見出し画像

【5-11】社会福祉理念を共有する連邦国家がパレスチナ紛争を解決する

 パレスチナ紛争は、ユダヤ人(ユダヤ教徒)がパレスチナの地に国家を樹立し入植地を拡大する際に、元々のパレスチナの住民を追い出し、彼らから土地や水など生活資本を一方的に奪っておきながら、何の補償もしていないことに原因があります。
 パレスチナ人が自分たちの生きる権利を回復するため、自分たちの生きる糧を奪ったイスラエル国に補償を求めるのは当然のことです。それが無視されるどころか、いまだにヨルダン川西岸地区で行われている「入植」という名の略奪行為による被害者が後を絶たない中で、パレスチナ人による抗議運動としての細やかな武力行使が、グローバル・ノースの人々の目には「テロ」と映っているようです。真っ当に抗議しても聞く耳を持たない相手にどう対処しろと言うのでしょうか。
 中東研究者の高橋和夫氏は「なぜガザは戦場になるのか」(2024年、ワニブック)において、ユダヤ人国家であるイスラエルは、聖地と呼ばれる土地にユダヤ人が特権階級として君臨し、その下に二級市民としてのイスラエル国籍を持つパレスチナ人がいて、さらにその下に占領下のパレスチナ人が生活する「三階建て」の構造にあり、そこでは、かつて南アフリカの支配構造と類似した人種隔離政策による重大な人権の蹂躙が日常化していると指摘しています。
 イスラエルとエジプトの国境に包囲されたガザ地区は、面積が東京23区の6割程度で、水源の塩水化が進む砂漠地帯にありヒトが住むには適さないということでイスラエルが入植拡大を断念した土地に、220万人ものパレスチナ人が住んでいます。その大半が故郷を追われた避難民の子孫たちで、周囲の国境と海がイスラエルによって(難民の流入を阻止したいエジプトの協力も得て)封鎖され、自由に行き来ができなければ、電気も水も食料も外から最小限の供給しか許可されない、息の詰まるような環境に押し込められています。
 グローバス・ノースの政府と主要メディアは、こうした前提を頬かむりしたまま、2023年12月、ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスがいきなり奇襲攻撃を仕掛け、千人を超えるイスラエル人を犠牲にし、240人以上の人質を取ったと非難しました。一方でガザ地区では、イスラエル軍の報復攻撃により人口の1%以上にあたる3万人以上のパレスチナ人が命を落としました。
 パレスチナの2006年自治評議会選挙で、教育・託児など基本的な市民サービスを担ってきたハマスが第一党となりましたが、その結果に不満を抱いた欧米各国は、ハマスが参加する自治政府を承認せず、ヨルダン川西岸地区をパレスチナ解放機構(ファタハ)に、ガザ地区をハマスにそれぞれ実効支配させることで手打ちしたという経緯があります。
 気に入らない政党が実権を握り、その政党を支持する地域の住民などどうなっても構わないと経済封鎖するだけでは飽き足らず、脅威を完全に消し去るには住民の殲滅もやむなしと本気で考え始めたイスラエル政府は、アメリカ政府の支援も受けながら、パレスチナの民族浄化を完成させようとしています。
 パレスチナ人に対する人権の蹂躙をイスラエルが平然と続けられる背景には、圧倒的な軍事力があります。1948年以来、度重なる中東戦争でイスラエル軍の圧倒的な戦力を見せつけられたアラブの周辺諸国はひれ伏すしかなく、敵意を疑われて民事支援すら躊躇われる状況です。そんな中、一向に横暴を止めようとしないイスラエルに抵抗するため孤軍奮闘するパレスチナから自発的に生まれたのがハマスという組織です。
 自分たちの法律が及ぶ範囲を勝手に線引きして、線の外側は治外法権だから暴虐の限りを尽くしても構わない、抵抗する人間が現れたら「自衛のための戦争」「テロとの闘い」と称して武力で押さえつける、思うようにコントロールできない人間が政権を握れば実行力を削いで転覆させる、そのようなやり方がイスラエルやそれを支持するグローバル・ノースの考える正義であり、民主主義なのでしょうか。グローバル・ノースの人々は、自国政府の防衛力整備・強化が、強い軍事力を背景にグローバル・サウスの国々を難なく服従させるために使われていることを自覚し、そのような野蛮行為に加担することを「是」としてよいのか、自問自答する必要があります。
 パレスチナ紛争は、イスラエルとパレスチナの2つの国家を承認すれば解決するものではありません。第一にすべきことは、生活の糧を奪われたパレスチナ人に対する補償です。その全責任はイスラエル国にあります。
 問題はイスラエルとパレスチナの間だけに留まりません。イスラエルによって引き起こされた紛争の火種は、ヨルダン、シリア、レバノンにも及んでいます。これらの国・地域に対して、イスラエル国は自らの犯した行為により生じた損害を補償する責務を負っているのです。
 補償対象の国・地域をイスラエル国境の外に置くと、責任の所在があいまいになってしまいます。責任逃れさせないために、これら関係する国々・地域を束ねた連邦政府を創設すべきだと私は考えます。従来の国・地域の自治権を認めつつ、域内のすべての住民に対して等しく主権と社会福祉を保障することについて、連邦政府の責任において行うというのが私の提案です。
 これは決して無理難題ではなく、通貨発行体の力を存分に発揮しさえすれば、人々の衣食住をはじめ基本的な生活基盤を保障することは可能だと考えます。具体的な政策は、私が≪【1-1】緑のベーシック・サービス構想≫などで提案している内容が丸ごと適用できます。
 資本家やその取り巻きが連邦政府を支配することになれば、パレスチナ人などを差別するアパルトヘイトが温存されるでしょうし、紛争が止むこともないでしょう。域内の全住民に等しく参政権が与えられれば、これまでイスラエル政府がしてきたような横暴も正面からやりにくくなるはずです。
 連邦の運営にあたっては、シリア北部に住むクルド系の人々の意向も尊重されるべきです。森元斎博士は「死なないための暴力論」(2024年、集英社インターナショナル)において、クルド系住民によって結成された主要な政治・軍事組織が目指す社会像を絶賛しています。それは、中央集権的・官僚的な行政・権力行使とは対照的に、ボトムアップの民主主義(小規模の集会、総会、評議会で自己表現できる政治的自治)を提起するもので、女性の地位向上やエコロジー(化学肥料を使わない自然農法、廃棄物を出さないDIYやリサイクルの模索)の観点でも先進的な歩みを進めるものです。
 国家的に独立を目指さず、シリア、トルコ、イラン、イラクにまたがったクルド系のコミュニティを分散型の地域コミュニティの連合体として組織するというアイデアは、中東和平プロセス新たな風を吹き込むことになるでしょう。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?