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【4-11】所得の再配分と公的サービスが福利を向上させる

 一般にお金と呼ばれている貨幣は、借用証書であり、それを持っている人にとっては債権すなわち取り立ての権利書ということになります。物々交換が基本儀礼だった時代に、交換するものが手元になくて「後日、同等の価値あるものをお返しする約束」として相手に手交した「引換券」がお金の始まりだったというのが、私の勝手な想像です。要するに、お金はツケの証明書であって、引換の品物を受け取った時点で消滅してしまう性質のモノです。
 一対一の個人間の引換券であったものが、モノの交換価値を計る統一的な「物差し」として発展し、さらに兵役、警備、装備品製造に対する報酬と、そのサービス受益者である国民から徴収する献上物として国家がオーソライズさせたのが通貨だと考えます。通貨発行主体である国家が武力警護を優先し、国民福祉に熱心になれないのは、国家権力を守ることが最大の関心事であり、そうでなければ国家権力のために国民が尽くしてくれなくなるからでしょう。
 私たちは、世の中に出回る通貨量が増えることを「経済成長」と言っています。しかし、よく考えてみると、経済成長とは未済の債権証書が積み上がって増え続けているに過ぎないことが分かります。債権が増え続けることが経済成長の本質だとするならば、決して手放しで喜ぶべき事態とは言えません。
 債権を持つ人が権勢を振るう社会を維持していく必要が果たしてあるのか、債券欲しさにあくせく働くことを急かす社会が本当に人々を幸せにしてきたのかを検証しないといけません。ジェイソン・ヒッケル氏は「資本主義の次に来る世界」(東洋経済新報社、2023年)の中で、「日々の生活を一新させるような重要なイノベーションに資金提供したのは、成長志向の企業ではなく、主に公的機関であった。」と述べて、以下のように公的機関や公共投資が果たしてきた功績を評価しています。
 
【公的サービスの優位性】
・1930年代から1960年代までに伸長した世界の平均寿命のうち90%までが、飲料水と下水を分けるといった公衆衛生と、教育、特に女性教育など、所得とは無関係な要因に起因する。
・人間の福利の進歩は、資源を活用して堅牢な公共財と公正な賃金を提供しようとする進歩的な政治運動と政府によって推進されてきた。
・人間の幸福のためになるものを生産し、公共財に投資し、所得と機会をより公正に分配するだけで、現在より少ないGDPで世界のすべての人々のためにすべての社会的目標を達成できるのである。
・公的サービスは、たとえば、CO2排出量がアメリカの保健制度に比べてわずか3分の1で、より良い健康アウトカムをもたらしているイギリスの国民保健サービス、エネルギーと物質の両面において自家用車より集約度が低い公共交通機関、ペットボトルの水より集約度が低い水道水など、民間サービスより炭素・エネルギーの集約度が低いので、公的サービスに投資することにもエコロジカルなメリットがある。
・下水道設備、道路網、鉄道網、公衆衛生システム、電力網、郵便事業など、世界中の大規模な共同インフラ計画の大半は市場原理から自然に発生したものではなく、公共投資を必要とする。
 
【所得の再配分で福利向上は可能】
・GDPがある閾値を超えて、高所得国が成長を追求し続けることは、過労や睡眠不足によるストレスや鬱、公害病、糖尿病や心疾患などの不調の原因になり、貧困を多く生み出すようになるのだ。所得の配分が不公平な社会は総じて幸福度が低い。
・人々が伝統的な農業によって自給自足の生活を送っているコスタリカのニコヤ半島は、コスタリカで最も貧しい地域の一つであるが、高齢になっても家族、友人、隣人の強い絆を保っており、国内でも飛び抜けて長寿の地域である。
・1%の最富裕層の過剰な所得のうち半分を貧困層に移すことができれば、貧困を一気に終わらせ、グローバル・サウスの平均寿命を80歳にまで延ばし、世界の健康格差をなくすことができるのだ。
・庶民の福利に何の利益ももたらさない最富裕層の所得を減らす政策は、すべて生態系にとってプラスになるし、社会的コストを伴わずに成し遂げることができる。
 
 私たちは、テクノロジーの成長もあり、物質をより多く、より遠くに、より迅速に、より効率的に輸送できるようになりました。しかし、それで私たちが手に入れてきたものが何なのかを問い直す必要があります。近くで手に入れられるものなのに、わざわざお金を払って遠方から、海外から運び入れていないでしょうか。その買ったものは、そもそも健康で文化的に生活していくのになくてはならないものでしょうか。ものを運ぶ手段とはいえ、化石燃料を費やしながら重たい船や自動車や飛行機をあちこちと動かしているに過ぎないのではないでしょうか。それでも経済を成長させるためには、そして雇用を守るためには、さして必要とも思えないものでも遠くに迅速に大量に運ばなければいけないのでしょうか。お金を払って、遠くから取り寄せたもので身を固める生活をしていたら、そこに住む意味は一体どこにあるのでしょうか。そうまでしてお金を稼ぐことを迫られる世の中は何なのでしょうか。
 教育、上下水道・公共交通・エネルギーインフラの管理運営を公的セクターが担えば、無駄な費用をかけることなく、人々に必要最小限の福利を提供できることは立証済みです。その上で、私たちの知識、教養、テクノロジーを結集して、衣食住をローカル自給していくための知恵に活かすことが求められます。
 手つかずの鬱蒼とした森よりも、人の手が加わっている二次的自然の方が生物多様性に富むと言われています。多様性に富む自然から衣食住で必要とする最小限のものを採取するとともに、空いたスペースに多種多様な植物の種や苗を植えたり、有機廃物を還元したりして、二次的自然の代謝促進に積極的に関与することが、社会的に価値のあることとして評価されるよう人々の意識改革を促していく必要があると考えます。
 地域のコミュニティが共同作業として自分たちの責任で地域を管理する「ローカル・コモンズ」は、将来世代にとって希望のもてる道筋を示してくれるはずです。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp



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