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会社員20年、転職20回を経験してきた私だから伝えられること『ソフト老害とは呼ばせない!中間管理職のための会社の歩き方』



初めまして

気づき与えを強い会社と人財を築く「キズカスカンパニー」というコンサルティング会社の代表を務める加藤圭と申します。私たちは、店舗経営・運営・人財育成・パワハラ改善コンサルに加え、BtoC事業として「古着屋OVER25ネットショップ経営として「古着屋OVER25」を運営しています。

会社員20年。転職回数20回

大学受験に失敗⇒1浪人⇒外語専門学校へ進学。卒業後はホテルマンとしてキャリアをスタートしました。接客から人事総務、店舗経営に関わる仕事を会社員として20年。コンサルタントを目指し転職回数は20回(正社員として12社・派遣として8社)を経験し、経営者として今年16年目になります。

転職は「自分との戦いと忍耐」

20回の転職を通じて様々な企業やお店、上司や部下と出会ってきました。

転職は、一般社員⇒店長⇒派遣(アルバイト)⇒一般社員⇒スーパーバイザー⇒一般社員⇒経営幹部と言ったように【管理(指示)する立場】と【指示される立場】の繰り返すことです。昨日まで多くの部下を指示していた人が、今日から社内で一番下の立場になるのですから、転職は「自分との闘いと忍耐」とも言えます。(勝手に私が言っているだけですが)

前職では管理職の立場であっても、転職先では新人。そこではやはり理不尽な扱いをする上司も多く見てきました。例えば、入社9日目で19時間勤務(朝8時起床⇒9時出勤⇒深夜4時退勤⇒朝5時帰宅・中抜け6時間)という不慣れな環境でありながら、過酷なスケジュールを強いる店長もいました。このような扱いは、働き方改革の流れを考えるとしんじられないものであり、この会社では精神的に追い詰めらえてしまい1か月で退職しました。


燃え尽き症候群(ビジネス鬱)で無職に

過酷な勤務を強いられた会社に勤務する5年前。私は全国チェーンのお店に勤務しながら「経営の立て直し」という仕事に従事していました。全国各地の店舗へ異動(+転居)し、そのお店が再び軌道に乗るまで、住み慣れた地元に帰ることができませんでした。その仕事のプレッシャーと責任感から「バーンアウト(燃え尽き症候群)」になってしまいました。無気力になり、他人と目を合すことも話すこと、笑顔も忘れる、外出するのも苦痛になりました。当然ながら仕事にも就くこともできず1年無職となりました。

責任感の強い中間管理職の方であれば、バーンアウトは決して他人事ではないことをお伝えしたいとおもいますので、これについては改めて書かせていただきます。

他人の3倍仕事して、やっと普通な私

仕事ができる人であれば悩むこともなくあっさりこなしてしまう仕事でも、要領が悪く・仕事を覚えるのも苦手な私は、ある上司から「加藤くんは期待外れ」といわれたことがありました。私はこのような言葉に奮起するタイプであり「なにクソ」という気持ちで大体のことは乗り切ってきました。そのため要領の悪い人や高いスキルを持っているのに生かし切れていない人へのアドバイスには自信があります。なぜなら「仕事ができなかった人ほど、仕事のできない人を教えるのが上手い」と言えるからです。

子供の頃から短距離走が速い人が、頑張って練習しているの走るのが遅い人の気持ちなど理解ができません。「なぜ。そんなに練習しても早くならないの?」と言われた側の気持ちなどもわからないからです。

私は「頑張って普通」なので、仕事をマスターするには他人の3倍の時間がかかります。新卒で会社に入ってから16年目。できる人ならば、おそらく2~5年ほどで同じレベルに達するのかも知れません。しかし私はコツコツ続けていくことで、何かしらの成果をえることができるということを体で理解しています。それが私の強みだと思い今の仕事に続けています。

最後に中間管理職の皆さんへ

会社や職場にはさまざまな人がいます。プライベートでは絶対に知り合いになりたくない人が、上司や部下になることもあります。昔から「上司も部下も選べない」と言われてきました。管理職の仕事は「組織の力を最大限生かし、最大の利益を生み出すこと」です。そしてもう一つ、会社が求めることは「人財を育てること」です。

このnoteでは悩みを抱える中間管理職の皆さんが、職場にいる周りの人たちから「ソフト老害とは呼ばせない」とコンセプトに発信していきます。

少しでもお役に立てれば幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます。
今日はここまで。

運営会社:キズカスカンパニー
https://kizukasu.com/


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