神里綾華のモチーフ考察[原神]
今回は神里綾華のモチーフ考察をしました。
神事と芸事をモチーフとしたキャラで、武家でありながら平安貴族の要素もあります。
古代日本の神祇官のような役目や、歌舞伎、日本舞踊、和歌、絹織物の要素が含まれています。
名前について
神里は神々が集まるところという意味です。
神里家は「社奉行」を担っている一族で、この社奉行は江戸時代に寺社関係を管轄していた「寺社奉行」をモチーフとしています。そのうちの寺の要素を抜き、社(神社)の管轄をしているのが神里家ということなので、「神」の字がつけられたのだと思います。
綾華はまさに神事(特に延喜式の大祓)と芸事(和歌や舞、歌舞伎や能)をモチーフにしているキャラです。
綾華の「綾」は模様のある美しい絹織物を意味します。
また別の箇所で説明しますが、綾華は「錦」(こちらも絹織物)に関係する要素も持っています。
綾と錦は厳密には別のものですが、どちらも美しい絹織物を意味します。また「織る」という表現を使っている場面もあります。
そこから考えると、綾華とは、絹織物のように美しい花という意味になりそうです。
命の星座でまた詳しく話します。
天賦
〇通常攻撃・神里流・傾き
傾き(かぶき)は異様な風習やしきたり又は異様な行動や服装を好むことを意味します。
江戸時代にかぶき者(傾奇者)と呼ばれる派手な身なりをしたものが多くあらわれ、それを取り入れたものが伝統芸能の歌舞伎(かぶき)となりました。
綾華は命の星座に歌舞伎の要素があります。
〇神里流・氷華(スキル)
氷が花のように結晶したもの。 氷の花のこと。
〇神里流・霰歩(ダッシュの代わり)
散歩という言葉の散に雨をつけて、霰(あられ:氷の粒)歩という風にアレンジしていると思われます。
〇神里流・霜滅(元素爆発)
霜(冷えた物の上に空気中の水蒸気が冷え固まって積もったもの)。
霜にて滅する。命の星座にてまた説明します。
固有天賦
「社奉行」の家柄だからか、神道関係の影響が強いです。特に「延喜式」という平安時代の法典に、神祇式という祭祀に関する決まりごとが書かれており、それをモチーフにしているようです。
延喜式は祝詞の経典的なもの、つまり祝詞の基礎となります。
〇天つ罪・国つ罪の鎮詞
天つ罪・国つ罪は古代における罪の分類。神道の罪の分類で、「延喜式(えんぎしき)」の〈大祓詞(おおはらえのことば)〉にその記載があります。
祭祀を冒瀆する天津罪(あまつつみ)と、
社会秩序を破壊する国津罪(くにつつみ)があり、
それらを祓(はらい)や禊(みそぎ)で正常な状態にもどす必要があると考えられていました。
鎮詞は大祓詞(祝詞)の「大祓」を鎮(しず)める形に変えた言葉だと思います。
次の天賦も祝詞に関係するものです。
〇寒空の宣命祝詞
寒天は冬の寒々とした空のこと。
「延喜式」の祝詞(神に祈る時の言葉)の文体は、宣命体(天皇の言葉を伝える様式)と奏上体(神に対して唱える言葉の様式)に分けられており、宣命体の祝詞を意味する天賦名だと思います。
〇監査の心得
神里家は社奉行という、幕府に神社関係の管理を任された立場なので、神事に関する監査を行うときの心得を意味しているのだと思います。
大祓では元々、延喜式祝詞にある「東文忌寸部献横刀時呪」という呪文を読んでいました。
これは献横刀時 (たちをたてまつるとき ) と言われている通り、祓の刀(太刀)と言うものを使用した祭祀です。
公式の設定により神里綾華は「稲妻神里流太刀術免許皆伝」と言われています。稲妻には太刀以外の打刀も存在していますが、綾華が太刀を扱うのはこの祓の刀が由来かもしれません。
こうした祭祀の刀を監査するという意味も込められているように思います。(天賦の効果が武器に関するものなので…。)
命の星座
〇第1重:霜枯れの墨染櫻
霜枯れは草木が霜によって枯れる時期のことで、墨染櫻(墨染桜)は桜の品種です。
墨染桜は京都の墨染寺(通称は桜寺)の伝説の桜でもあります。
冬に亡くなった藤原基経の死を悲しんだ上野峯雄が『深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け』(深草の野辺の桜、もし心があるならば、今年くらいは墨色に咲け)と詠んだところ、本当に墨染色に桜が咲いたと言われています。
(そこから派生して、能において墨染桜には桜の精がいるという設定の演目が出来ました。)
この和歌は平安時代に編纂された古今集の和歌です。延喜式の編纂を命じた醍醐天皇は、古今集の編纂を命じた天皇でもあります。
また古今集に因んでいるかは分かりませんが、古今集よりも後世の江戸時代に「積恋雪関扉〈関の扉〉」という歌舞伎の演目が生まれています。こちらは雪の中で満開に咲く桜の精が出てきます。
霜枯れは冬を表す言葉でもあるため、霜枯れの墨染櫻とは、冬に枯れてしまった桜という意味ではなく、恐らく霜枯れの冬の時期でも咲くという伝説の「墨染桜」を意味するのだと思います。
冬に咲くことで有名な墨染桜が、冬に枯れてたら意味が通じませんからね…。
〇第2重:三重雪関扉
名前のモチーフは第1重で述べた積恋雪関扉だと思います。
元素爆発の神里流・霜滅では、積恋雪関扉と呼ばれる霜風を発生させます。
それが2凸で2つ追加され、3つに増えることから、三重とついているのだと思います。
〇第3重:花白錦画紙吹雪
有名な話ですが和歌において、「花」という言葉は大体梅か桜を表します。平安時代以降は大体桜を意味しますが、万葉集(飛鳥~奈良時代)までは和歌に出てくる「花」は梅を意味することが多かったです。
全てではありませんが、古今集あたりから「花」は桜の方を意味するようになってきます。
花白錦画紙吹雪は元素爆発の積恋雪関扉に関係する凸名なので、
花=桜、白=雪(厳密には霜)を意味するのだと思います。
花(白)錦画に関しては、「花錦」と「錦絵(錦画)」を掛け合わせて付けたのでしょうか。
花錦は花(桜)が錦(絹織物)のように美しいこと、錦絵は江戸時代の錦(絹織物)のように美しい絵のこと。
かけあわせると、桜と雪を織り成し、錦絵に描かれるような美しい紙吹雪となったと言う意味だと思います(多分)
ここから綾華の名前の話に戻ると、絹織物のような花という意味の名前だと、最初に述べた理由もわかってもらえるのではないでしょうか…。
綾とか錦などの絹織物は美しいものの例えとしてよく使われていたようです。
〇第4重:栄枯盛衰
栄枯は草木が生い茂り、やがては枯れていくこと。
盛衰は世の全てに繁栄と衰退があるということ。
つまり草木が生えて枯れていくように、人の世も栄えたり衰えたりする定めだという意味だと思います。
〇第5重:花雲鐘入月
花雲鐘入月は歌舞伎や浄瑠璃の外題(表紙の書名)です。内容は清玄桜姫物と呼ばれる、桜姫と清水寺の僧清玄が出てくる定番の話の内の1つだと思われます。
高貴な生まれの美しい桜姫に関わった清玄が、様々な形で痛い目を見る話ですが、おそらくこの桜姫が綾華ということでしょうか。
桜姫は墨染桜のような桜の精とかではなく、美しい高貴な人間の姫君として出てくることが多いです。
〇第6重:間水月
水月は綾人の説明にも出てくるワードです。
綾人のチュートリアル動画の名前は「水月鏡花」でした。これは水に映る月や鏡にうつる花を意味していました。実体の無い幻(空想)のようなものを「鏡花水月(又は水月鏡花)」と言います。
間水月(あいすいげつ)はおそらく「間(あい)の水月」という意味かもしれません。
歌舞伎や人形浄瑠璃の間を繋ぐために演じる「間(あい)の物」(間狂言)を変化させて、間の水月という呼び方に置き換えているのではないでしょうか。
この凸名は綾華の重撃の「薄氷の舞」状態に関するものです。
神里流の剣術が虚実が綯い交ぜにしたものであるということや、綾人と綾華ともに「水月」というワードがキャラ設定に組み込まれていることから、おそらく水月は神里流剣術の特性を表したものだと思います。
神里綾人のチュートリアル動画の説明文
『神里綾人の剣術は虚実が綯い交ぜで、区別しがたい。それゆえ敵は容易く勝てると錯覚するのだ。』
神里綾華のストーリーPV内の説明
『神里流の剣術は空想が現実を織り成す、夜露と雷が如く。心の想いによって動き、たとえ夢の余韻だとしても、日々胸の中に渦巻くこのぬくもりが…壁を突き破り刀を成すのです。あれが、生まれて初めてお兄様に勝った対決でした。』
水に映る月のような空想と現実を合わせ持つ、舞に似た剣術が神里流だと思います。
命の星座まとめ
綾人は水の流れで命の星座がストーリーとして繋がっていたので、綾華も繋げてみます。
第1重:霜枯れの墨染櫻・第2重:三重雪関扉
→厳しい冬の中でも咲こうとする綾華。
第3重:花白錦画紙吹雪
→やがて、綾華は桜と雪を織り成し、錦絵に描かれるような美しい紙吹雪(元素爆発)を生み出すことが出来るようになった。
第4重:栄枯盛衰
→草木が生い茂りやがて枯れていくように、世の中は繁栄と衰退を繰り返す。
第5重:花雲鐘入月
→そんな中でも美しく誇り高い姫として育った。
第6重:間水月
→ついに水月(幻)のような舞のような剣術(神里流)を習得した。
綾華の成長を表した命の星座かもしれません。
厳しい冬に耐えて成長するというストーリーは、綾華のストーリーPV「雪晴れに綻ぶ椿」でも匂わされていました。
雪晴れとは、何日も雪が降り続いた後に晴れること。その晴れた空を見て蕾が綻び(開き)はじめる椿。
綾華本人は桜の要素が強いですが、椿は神里家の象徴です。
神里家は冬を耐え忍び春を迎えるという設定が結構盛り込まれていますし、椿は冬から春にかけて咲く花で、木に春と書くように春の訪れを告げる木(花)でもあります。
〇神道と椿
神里家は社奉行で、神事を担当します。
綾華の天賦には、延喜式の大祓の祝詞が含まれていました。
椿は神道において古来より呪術的な力を持つ花として扱われており、『日本書紀』や『豊後国風土記』には、土蜘蛛を倒すために椿の木を切って武器を作ったと書いてあります。
もしかしたら椿を家紋にしているのには、こうした理由があるのかもしれません。
デザイン
「桜川」という文様。「桜流し」ともいい、流水に桜が流れています。
舞扇子は神里家の象徴の椿と、綾華の象徴の桜の花弁。
鎧の胴の部分に、総角結びされた紐、胴の中央には椿の文様。
実際、胴に家紋をつける武士は結構いたようです。
最初見た時、顔の両側で髪を結ってるのは、平安時代の公家の童子(成人前の男の子)がしてる上鬘(あげびんずら)にしか見えませんでした。
本当は髪で総角を作るのですが、綾華は紐で総角結びにしています。
髪の横で切りそろえている感じは平安時代の貴族女性の鬢削ぎにも見えます。どちらにせよ、江戸時代というよりは平安貴族風だと思います。
もしかしたらそこに、巫女さんが奉書紙を使って髪を束ねる要素も入れているのかもしれません。髪飾りが普通の紐ではなく奉書紙をアレンジしたもののようにも見えます。
かなりアレンジが入ってるのでモチーフ元がはっきりとはしませんが、平安貴族にインスピレーションを受けているように感じます。
これはさすがにわかります。頭に被る兜についている前立という飾りを髪飾りにしています。
本来は兜の前頭部らへんにクワガタムシのようについている装飾品なのですが、髪を結うリボンに変わってますね。
左右の腰から下に椿紋が入った草摺(甲冑の横側)をつけています。
手には甲冑の下につける、中指までの指貫篭手に近いものをしています。
腕にも桜文がついていますね。
履いているのは巫女さんが履く足袋と下駄ですね。
巫女さん袴と甲冑を混ぜたようなデザイン。文明開化を意識したのか、上着は襟のついた西洋風。
帯はうっすら氷の模様が入っていますね。
白鷺の姫君という呼び名
白鷺は病を癒す鳥としても有名です。
「万葉集」には『池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ』(池の神による力士舞だろうか。白鷺が桙をくわえて飛び渡っている。)という歌があります。
白鷺を池の神に見立てて、しかも舞っているように見えるという和歌です。
「白鷺の姫君」という呼び名に1番大きく影響を与えていそうなのは、日本舞踊や歌舞伎の演目である『鷺娘』です。白鷺が雪の中で舞う話です。綾華は舞扇子を持っていますし、池のようなところで舞うシーンがPVやストーリーでもありました。
和歌
綾華の雪の日のボイスで
「万葉集」の『この雪の 消残る時にいざ行かな
山橘の 実の照るも見む』という和歌を詠んでいます。
(この雪がまだ残っている時に、さあ行こう。山橘の実が輝くのも見よう。)という意味です。
突破した感想・結では、
『常磐なすかくしもがもと思へども世の事なれば留みかねつも』と言っていますが、
これも「万葉集」の『常磐なすかくしもがもと思へども世の理(事)なれば留みかねつも』(岩石のように永遠に変わりなくいたいと思うが、世の中の理なので命を留めることはできない。)という和歌から来ています。
杜若丸
杜若丸と名付けた手毬が好きだったようです。
この歌は「あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ」で有名な「肥後手まり唄」がモチーフですね。
手毬につけた杜若丸は奈良時代から平安時代あたりの貴族に愛された文様です。武家は使用せず、公家専用の家紋でした。
藤原氏の血筋の中でも花山院家や中御門家などが杜若を家紋としました。
杜若の丸を見た目が似ている菖蒲紋だと呼ぶ人もいますが、一応調べたときに使った文献(書籍)すべてが「杜若」と記載していました。
画像出典(家紋のいろは 様):https://irohakamon.com/
神里家は武家だとよく設定やストーリーに書かれていますが、綾人も綾華も公家の要素を持ち合わせており、綾華のキャラクターストーリーによれば、公家同士の争いや嫉妬にも巻き込まれていたようです。
神里家は脈々と続く名門一族らしいので、おそらく武家になる前は公家の名門一族だったのではないでしょうか。杜若紋は武家は使いません。公家だけです。
神事を司る名門貴族といえば、藤原氏(厳密には中臣氏)がいますね。
余談・中臣氏(藤原氏)と神里
綾華の固有天賦が延喜式の大祓詞をモチーフとしているという話をしましたが、大祓詞を含む祭祀は元々「中臣氏」が担当をしていました。
(厳密には斎部氏と一緒に分担していましたが、大祓詞は中臣氏の担当でした。)
みなさん日本史で中臣鎌足の名前を習いましたよね。中臣氏は代々神祇官や伊勢神官を世襲しました。中臣鎌足は後に「藤原氏」となりますが、その後も神祇官としての役割を持った一族として脈々と続きます。
例えば杜若を家紋とした花山院は、藤原氏・中臣氏の氏神を祀る春日大社の神職の家系でもあります。
他氏排斥(他の権力者は排除された)もあり、平安時代の上流貴族はほとんど藤原氏となります。特に藤原氏の中でも北家が最も栄え、藤原北家は後に花山院家や中御門家などへ分かれていきます。
藤原氏の血を引く一族は後に藤の家紋を象徴とするようになるのですが、綾人にも藤文(藤の文様)が取り入れられていました。
綾華は神祇官的な要素と武士的な要素を兼ね合わせており、綾人も平安貴族的な要素と武士的な要素を兼ね合わせています。
🔗神里綾人のモチーフ考察
もしかしたら藤原氏(厳密には中臣氏)をモチーフにしたからかも…という余談を一応書いておきます。
また、綾人の命の星座は源氏物語がテーマとなっているのですが、源氏物語の中に花散里という人物が出てきます。この花散里と同じ名前のキャラが原神の神櫻大祓(影向祓)に出てきました。
この花散里が祓えの時に述べた祝詞こそ、綾華の天賦の説明で述べた、延喜式祝詞『東文忌寸部献横刀時呪』の呪文をモチーフとしたものです。これは本来、中臣氏が読み上げる祝詞です。
稲妻の花散里の祝詞↓
「東には鯨淵、西には燼海。南には災光、北には弱水。千の枝をもって、災厄を祓わん。」
延喜式祝詞の『東文忌寸部献横刀時呪』の1部↓
「東は扶桑に至り、西は虞淵に至り、南は炎光に至り、北は弱水に至る。」
綾華といい、花散里といい、キャラクターデザイン担当の方やストーリー担当の方が、少なくとも延喜式の祝詞を中の文まで調べたってことは分かります。
まとめ
今回は神里綾華についてモチーフをまとめました。今回の考察は綾華に限らず、神里家のことをもっと深く知る機会になりました。以前の神里綾人の考察では触れられなかった神職としての要素も触れられてよかったです。
これからも神里兄妹が末永く皆さんに愛されるキャラでありますように。
参考文献
家紋のいろは 様
https://irohakamon.com/
奈良県立万葉文化館 様
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/
伊藤博『万葉集 現代語訳付き』角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉(全4巻)2009。改訂版
『旺文社古語辞典 第10版 増補版』旺文社、2015年。
『日本・中国の文様事典』視覚デザイン研究所、2000年。
『日本の家紋とデザイン』パイ インターナショナル、2022年。
『日本の家紋』青幻舎、2004年。
丹羽基二『家紋』秋田書店、1969年
『イラスト図解 家紋』日東書院、2011年。
青木紀元(編)『祝詞:「延喜式祝詞」本文と訓本』アーツアンドクラフツ、2022年。
小野迪夫『祝詞入門』日本文芸社、1988年。
有岡利幸『ものと人間の文化史 168・椿(つばき)』法政大学出版局、2014年。
辻和子『歌舞伎の101演目解剖図鑑』エクスナレッジ、2020年。
※今回の考察はXでも公開しているものです。(🔗HanaのXアカウント)
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