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不確定性原理

「ももクロ12周年だったんだね!」

この1文をもう30分も見つめている。いや、正確に言うと、この分析的な脳みそを使ってじろじろと診断している。これを見たら相手はどう思うだろうか。
いきなりこんなメッセが来たら、キモいだろうか。そうだけどなに?とか思うかもしれない。Twitterをみればそんなニュースは駆け巡っているし、テレビでもやってる。そもそもももクロの結成記念日はすでに2日前だ。今はもう5月19日。この2日という時間は、12周年の当日にラインをしてしまうと狙ってたように思われやしないかというおどおどした気遣いの賜物である。しかし時間をとったがために今度は送り辛さも感じ始めていた。2日経っちゃうと、いかに好きなグループとはいえおめでとうムードも去り始めてるんじゃないか。テンションが下がりつつあるところにこんなおめでたい一文を送っても、ちょっとずれてんだよなとか思われるんじゃないか。そうか、事実しか伝えてないから、はい、そうですっていう確認しかしようがないのかな。中学の英語の最初の方みたいなやりとりをわざわざライン使ってするっていうのも、むりやりコミュニケーションとりにいっているように見えちゃうのかも。がっついてる感じが出たらそれで終わりだ。がっつくとすぐに冷めるんだ、大抵は。今までも同じような失敗はしてきたし、何年か経ってやっと失敗の原因もわかってきたのだ。同じようなミスは二度と犯すまい。とはいえこの5日前に向こうからの「行きましょ〜👍」で終わったやりとりを動かすための武器は、手元にはこれしかない。しばらく外出はできないんだから、話していたネモフィラの綺麗な公園に行くのは1年後とかになるだろう。大切なのはコミュニケーションの量だ。またやりとりしたい。そもそも恋人がもういるのかな。最初は、1枚の写真と一緒に
「染めてみようかな笑」
と送ろうと思った。直前のラインで、最近手ぬぐいを草木染するのにハマってるっていう話をしたら、けっこう盛り上がったからだ。農業高校を出てるせいか、花には詳しいらしい。これからの季節、梅雨から夏くらいにかけて咲く花を教えてもらった。東京を歩いていて、道端の花を写真に収めることはよくしていたので、なんとかキャッチボールができた。一緒に送ろうとしていた写真は新聞の切り抜き。政府から贈られてきたマスクを、ある国会議員が藍染したという記事。こんなの一面に載せることか?と思いながらも、この記事を見つけた時は話題が一つ見つかって嬉しかった。立派なスーツを着たおじいちゃんが小さな青いマスクからぽろりとこぼれそうな笑顔を見せている写真は、なんとなく心が和むものに思えた。このとき5月17日。ももクロ12周年記念の朝である。3時間ほどは「染めてみようかな笑」というかたまりを頭の左上のほうにキープしながら過ごした。文字数も少ないしいい感じ。しかし待てよ、これ言われたところで、あまりにも取り止めがなさすぎやしないか。これでもいいけどもう少し探そう。
「咲いてた!」
特に用は無いけど散歩に出て、道端の写真を撮って送るか。幸い、ウチは東京郊外の片田舎で、近くに雑木林なんかもある。公園にもいろいろ植えられているから、ちょっと歩いてれば何かしら咲いてるはず。特に教えて貰った紫陽花とか蓮とかネモフィラとかが見つかれば万々歳だ。これは良さげな気がする。この間ご飯を食べに行った時も、近くの花屋の話をしていたっけ。きれいな写真だったらテンション上がるかもしれない。「きれいですね!」と返ってきて「ね!さいきん何か撮った?」とつなげれば、写真を送ってくれるかも。そしたら嬉しいな。自然に日常の話ができるかな。んー、でもちょっと待った。めちゃめちゃ親しいわけでもないのに、写真送りつけられてもなんだコイツって思われないかな。日記をわざわざピンポイントで送りつけるような。それはメンドくさくないか?逆の立場だったら、うーん。そんな気がない人だったらめんどいよな。こういうなんとも言えない関係性の時にしてはいけないのは、不用意に踏み込んで相手の小メンドイを増幅させて「めんどいかも」と意識させてしまうまでになり、あげくのはてに「はーまた来た。フェードアウトしたい」と思わせてしまうことだ。少しの誤差が大きな影響を与えるようになる。このことは収穫逓増という経済学の概念と、きょねんの8月に少しだけ仲良くなった人との失敗から学んでいる。人類史はトライアンドエラー、そして修正の歴史である。ということで、写真を撮りに外出するのもめんどくさいのでこれはいったん保留とする。焦らなくてもいいんだ。まだラインのやりとりがいったん終わってから4日しか経ってない。こっちから話題提供して、むこうから返事があって、なんとなくだらけてきたからこっちから終わらせるボールを投げて、終わっている。向こうのラインには既読マークがついてから音沙汰がなくなって4日。これをこっちからまた新しい話題提供をして動かすのに、中4日はまだ早い気がする。口呼吸しながら餌を待つ犬みたいな、そんなふうに見えたら時価評価が急落して終わり。他のを探すか。
そんなこんなでもう23時。リビングでぼーっと本を読んでいると、父の聞いているラジオが聞こえてくる。山下達郎ファンの父は、今日始めてradikoというネットラジオ配信サービスでラジオを聴き、タイムフリー機能に感動していた。と、耳に入る音が特徴的な山下達郎の声から、元気な女の子の声に変わる。ももクロのラジオだ。そうか、ももクロ好きって言ってた。え、17日で12周年って今日じゃん。そうか、今日はももクロの12周年か。これちょうどいいんじゃないかな。ライブにも行ったって言ってたし、けっこうコアなファンだよね、きっと。いいじゃんいいじゃん。ラジオ聞いたってことにして、ていうか聞こう。あ、チャンネル変えちゃった。しょうがない、明日の朝きいてみよう。どちらにせよ今日はもう送れないし。
翌日、朝一で、しかも布団の中で半開きの目でスマホをいじり、ももクロのラジオをタイムフリー機能で聞いた。あーやっぱり言ってる。12周年だって。ふつうにめでたいな、アイドルの中ではけっこう好きだし。黄色の玉井さんが好きって言ってたっけ。個人的には、赤か紫かな。ピンクはふつうにかわいい。あ、青がいたんだ。え、この人CMで見たことある。緑も歌上手で好きだったんだけどねー。ももクロは良いアイドルグループだと思う。「そうなんですよ!」って返ってきて、何かしらあって、「いつから好きなの?」とか青の子の話とかすればまた続くかな。流れで「映画とかは?」とか言ってカルチャーのほうに引っ張れたらまた別の話もできそう。基本的に受け身だから、こっちから話題提供したり舵を取らなきゃいけないのが苦痛だな、まぁ年上だし遠慮するか。ちょっと頑張ってみよう。今思えばこのときすぐに送っておけばよかったんだ。
朝ごはんを食べて、気長に本を読んでいると、雨が降り始めた。昼ごはんの前には妹と居間のテーブルを半分に分けて卓球をする。ネットは妹がダンボールでつくった着脱式の高性能な機種。ひとしきり卓球をしてからお昼ご飯を食べて、ヒルナンデスを見て「あ、黒澤さん元気になったんだ。よかったねー」とか話していると、あっという間に午後2時になっている。雨が降り始めた。なんだろう、気分が重い。5月という中途半端な季節に、しかも低気圧が重なると、なんにもしたくなくなってしまう。念のためむこうの天気を調べてみる。90%の降水確率。雨マーク。うーん。実は3月に1度会おうとしたことがある。町中華が好きだというので、よく行くところに行くけど一緒に行く?と聞いてみたらのってきた。約束の日、雨が降った。おまけに3月も冬と春の間の中途半端な季節で、気圧がなんとも低い。嫌な天気だなーと思っていたら、わけわからん理由でドタキャンされた。なんだこのやろーと思ったが、こんな天気だし、体調が悪くなったのかもしれない。今日も同じような天気だ。年上の余裕というやつも大事らしいとマイナビウーマンが言っていたので、そのときは何事もなくやり過ごした。それからは会ってない。「あ!じゃあ空いてる日教えて!」と送ったら、1ヶ月半返信はなかった。それがいきなり5月に入って「すみません!」とラインがきて、そこから始まったのが、このあいだのやりとりだった。思い出したら腹が立ってきたな。ラインの返信忘れるくらいにしか考えてないんだよな、このひと。なんか、期待しすぎてないか?感じのいいラインをする人だなと思っていたのが、なんだか取り繕っているように見えてきて、懐疑心が芽生え始める。年上のいとこが多くて、とか話してたよな。たしかに気の使える人なのは間違いないし、いいところだと思うんだけど、本心が見えてこないよな。あー気圧のせいでただでさえめんどくさいのに。なんかめんどくさくなってきた。そもそもどんな気持ちでライン復活させてきたんだろう。「あ!じゃあ空いてる日教えて!」っていうのがめんどくさいから返信しなかったんでしょう?彼氏とか他の「候補者」がドロップアウトしたから思い出したのか。どういうわけなんだろうか。そんなことを考えていたらすでに23時。もう今日送るのはやめよう。明日にしよう。
気を使い、そしてまた気を使い、ももクロは12周年と2日の記念日を迎えた。

「シュレーディンガーの猫」とは、量子力学を説明する際に用いられる、物理学者シュレーディンガーによる思考実験である。箱の中に、1/2の確率で毒ガスが発生する装置を置く。そこに1匹の猫を入れる。一定の時間が経過した時、猫は生きているだろうか、死んでいるだろうか。数学的に言えば、生きている確率と死んでいる確率はともに1/2である。しかし実際の世界では、生きているか、死んでいるかのどちらかだ。それは箱のフタを開けるまでわからない。箱の中の猫は、生きている状態と死んでいる状態が重なっている状態で、そのどちらであるかはフタを開けて確認した時点で決まる。


シュポッ
「ももクロ12周年だったんだね!」
シュレーディンガーは箱のフタを開けた。

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