20220603

公共交通機関は目的地まで寝ていても事故を起こさないから良い。自家用車ならそうはいかない。ちゃんと目覚めきってハンドルを握りペダルを踏むべきだ。
雨が降ると聞いていたのに晴れている。
バスの中で爆睡していると、右腕の方に熱気を感じた。
日光の温かさではない。
体温だ。
隣に座っていた人の体がこちらに持たれかかってきていた。隣の人も、寝ているのだ。
右腕が緊張する。このまま、その頭が自分の肩に落ちたらどうしよう。いや、どうしようも出来ないのだが。目を開けるのも悪い気がして、寝たふりを続ける。人間の体温てこんなに熱かったのか。バスが曲がったり止まったりして、隣人も覚めようと試みるのかたまに体温が遠ざかっていく。けれど、やはりこちらに近づいてくる。指1本、まつ毛1本たりとも動かせなかった。来るか、来ないかの動きが何回かあったのち、──
肩に、何かが触れた。頭であろうことは分かった。小さい。うつらうつらしながらだから、そんなにこちらに体重はかかっていなくて、隣人の髪のやわらかさだけが感じられた。
来た!と思った。緊張のピークだ。もはや自分は、鳥の雛を預かったも同然だった。絶対に自分から起こしてはならない。かつこの隣人が起きた時に、恥をかかせてはいけない。お互い寝ていて何も無かったですという体を貫かなくてはならない。おい隣人!疲れているんだろ、よく眠れ!
そうして、隣人は相変わらずうつらうつらして、おそらく1度2度気がついて体勢を立て直すもまた自分の肩に接触する形となった。もう一度体温が遠ざかってからは、もう二度と近づいてくることも無く、起きたのかもしれないが、目を開けずの誓いを立てているから確認できない。
「すみません」と声をかけられる。今起きましたよという顔をしてみると、隣人だった。降りるからどけと言うことらしい。
日常のどんな所にもスリルが潜んでいる。もう隣には誰も座っていないけど、右腕だけ熱かった。

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