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学生が見た「2022年7月8日」<口上>

 安倍元首相が襲撃された2022年7月8日、あなたは、どこにいて、何をしていましたか。襲撃を何で知りましたか。何を思い、考えましたか。その2日後は衆院選の投票日でしたが、何をしていましたか。それから1年たたないうちに、現職首相が爆発物で襲われる未遂事件も起きました。
 低投票率など政治への関心が薄そうに見えるけれど、長期政権だった安倍さんのことは知っていそう。そういう若者の視点から、今の時代の空気も描いてみました。
 書いたのは、私のゼミを受講している2年生と3年生。事件が起きたのは、金曜日の昼前の授業中でした。授業後、受講生に「奈良で安倍さんが撃たれた」と知らされ、耳を疑いました。現場に向かった学生も少なくなく、彼らはどんな気持ちで事件を受け止めたのだろうとずっと気になっていたので、あの日のことを書いてもらおうと思った次第です。<その1>を担当したのは現3年生、<その2>は現2年生。イニシャルでの投稿です。

 まずは、大学教員(二木)が見た「2022年7月8日」です。

 「ほぼ日手帳」2022年7月8日のページに、<11:30 安倍元首相銃撃 大和西大寺 17:03死亡>と赤ペンで書いてある。担当している2限の「日本語文章力養成A」という授業中に起きた事件だ。「いいね!」というテーマで作文を書かせて授業を終えると、スマホのニュースで知った学生が「先生っ」と私のところにすっ飛んできた。「どうして奈良で」と驚き、研究室に戻ってテレビをつけっぱなしにした。
 ある3年女子は、2限の授業が終わるとすぐに現場に向かい、夕方までいた。「こんなことが日本で起こるなんて信じられません。ただただ安倍さんの死が無念でなりません。参院選、この国にとって大切な役割を果たしそうです」と私にメールで送ってきた。
 それでも、日常は粛々と進んだ。午後の4年ゼミ。予定通り全員が参加し、卒業論文の中間発表を実施した。昼休みと夕方以降、3年生が次々と就活の報告、相談、エントリーシートや作文の添削依頼に来た。テレビ局のエントリーシートが通らなかったこと、夏休みに東北と熊本の被災地を訪ねようと思っていること、新聞社のインターンシップに参加したこと、夏には広島、長崎を訪ねようと思っていること……。
 夏は3年生にとって就活が本格化する時期だ。彼らからいっぱい話を聞いた。お笑い芸人を目指して休学中のゼミ生もやって来て、芸名を決めたこと、コンビを組んで活動を始めたことを教えてくれた。
 キャンパスのクマゼミの鳴き声が大きくなり、いよいよ夏本番を迎える頃だった。
 事件から2日後の参院選投票日。どんよりした曇り空の日曜の朝、近くの小学校で投票を済ませた。けっこう混んでいた。校舎の廊下に児童の「お気に入りの一文字」が張ってあった。私だと早く隠居したいから「楽」かな、と。そんな投稿をSNSでしている。
 投票日の読売新聞投書欄は「脱マスク」がテーマだった。その中にゼミ生の3年女子の作品が載った。すし屋でアルバイトをしているが、マスク姿なので互いの顔を知らない。コロナはみんなが素顔で笑い合える時間を奪った。それでも脱マスクのニュースを聞くと、素顔を見るのも見られるのも恥ずかしく焦っている。そういう内容だ。コロナと政治、どちらが身近な話題だろうか、と考えた。
 新聞記者時代、国政選挙の夜は開票結果を報道するため出勤し、テレビの特別番組を見ながら未明まで作業をしていた。しかし、その夜、社会人になって初めて特番を消した。選挙結果が事前報道通りだったこと、そして、安倍元首相の追悼番組になっていたからだ。「これでは気持ちが引く」と手帳に記している。夜10時に寝た。(近畿大学総合社会学部社会・マスメディア系専攻教員・二木一夫)