番仲がいい奴と話すときも眼を見て話ができない有様だった。僕は壁としか見つめあって話ができなかった。思い返せばこのころから兆候はあったのか。壁、お前とは本当に長い付き合いだったんだな。

そんな状況で、流石にこのままでは人と話せなくなって人生詰むなと思ってなんとかしないといけないなと思うようになった。高校1年生の冬である。なんで高校入ってから半年以上もそれで大丈夫と思ってたのかはわからないが、コミュ力とはそういうものだ。明らかに嚙み合わなくなるまでは問題ないと思っている。本人にとっては、それは適切なコミュニケーションのつもりなのだ。だから世の中では、まるで決裁版が宙を飛ぶようなことが起きる。あ、これはもちろん比喩ですよ。

とりあえずサバイブしようと決めたは良いものの、下がりきったコミュ力は悪循環から抜け出せずに空回りばかりしていた。そんな時、2chまとめサイトめぐりをしていると、「コミュ力あげる方法教えるわ」みたいな名前のスレッドを見つけた。スレ主が言っていたのはすごく単純なことで、コンビニとかで店員の眼を見てありがとうを言えということだった。今考えれば非常に含蓄のあるアドバイスであることがわかるのだが、当時ピュアボーイだった自分は深く考えずにとりあえず鵜呑みにして、店員挨拶を実践し続けた。頑張って相手の眼を見て言った。

結果、時間はかかったものの効果は抜群だった。要は、習うより慣れろの話で、それを役割が固定されていてその場限りの相手とやれということだった。考えることを極限にまで削り、数をこなすことで効率化させる。それが無意識でできるようになってエネルギー消費が少なくなくることでリラックスできるようになり、コミュ力に目線というデバフがかからないようになれた。本当に助かった。これができていなければ今より人生拗らせてた。
そのことに感謝し、今でも欠かさずに店員さんには眼を見てお礼を言うようにしている。僕の中で、これは礼儀ではなくもはや日々のおまじないになっている。

さも努力したんですみたいなノリで書いてはいるが、この話はせいぜいデバフが1つ解除できただけのことで、コミュ力にバフは乗っていない。大したことはできていない。1つ目のきっかけだったという話だ。コミュ力強者にはなれなくても少しでもマシにするために他にもやったことがあるが、それはまた別の機会に書く気になれば書きます。
第一次計画はデバフを1つ取り除きにいきましたという話でした。

ダメな時のコミュ力低いエピソードを書くかと思い返していたんだけど、自分が返しで「あ、そっすか…」以上のことを言えてなかったので話にすらならなかった。
「誰かと誰かとが会わないと話にならないだろうが、物語にならないだろうが」という僕の好きな神原さんの言葉があるが、コミュ力が低い場合は例外もあるんだなと思い知って悲しくなったという話をオチにして、今回はここまでにしようかなと思います。

それではまたお会いしましょう。

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