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【4-7】帰還困難区域における森林空間の多目的共用を提案

 東日本大震災の発生から12年経過した2023年現在、年間放射線量が50ミリシーベルトを超えるとして、立ち入りが制限させている帰還困難区域は、依然として福島県浪江町で町域全体の7割を占めるほか、飯舘村、南相馬市、葛尾村、双葉町、大熊町、富岡町の各市町村の一部地域で指定が継続されています。
 その帰還困難区域の大半は森林地域が占めていて、人家もまばらで人が日常的に立ち入る生活圏ではないという理由で除染が行われていません。住人が帰還できないことによる損害は、補償金の支払いで解決済みというのが国と東京電力のスタンスです。ただ、それをもって、人災により放射能汚染した土地をそのまま放置することの免罪符にするのはおかしな話です。
 森林地域において、表土剥ぎ取りを中心とする除染は物理的に困難であるのは分かります。有機質養分に富んだ土壌を取り除くのは植生を含む生態系全体に悪影響を及ぼします。しかし、尾根部や緩傾斜地であれば、覆土中心の措置で対応できるのではないかと考えます。私が考える、具体的な除染と森林再生の構想を以下に提案します。
 
【阿武隈高原BRT】
 2023年現在、依然として放射線量の高い地域は、東京電力福島第1原発から北西方向の飯舘村南部にまで及び、延長約40km、幅5kmから10kmの範囲に残っています。覆土中心の除染が必要な地域は、この帯状の範囲ですから、既存の道路を使って土を運搬するとなると、この地域を縦断する国道114号線に関係車両が集中することとなり、一般車両の通行の妨げになる可能性があります。
 そこで第一段階として、土の運搬の関係車両専用の道路を新設します。何箇所かはトンネル区間がありますが、路面高さの調整が必要なところは、河川横断部の橋脚を除き、基本的に盛土主体で施工します。トンネルの切り屑は排水ドレーン機能のある盛土材として活用します。
 この専用道は、福島市と浜通り中央部を最短ルートで結ぶ路線になります。沿線はそれなりに交通量があるにもかかわらず、路線バスも含めて、公共交通がまったくありません。そこで、この新設道路を高速バス道にも兼用します。バス高速輸送システム(BRT)のような仕組みですが、貨物トラックや観光バスも事前に許可申請があれば通行できるようにして、新設インフラを有効活用します。
 土の輸送は、双葉町と大熊町にまたがる中間貯蔵施設が起点となります。これは、除染土壌をふるいにかけて再生された土で、放射性物質濃度が周辺の除染地域と同等レベルかそれ以下のものをメインに運ぶためです。しかし、この再生土は、大部分が砂粒子であるため、盛り立てて締固めることが難しく、埋設後に豪雨時や地震時に液状化する可能性もあり、これを単独で盛土材として使用するには難があります。他の土質材と組み合わせて盛土を行う必要があります。
 処理に困っているものの一つに、河川の浚渫土があります。2019年の台風などで阿武隈川ほか主要河川に堆積した大量の土砂が取り除かれたものの、現場近くの空き地に置かれたまま、行き場を失っているようです。福島県内での総発生量は除染土壌と同じくらいと言われていますので、相当な量です。
 浚渫土は巨礫から粘土まで様々な粒径の土が混在しているほか、流木など有機物も含まれており、道路等のインフラ基盤の盛土に使用するには不向きです。ただ、礫を分離すれば、森林地域の客土には使えるでしょうし、有機物をほとんど含まない土がまとまってあれば、盛り立て締め固めに適した資材になり得ます。そのほかの発生土も有効に活用して、土を調達するために新たに山を切り崩すようなことがないようにしたいものです。
 
【森林地域の環境再生】
 大型車両が通行できる道路からアクセスできて、無理なくバックホウなどの重機が進入できる場所は、可能な限り森林再生を実施するのが望ましいと考えます。具体的には、軽車両が通行できる程度の作業道を整備しながら、その周辺の土地に客土したり、その後の土地利用を想定して最低限必要な間伐を行ったりします。一連の作業は、10分の1に満たない勾配の緩傾斜地が続く限り、範囲を広げて実施したいところです。その結果できた森林路網は、木材の運搬など森林作業のほか、登山やトレッキングなど多目的利用にも供されます。
 阿武隈高地は、なだらかで見晴らしの良い土地が広がっているため、純粋な登山やトレッキングに加えて、キャンプやバードウォッチングなど様々な目的に適応した観光スポットとしてポテンシャルがあります。また、標高が高く冷涼である一方、冬の降雪量が少ないことから酪農・放牧を行うのにアドバンテージがあります。
 山もしくは高原の登り口にあたる、開けた土地には、田畑が広がり、また郷土料理のレストランや地元で生産される食材を提供する直売所など、観光客が立ち寄ってのんびり過ごせる場所があると良いでしょう。
 10年を優に超える間、人が立ち入らなかった土地ですから、土地利用のあり方もさることながら、この際なので、土地の権利関係も大胆にリセットしても良いのではないかと考えます。ある区切られた土地は誰か決まった人のもので、ある決まった目的のために使うと固定してしまうのではなく、誰もが立ち入ることができて、様々な用途に共用できるようにしたらどうでしょうか。ある時は牧場として、またある時はキャンプ場になり、人も家畜もそばにいない日には木を伐採したり植栽して成長を助けるための手入れをしたり、時々の状況に応じて柔軟に使途を変えられるようにするのです。
 このような多目的に使用することを意識しながら森林路網を整備するのが望ましいです。路網は登山やトレッキング、山菜採り、バードウォッチングを楽しむ人たちが自由に歩き回ることを想定したつくりにします。車両も通行できるよう、ウッドチップ舗装すると良いでしょう。
 特定の個人や企業が特定土地を囲い込むことがないよう、対象となる土地をすべて、希望する者による共有地とします。いわゆる森林トラストです。こうすることで、阿武隈高地の広大な土地から様々な価値が生み出されるようになるでしょう。
 復興事業の従事者は、福島県外出身者が多くを占めますが、中には地域に愛着が湧いて永住を望む人もいると思われます。復興事業がひと時の大規模公共事業で終わることなく、地域資源の循環再生を促す永続的なプロジェクトの先駆け的な事業に発展することを期待します。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp

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