見出し画像

30年前と、20年前の預言

(前回からの続き)
スウェーデンでは、1990年代当時、すでにワークライフバランスが整っていて、職種によるが日本でいう一般的なサラリーマンでも、平日は早ければ16時、遅くとも18時までには仕事を終え、帰宅する。平日は体力気力ともに仕事をこなすのが精一杯、というわけではなく、仕事を終えた夜でも趣味にいそしんだりするのが普通のようだった。ホストマザーやホストシスターも、仕事や学校を終え夕食をとったあと、水泳やインドアテニス、陶芸教室なんかに通っていて、ときどき私もついていって陶芸に参加させてもらったりした。それを見て、なんて、なんて文化的な、優雅な生活なんだろう、と思った。「優雅?何が?」って声がそこらじゅうから聞こえてきそうなくらい、それがスウェーデンでは当たり前の光景だったのが、昭和が終わったばかりの日本から来た私には心底衝撃的だった。今でこそ、日本でもそういった生き方もありになりつつあるが、30年前の日本人から見たスウェーデン社会の成り立ちは、天と地ほどの違いに見えた。

そんな30年前のある日。生徒でもないのにまたもやホストシスターについて陶芸教室に行った私は、余り粘土で小さな鳥をつくり、その辺にあった針金をぐるぐる適当にリースに仕立て、真ん中にその鳥をぶら下げたら、持ち帰ったその針金リースを見たホストかマザーは、北欧らしいカーテンのない、鳥が遊びに来る前庭を望むダイニングの窓辺に、ぴったりね、と飾ってくれた。そして、私に言った。「モモコ、あなたは何かクリエイティブなことをしなさい。」

それから30年近くたった2022年の年の瀬。久しぶりに再会した大学院時代の友人に、私がいわゆるサラリーマンとして12年も一か所に勤め続けたなんて信じられない、と心底驚いたふうに言われた。ふだん、人からそんなふうに言われることはほとんどないので、とても新鮮だった。確かに、そうなのかもしれない。

彼のことばを聞いて、20年くらい前、神戸の山のほうで占い師に言われた言葉を思い出した。「あなたは40代に入ったら、今はまだ日本に入ってきていないことで、人生花開くから。そこに至るまでは、いろんなことがあって、うんざりすることも山のようにあるだろうし、どちらかというとそんなことのほうが多いだろうけど、全てはそこに至るために通るべき道だから、腐らず続けなさい」。預言どおり?嵐のさなかで10年以上忘れていたその言葉をふと思い出したある日、私はもう40を過ぎていた。「何にも起こってないやん。まあ、占いなんて、そんなもんだわね。」そしてその数ヶ月後、私はふとしたきっかけでソダスを作り始め、さらにその数年後、サラリーマン生活にも終止符を打った。

もちろん、勤めを辞めたのはソダスだけが理由ではない。体調や家のことなど、いろんな理由とタイミングが合わさって、そう決めた。辞めるのを待っていたかのようにコロナ禍も、やってきた。

退職して1カ月で、やってきたコロナ禍。社会活動のほぼすべてがストップするという、前代未聞の期間が始まった。小学校高学年の娘はもちろん自宅待機。あの時仕事を続けていたらと想像すると、当時すでに仕事と家の板挟みで、自分史上マックスに上がっていた血圧や、自律神経失調症、逆流性胃腸炎にも悩まされていたので、今思い出しても身震いしかしない。

あれからもう、4年の月日が経とうとしている。当時、仕事を辞める恐怖は当然あった。しかし耳にはするけれど半信半疑だった「手離せば手に入るものがある」も、いざ足を踏み出してみるとほんとうだった。

仕事を手離して失ったものは、定期的な収入だ。それ以外はとてもささいなことで、まあ、特に困ったり、後悔することはない。私は退職したし、夫もリモート勤務が増えたので、それまでお互い通勤に便利な場所で気に入って楽しく暮らしていた都心のマンションを手離し、鎌倉に引っ越した。コロナ禍のあいだに保護猫も飼い始め、鎌倉ではソダス活動を始めてからずっとやりたかった、庭でのライ麦も始めた。娘の笑顔も増えた。

自分でライ麦を育てることで、太さや色や硬さなど、自分の望むコンディションのソダス材料が手に入るようになり、それは作品にオリジナリティを持たせるのに大いに役立った。
マイペースながら少しずつご縁や活動の幅も広がり、昨年末には初めての大型案件にも繋がった。それができたのは、鎌倉に引っ越してライ麦を育て、制作にも時間や場所を割けるようになったからである。つまり、もとをたどれば、退職したから広がった世界の中にある。

そしてそれは、40代も後半にさしかかった今、20年前の名前も思い出せない神戸の占い師の預言が当たっていると思うのだ。収入的にはサラリーマン時代より減っているしまだまだ不安定だが、なにより明らかに心が安定しているし、幸せだと毎日感じられているからだ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?