会話

コミュ力に困ってきた人間の、会話について思うところを感想として書いてみた。単なる愚痴や嘆きともいうのだけれど。時間を無駄にしたい人は読んでみてください。


会話のような、双方向によるコミュニケーションは、それが程よく行われることが心地よいのは誰にとってもそうで、例に漏れず僕もそうだ。雑談なんかなら特にそうだ。
だから、誰かに話を聞いて欲しいなと思って会話をすることもあるし、ある人に話を聞いて欲しいと思って会話をすることもあるし、あの人の話を聞きたいと思って会話をしにいくこともある。
そこで心ゆくままに会話を楽しめれば良いのだけれども、現実は中々そううまくはいかない。
少なくとも、僕は会話には苦労した(というか今もしている)

それは何故か?僕の感じたことを話すと、自身が話したいことやわかってもらいたいことと、相手が聞きたいこととの間には、断絶があるからだ。例えば、愚痴と面白い話のように、誰にとって望まれている会話かを考えればイメージしてもらえると思う。

では、僕はこの断絶を理由に会話を諦めたかと言うとそんなこともなく、何とかして会話に参加しようとした。断絶を埋めようとした。
それには2種類の方向性があると思っていて、簡単な方が相手に合わせることで、難しい方は相手に合わせさせることだ。
具体的に言うと、自分が話を促す聞き手に回るか、相手が聞きたいと思う魅力的な話をするかだ。
話をする相手との関係性にもよるけど、だいたいの会話はその役割が往復しつつうまいことやっているものだと思う。僕はその気になっている。

ここがうまく機能すれば互いにとって楽しい会話ができると思うし、一方で、片方が多く負担したと感じると、それは会話を楽しみきれないことに繋がると思う。

では、僕自身がどうやっているのかと言うと、意識して話を促すような聞き手をやっている。
これは、僕が日頃やる会話は全く面白くないと言うわけでは全くなくて、単に自分が話すのが下手くそだと言う理由だ。僕からすれば、自分が話をするよりも、人の話を聞き手として聞く方が会話を楽しめる(話が上手いと思ってもらえることもある)からこうしている。
なので僕なりに楽しんでいるので、変わらず皆さんの話を聞かせてください。


話を戻しますね。

要は、僕は自分なりに会話がやりたくて、その参加の役割として聞き手を使っているというわけだ。
そして、聞き手の役も話し手の役と同様に、その時々によって切り替わるものだと、当然心得ている。2人でも、それより多くても同じだ。
ちょうど、全員が同時に話し手になることがないように、全員が同時に聞き手になることもない。特に何もなく静かに話を聞く人もいるのは当然で、その席も尊重されるべきものだと僕は信じている。
だから、自分から他の誰かに聞き役のお鉢が回ったと感じれば、僕は聞き役をきちんと降りる。静かに話を聞く。
会話はみんなでやるものだという意識もあるけど、話し手と聞き手が固定された場は、僕にとってはたまらなく苦痛なのだ。話し手が静かに話を聞く人にへの敬意を払うのと同様に、聞き手だって静かに話を聞く人に敬意を払うべきなのだ。少なくとも、僕はそれを自分に課している。

…と言うように、あたかも自分が丁寧な会話を心がけていますアピールを散々やってきた。
結局何が言いたいのかと言うと、要はそれをやらない人が面白くないと言う話だ。愚痴である。

自分が話し下手だったけれど、会話をやりたいと思って聞き手を利用しつつ、会話をやってきた。
そんな中、さして話を聞いてみたいと思わない人から、自分が話したいだけと言う理由だけで延々と聞き手や静かに話を聞く人をやらされることは、僕にとっては耐え難い苦痛なのだ。だからそんな人とは話はしない。僕は会話がしたいんだ。

僕の心境を理解して欲しいとは言わないが、僕はこういうスタンスでいる。
会話は双方向なものだ。一方的な承認を得る行為だと僕は思わないから、その役は僕はやらない。だから、そういう人とは会話はしないが、あくまでそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

誤解のないように書いておくと、話し手が僕の興味がある話しかするなというのではなく、双方向であれば良いのだ。
話をするときでも、僕がボケてスベったとすれば、おいお前スベってんぞというレスがあれば良くて、ウケる話をひたすらやる必要がないのと同じだ。相手にとって必ずしも良い話でなくて良い。
自分語りでもボケでもどれだっていいが、一緒に会話をやって欲しいのである。その限り、僕はそれなりの聞き手をやることはお約束する。

とまぁ、僕はこういうことをされるのがは好きじゃないという一言のためだけに、ワーワー書いてきた。
言ってることがメチャクチャだ!とか、お前言ってることがまるでできてねえよ!のような指摘もあって然るべきだ。
あくまでも心掛けているだけで、できているとは言っていないし、何より、そう言う指摘があることこそが会話らしいと思うんだよね。(できてなければもちろん謝りますので、どうか謝らせて欲しいです)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?