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【短編小説ちょっと大人向け】女の市場価値

物心付いた時に 父と呼べる人はいなかった

母はカウンターだけの小さなスナックをしていて
そこに来る常連の男とよく出かけていた

私が15になる前の夏
その男と出て行ったっきり帰らない

スナックのある歓楽街には
風俗の店も多かった

女が金で買われていく様子は
私の中では普通の感覚

私の処女を売ってみよう

何の資格も特技もなかった私は
自分の処女をオークションにかけることを思いついた

馴染みの風俗店の支配人に相談して
秘密裏にイベントを企画してもらう

口コミで入場券はどんどん売り捌かれ

当日の夜、満席の会場は異様な熱気に包まれていた

元の形がわからなくなるほどの厚化粧を施された私は
胸元が深く開いた黒いミニのドレスを着て
ガーターベルトをわざと見せるようにストッキングを履いていた

この店のオーナーの奥さんが貸してくれたルブタンのフェイクハイヒールで転びそうになりながら

スポットライトのあたる壇上にあがると

背もたれが孔雀の羽のように広がった籐椅子に座り
落札の行方を見守っていた

ハンマーがカンカンと鳴り響く

「5万!」

「10万!」

瞬く間に値が釣り上がる

たった一晩の処女を買うために
男たちが躍起になっている姿はどこか滑稽にも思えた

15になる前だから

今だから売れるのだ

しかも一度きり

売春する女たちは、歳をとるのと反比例して価格が下落する

ある店の30過ぎたお姉さんは

「物価がバンバン上がってるのに 何で私たちは20年前より価格がさがってるのかしらねぇ」と不思議そうに天井を見つめていた

近頃では組織に属さない女たちが独自にウリ行為をしている

病気の検査もしていない女たち
何の後ろ盾もない女たち

男がシャワーを浴びている間に財布を抜いて逃げ出す女もいれば
金の払えない男に殴られてホテルに置き去りにされる女もいる

そんなリスクを顧みることもなくウリを続ける女たちも

多くが普通の結婚をして
普通の主婦になっていく

「お小遣いが欲しかっただけ」
「自分にいくらの価値があるか知りたかったの」

…あなたがリアルに知っている人たちの中にも
きっと何人も紛れているはず

カカカカカーン!

「1000万!」

ほんの一瞬静寂に包まれた会場は、次の瞬間 室温が上がるほど大きくどよめいた

ハンマープライスを大きな声でアナウンスしたオークショニア気取りの支配人は

ある男に向かって右手を差し出した

初めて見る顔

でも

その男の持っていたステッキの紋章には見覚えがあった

私は、恥じらいを装いつつ
籐椅子からゆっくり立ち上がり

深々と男に向かってお辞儀をした

「アンタも 好きねぇ」と呟きながら…

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