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§3 音名と階名の罠           お箏を弾く人のための「初めての楽典」   

今回はまず3種類のメロディを聞いてください。

おなじみの「さくらさくら」です。

1番目の「さくら」の楽譜を見てみましょう。

この五線譜の音を読んでみましょう。

「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」

これならひとつめの動画に合わせて音の名前で歌えますね。

2番目はどうでしょう。

「ソ・ソ・ラ__ ソ・ソ・ラ__ ソ・ラ・シのフラット・ラ・ソ・ラソミのフラット__ 」

これは動画に合わせて歌うのは難しい。しかし、ここでちょっと考えてみます。1番目も2番目もどちらも同じ「さくら」のメロディです。「さくら」のメロディは「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」となるのであれば、歌い始める時の音の高さがどう変わろうと「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」と歌うことができるのです。前回、音を半音ずつ高くしながら「ド・ミ・ソ・ミ・ド」と歌い続けたのと同じことです。

ピアノの鍵盤にはひとつずつ決まった音の高さがあります。これはちょうど家の表札のようなもので、鍵盤についている表札は変わることがありません。いま「D」の音をピアノで弾きなさいと言われたら皆が同じ鍵盤を叩きます。

(実際にはピアノにはDの音は7ヶ所あります。低い方から順番にD1・D2・・・と区別します。ピアノのちょうど中央付近にあるのはD4です。)

ピアノの鍵盤と音が頭の中でつながっている人、つまり目をつぶってピアノの音を聞き、その音の名前を言い当てることができる人がいます。これが「絶対音感」のある人です。訓練によって同時に鳴らされた複数の音(和音)を言い当てることや、いちど聞いただけのメロディをすぐにピアノで再現することもできるようになります。

ピアノの鍵盤はさておいて歌を歌うときのことを想像します。カラオケで「ちょっと音が高すぎるからキーを下げて」歌うという話を聞くことがあります。「キー」を下げても歌う曲が同じなら聞いていて何も違和感がありません。「キー」を下げたら「さくら」が「どんぐりころころ」に変わるわけではありません。

音楽を「ド・レ・ミ」で歌う時、いちいちシャープやフラットをつけて歌うのは煩わしいですし、音楽的でもありません。「さくら」のメロディは「キー」が高くなろうが低くなろうが「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」で歌うことができるのです。

ピアノの鍵盤についた名前(表札)で音を読む時、その名前のことを「音名」と言います。「音名で歌う」ときはピアノの鍵盤の名前で歌います。

一方、ピアノの鍵盤から離れて旋律のつながりで歌うことができます。その時の音の読み方を「階名」と言います。前回の「ド・ミ・ソ・ミ・ド」は「階名」で歌いながら半音ずつ高くしていったことになります。ピアノの鍵盤はどんどん移動していきますが、歌う「階名」は「ド・ミ・ソ・ミ・ド」のまま変わりません。

さて、1番目の「さくら」をあらためて見てみます。「音名」と「階名」ふたつの方法で読みます。

音名「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」

階名「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」

1番目の「さくら」は「音名」で読んでも「階名」で読んでも同じになります。

2番目はどうでしょう。

音名「ソ・ソ・ラ__ ソ・ソ・ラ__ ソ・ラ・シのフラット・ラ・ソ・ラソミのフラット__ 」
階名「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」

始まりの音が「ラ」から「ソ」に変わっても「さくら」のメロディは変わりませんから「階名」での歌い方は1番目と同じです。

3番目の「さくら」も見てみましょう。

まず「音名」で読みます。

「ド・ド・レ__ ド・ド・レ__ ド・レ・ミのフラット・レ・ド・レドラのフラット__」

そして、このメロディも「さくら」ですから「階名」での歌い方は1番目・2番目と同じです。

「ラ・ラ・シ__ ラ・ラ・シ__ ラ・シ・ド・シ・ラ・シラファ__ 」

「音」の話をするときに「音名」で話しているのか「階名」で話しているのかの区別がつかずにいると混乱が起こります。例えば、お箏の教室で調絃をするときに「一の絃を壱越でとって」と言うことがあります。同じことを「一の絃をDで」とか「一の絃をレで」という場合もあります。

「壱越(いちこつ)」というのは西洋音楽の「D」と同じ音の高さをあらわす日本音楽の「音名」です。日本音楽の音名と英語やドイツ語表記の「D」のどちらも苦手とする方もいらっしゃいますので、そういう場合は「レでとって」ということもあります。小学校では音楽の授業でひとつのメロディを「音名で歌う」「階名で歌う」という勉強をするようです。しかし、多くの方はこの段階ですでに混乱におちいるようです。

調絃の時は全員が絶対に同じ高さで音を合わせなくてはならないので、このときの音の指示は「音名」です。一方、邦楽では五線譜を見ながら声を出して歌うという機会がほとんどないので「階名」を意識するチャンスがありません。

「雲井調子に調絃しなさい」と指示されたときに「平調子から三と八を半音下げて、四と九を1音上げる」ということしか思い浮かばないのなら、残念ながら「雲井調子」という調絃を理解していないことになります。日本の音階についてほとんど何もわからないまま、目の前の譜面に書いてある「番号」を鳴らしているのならとても残念なことです。せめて古典箏曲のさまざまな調絃のことを理解してお箏を演奏したいものです。

そのためには日本の音階を「階名」で歌えるようになるのがいちばんの近道です。

ところで、もし「1番目のさくらは一絃を平調(E)に合わせた平調子、2番目のさくらは一絃を壱越(D)にとった平調子、3番目は一絃を壱越(D)に合わせた雲井調子で弾ける」ということに気づいた方がいらっしゃったら、その方はこの「初めての楽典」を読み続けていただく必要はないでしょう。

次回から、日本音階を歌う練習に進みましょう。

余談
すでに楽典を身につけている方から見ると今回の説明はたいへん乱暴に思えるでしょう。旋法や音階、あるいは調性に触れることなく「音名」と「階名」を説明するのはほとんど暴挙です。しかし、そういう理解はあとからついてくればよろしい。ちょうど子供たちが移調の知識以前に「ドミソミド」の発声練習を無条件で受け入れるように・・・。

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