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詩 | 愛の形をしたゲーム機

 伸びた麺を啜って、落ちた日を追いかける妄想をする。決してシンプルではない色らが、僕の後ろに立って並んでいる。

 色らはみな一様に、たった一つの抽象的な欲望を持っている。それが背中に当たる物質的な熱でわかる。その欲望の始まりを辿れば、僕の人生は終わらなくなる気すらする。

 カーテンを開ければ、そこには単色の世界が広がっている。パソコンの光が照らす机の一部は、それに慣れてもう光っていない。ここは、物も"物理"法則に従うのをやめた世界だ。

 全てを孕む言葉を作る仕事を、僕はしている。そのために、一度全てを盗む必要があったんだ。全てを盗んで、少しずつ世界に返している。しかしよく考えれば返す世界が僕の部屋に全部あるのだから、部屋の外は"世界"ではない気もする。

 それでは、僕は、何に世界を返しているのだろうか?

 僕は空間という抽象概念を視認することができる。空間は実は有限で、それも丸々部屋の中に閉じ込めてある。その部屋の鍵は僕が管理している。だから部屋の外に空間はない。

 僕はゆっくりと、フロアクッションに沈み込む。廊下にずらっと並んだ色は、待たされることに苛立ち、湯気を出している。新しく生まれるものも、世界の一部。もう消えてしまったものも、世界の一部。それじゃあ、僕の仕事は完遂しないのだろうか?

 紫と名乗る色が僕の肩を叩く。僕は首を振る。紫は諦めて廊下に戻っていく。

 今度はサメの被り物が僕の背中に噛み付く。僕は首を振る。サメの被り物も、何かぶつぶつ言いながら部屋に帰っていく。

 今度は愛の形をした古いゲーム機が、僕の正面に現れる。僕は知識を失った時のように焦り、急いで部屋を駆け回る。落ちてくる色んなものが、僕の支配から逃げ出していく。僕の部屋の鍵が空いているのが視界の隅に見えた。ゲーム機によって、鍵が解けられてしまったのだ。僕は諦めた。全てのものが外に出ていくのを、見送った。空間は、一番初めに部屋から出ていたようだ。脱走の首謀者が愛の形をしたゲーム機なんて、とてもアイロニカルでメタフォリカルだ。だからもういい。僕の体は、バラバラと砕けた。音もなく崩れた。つけていたヘッドフォンは、チラッとこちらを見て、そのままドアへと走っていった。

 僕はその時、消極的な記憶ほど手強い鍵はないことを知ったのである。今度僕がもう一度世界を盗むことができたら、そいつらはまず始末しなければならない。今日の朝までの優雅で無意味で退廃的な生活のことを思い出しながら、同時に思い出せなくなっていきながら、僕は少しずつ死んでいった。

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