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【4-12】緑のベーシック・サービス特区で地域に活力を

 総務省統計局が定義する都市圏のうち、札幌、仙台、関東、静岡・浜松、中京、近畿、岡山、広島、北九州・福岡の各大都市圏には、2020年現在、8000万人を超える人々が住んでいます。日本全土の6分の1に過ぎない地域に全人口の3分の2が集まっていることになります。
 大都市圏以外の地域の総人口は4000万人で、沖縄県以外は軒並み減少傾向にありますが、それでも100年前の1920年を少し上回っています。人口密度も130人程度とヨーロッパ諸国と同等の水準にあります。
 人口が減少して人口密度が低くなるということは、一人当たりの面積が広くなり、地域住民にとって土地を利用拡大するチャンスです。しかし現実は、空いた土地であっても権利設定するのは容易ではなく、囲われただけの使えない土地が身近に増え続けているのが実情です。不動産業者が仲介しようが、相対で交渉しようが、事務手続きのために誰かが少なくない経費の負担を強いられます。このことが、スムーズな土地の権利移動の妨げになっているのです。
 農山漁村の土地について、出し手も受け手も経済的な負担を伴うことなく権利移動できるようにするには、バックナンバー【1-8】で述べたように、公的機関(都道府県公社)が仲介役となって宅地を含む土地の所有権を無償で集約し、希望する者に利用権を与える制度を構築するのが望ましいと考えます。
 全国で足並みを揃えた制度設計が難しければ、特区を設けて実施するという方法もあります。具体的に想定している特区は、先に述べた全国人口の3分の2が集まる大都市圏を除く地域です。特区は、規制緩和などの特例措置が適用される地域のことで、対象範囲を全体の一部に限定するのが通例ですが、ここで想定しているのは国土の6分の5を占める特区です。しかし、対象となる人々は全国の3分の1を占めるに過ぎないので、あくまでも少数派です。規制に風穴を開けるには、この程度の範囲設定は必要だと考えます。
 今後、全国レベルでの少子高齢化による人口減少のトレンドは止めようがありませんが、このトレンドは人口過密の大都市圏内に留めておくのが、特区のねらいです。高齢者割合の高い偏った人口構成になるのを抑制し、欲を言えば、身の丈に合った形で大都市圏からの人口流入を促進したいものです。
 大都市への人口集中は、化石燃料の消費増大と、それによる地球環境悪化の主要な要因です。脱炭素社会への移行を促進するには、人口移動のベクトルを逆転させる必要があります。特区での取り組みは、土地の公有地化に留まらず、私が≪【1-1】緑のベーシック・サービス構想≫で提案している政策項目を是非試行してもらいたいと思います。
(特区における取組内容)
〇教育の完全無償化(保育、大学を含む)
 教員等の従事者の待遇改善
〇国費定額補償の公共事業(交付金化)
 家屋の改修を含む生活環境の整備(貸借で居住)
 食とエネルギーのローカル自給の推進
 公共交通ネットワークの整備・運営
〇直接所得補償(口座登録で自動給付)
〇国籍不問の住民登録
〇消費税の免除(実在の本店を置く事業者)
 
 人口減少率は、都道府県別に見てみると、近年では秋田県、青森県、岩手県、北海道(札幌市を除く)、山形県、福島県といった、北日本の道県が上位を占めます。流出した人口の多くは、仙台市、札幌市、首都圏が吸収しているとみられます。アメリカ東海岸では、東北地方や北海道南部と緯度や気温が似通った地域に大都市が集中しているので、人口変動は気候というよりは、社会的な要因によるものと言えます。
 仙台市内の食料品店舗で売られている生鮮野菜や加工食品は、過半が東北地方以外で生産されたもので、茨城県や千葉県のほか、四国や九州から運ばれてきているものも珍しくありません。農業県と言われる東北地方では、特産品を首都圏など大消費地向けに売り込む一方、それ以外の食料・日用雑貨などを遠方の生産地から購入して消費していることになります。地域から所得が流出していってしまうのは当然の帰結です。
 大ロットでモノを大量生産し、定型の輸送手段に乗せることが流通の前提になっているならば、輸送にかかるコストは内部化されるので、販売の優位性は専ら生産コストに左右されることとなります。農産物の中でもトマトやイチゴなどの温室作物の生産は、寒冷地域では加温のため確実にコストアップになります。品質や希少性で商品の差別化ができなければ価格決定権を失います。温暖な地域との価格競争になれば、コストを価格に転嫁できない分、従業員の賃金を減らして対応せざるを得なくなるのです。
 東北地方は関東より西の地域と比べて相対的に冷涼ですが、作物の生育に適さない気候条件では決してありません。南北に長く気候の差異が大きいために、全国画一的な流通フォーマットの中で渡り合うのは不利だと思います。
 「安ければ安いほどよい」という感覚で買い物をしていたら、知らず知らずのうちに遠方の生産物ばかり買って消費していることになります。そのような消費行動が所得をどんどん地域外に流出させ、人口流出を後押ししているのです。
 人口流出を食い止めるには、地元の生産物を地域で買い支えることが大事になってきます。ただ、習慣として根付いてしまった流通・消費体系を掛け声だけで変えられるものではありません。地域産の木材で家屋や公共施設を建築・改修するとか、地場産食材を主体とする給食事業を始めるとか、再生可能エネルギーの地域電力会社を設立するとか、官製需要を足掛かりにして盛り上げていく必要があると考えます。
 岩手県紫波町が主導して進める公民連携「オガールプロジェクト」が参考になります。住民サービスと雇用創出の両立を目指し、2009年から10年ほどの歳月をかけて、JR東北線の紫波中央駅前に生鮮直売所、地元食材のレストラン、日用雑貨店、パーク&ライド駐車場、レンタルバイク、地元産木質燃料によるエネルギーステーション、診療所、病児保育所、図書館、多目的スポーツ施設、文化交流館、宿泊施設を集約しました。
 岡山県西粟倉村は、災害の起きづらい健全な土地を保全することと、森林資源をなるべく村内で循環させることを原則とする「百年の森林構想」を2008年に宣言し、間伐材98%使用の村庁舎を建設したのに続き、村内に本社を置くローカルベンチャー企業が、家具・日用雑貨・燃料の生産を手掛けています。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp


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